始まってなんて、いなかった

「あの〜、ちょっとよろしいですか?」


「はい?何でしょうか?」


 僕は薬屋の老婆に話しかける。


 早朝、

 薬の正体が本当はなんだったのかを聞き出す為に再び薬屋へ訪れた。


 なんだけど……。


「間違いでしたら良いんですけども、…ここの薬屋の店主ですか?」


「? はい、いかにもここの薬屋の店主をやっております老人ですが…」


「すぅぅぅ、あれ〜?」


 あの不思議なオーラをまとった老婆ではない。


 それとついになりそうな、

 優しそうなお婆さんが店のドアの鍵を持って開けようとしていた。


「どうなされたのでしょうか……?」


「あ、いえ…この薬屋にもう一人お婆さんが働いてたりしますか?」


「息子と孫が時々手伝いに来る程度で、基本的には私以外には働いている人はいません」


 あれ〜?


「……じゃあ昨日お婆さんは、誰だったんだ?」


「昨日? 昨日は営業していませんでしたよ? 休業日でしたし…」


「ーーえ?」


 いや、本当にどうなってるんだ!?



**



「ふわあ〜、今日も元気に…ってあら?こんな朝早くからどうしたんですか?」


 僕は冒険者ギルドに来ていた。


 あの老婆には結局会えなかった。


 薬といい夢といい、

 もう何がなんだかわからなくなってくる。

 

 せめて異常がないか、ステータスカードで自分の状態を確認しようと思ったのだ。


 医者にてもらうよりもこちらの方が早いからだ。


 早朝だからか、僕以外の冒険者はまだ誰もいない。


「少し僕、体の調子が悪いみたいなんです。今すぐ状態を知りたいので新しいカードを発行してもらえないですか?」


「ステータスカードですか? ヴァン君、もう持ってますよね?」


「え? えーっとー……な、無くしちゃって」


 家のどこかにはあるんじゃないだろうか。


「もう三回目ですよ? 仕方ないですね〜、ちょっと待ってて下さい」


 少し待つと、

 エナがカードを受け付けに出してくれた。


「はい、これに指紋をつけて下さい。言う必要はないでしょうけど、もう無くさないで下さいね? 枚数にも限りはあるので」


「…はい、すみません」


 カードに自分の指紋を登録すれば、新たにステータスカードになる。


 冒険者になってからこれを手にしたんだが、

 初めて見た時は驚いたものだ。


 だって、自分の強さや才能が表示されるのだから。

 誰だってワクワクはすると思う。


 …ただ、普通の凡人だって知れば気分は下がっちゃうけどね。


 僕はカードに指紋を付けるように強く押した。

 すると、真っ白だったプレートに黒い文字が浮かんでくる。


「…………え? あれ!?」


 文字が完全にはっきり見えるようになった。

 ステータスカードに全て記し終わったらしい。



 ーーだが、以前に見た文字表示ではなかったのだ。



「はい、確認しますから少し貸して下さいね…って何ですかこれぇ!?」


 エナも僕のカードを見て驚きの声を出す。

 それもそのはずだ。


 


 僕の詳細が記されているであろう文字のほとんどが読めない状態になっていた。


 こんな事は初めてだ。


 一回目も二回目も普通に表記されていたはずなのに……。


「初めて見ましたよこんなカード。これでは状態も何もわかないですね…」


 エナの反応を見る限り、

 やはりこれは普通ではないようだ。


 ねんため新しいカードでもう一度やってみたが、

 結果は同じだった。


 やっぱり、

 あの薬が関係しているとしか考えられない。


「唯一わかるのは、名前とレベルだけですね。レベルは前より少し上がっています」


「ほ、本当ですか!?」


「わっ! …いきなり大声出さないでくださいよ、もう。前見た時よりレベル3? くらい上がっていますよ」


 そう言ってカードを僕に返してくれた。

 直接自分のレベルを確認してみる。


 そこには【L v 4】という表記ひょうきがあった。


 一ヶ月前に見た時は、

 一年前と変わらずレベル1だったのだ。


 それが、ようやく……!


「うわあ…! この期間で三つも上がるなんて、嬉しいです!」


「はいはい、良かったですね。でもまだまだですので気を緩めないでくださいよ?」


 たったレベル3だ。

 でもそれは僕にとって本当に喜ばしいことなのである。


 戦闘の経験、魔法やスキルの成長具合がレベルに反映される。


 いわゆる経験値が入ればレベルは自然と上がっていくものだ。

 レベルが上がれば身体能力の数値がちょっとずつ上がっていく。


 常日頃モンスター達と戦う冒険者にとって、

 それは死活問題の一つでもあった。


 僕は自分がやっと成長できた事に歓喜する。


「他は……読めないから分からないか。でもどうしてレベルが上がったんだろう? 戦闘なんて一度も……」


「…? どうしたんですか?」


「…あ、い、いえ。何でもないです。気分が悪いのは気のせいだったかもしれません。それじゃあ、そろそろ王都に行ってきますね」


「ちょ、ちょっと待ってください。ステータスカードの件はもういいんですか?明らかにおかしいと思うんですが」


「まあ、大丈夫じゃないですかね? きっとすぐ戻りますよ」


「…気にしていないのなら別にいいんですけど…では気をつけて行ってきてください」


 僕は冒険者ギルドを後にした。



**



 表記が正しく出ない。

 自分の状態が大丈夫かどうかもわからない。


『大丈夫』、なんて言ったが本当は大丈夫じゃない。


 レベルが上がった事には良かったとは思うが、

 レベルよりもまず自分の安否の方がすぐに心配になった。


 急にレベルが上がった事に違和感を感じる。


 何か経験をむことで数字が増えるのだが、

 そんなのは身に覚えがない。


 何故、レベルが上がったんだ?


 それがますます変で、今は気になってしょうがないんだ。


「…お婆さんに薬をもらって夢を見続けている、助けてなんて言ってもみんな『はい?』ってなるだろうなあ」


 エナにも伝えようかとは考えた。

 だが伝えた所で何か変わるとは思えなかった。


 所詮長い夢であり、現実ではないのだから。


 僕には借金がある。


 それを早く返す為に、

 こうして王都に向かっているのだから。


 冒険者ギルドから行く事になったが、

 夢と辿る道は変わらない。


 そして、確か二度目だろうか。


 右と左。

 どちらかの道を選ばなければならない。


 俺はどちらを選んでも良くない事になる気がするのだ。

 夢の中では、まだどちらの道も途中で意識が途絶えるのだ。


「…夢では確か、右を進めばゴブリン。左を進めば……何かが上から降ってくる」


 どちらを選べばいいか悩む。

 でも、


「左の方がまだ安全かもしれない。気をつけていけば多分大丈夫だ。それに、『リセット』がある。お婆さんの話を信じるわけじゃないけど……」


 半信半疑だが、

 それに見合う出来事は起きているのだ。


 もし本当なら、人生をやり直せる。


 …どこからやり直すのかは知らないけどね。


「よし、左に進もう。上にさえ注意してれば、遠回りになるけど危険はない…はず」


 僕は左に行くことを決めた。

 頭上を常に気をつけて進むようにする。


 でも一体何が降ってきたんだろう?


「岩? でも、崖とかないし……」


 落ちてくるものなんて限られてくるが、

 ここは木々しかない道。


 山や崖はもっと先にあるはずだ。


「それにしても、妙にはっきり夢を覚えてるなあ」


 どんな夢であるのかは何故かわかる。

 どのように終わったのかはわからないが。


 ってあれ?


 僕、夢から覚めたときベッドにいなかったような……。



 ひゅんひゅんひゅんひゅん。



 突如、そんな音が聞こえてきた。

 上空をじっと目を細くしてみてみる。


 すると、短剣が宙を舞いながらこちらに迫ってきているではないか。


 それが僕の頭にロックオンしている。


「なっ!!?」


 落ちてくるのではなく、だった。

 二つの意味で驚いてしまう。


 僕はその短剣を避ける為に横に跳ぶ。


 刃は僕の顔の頬をかすめ、

 地面に勢いよく突き刺さった。


 もう少し遅ければ頭に突き刺さっていたことだろう。

 血がしたたる頬を手で抑えてその短剣を見る。


「な、何これ!? 普通こんなもの飛んで来ないでしょ!!」


 明らかに僕を狙った投擲だった。


 夢と酷似、いや同じだ。


「あれは……本当に夢か?」


 ようやく僕はそれを疑い始める。


「この道を通って、何が飛んでくる。…夢と一致してる。いや、偶然なのか?」


 何が現実で、何が夢なのか分からなくなる。


 これもあの薬のせいなのだろうか。


「もしかして、これもひょっとして夢?」


 今見ている景色、状況も夢なのではないかと思ってしまう。


 だとしたらこれも納得がいくが……。


「って、待てよ? このナイフは何で……」


 どこから、何故飛んできたのか疑問が生まれる。


 僕は道の先を見た。

 すると、丘の上に人影が見える。


 その人影は、

 何かを振りかぶる動作をしていた。


 やがて、

 もう一本の短剣が僕目掛けて………。




 あ。





**



「うわあああああ!!?」


 僕は誰もいない玄関でそんな大声を出した。


 それは当然家の中にひびき渡り、

 やがて家族が飛び出てくる。


「ど、どうした!! 何があった!?」


「…え? …あ…」


 お父さんだ。

 僕の肩を驚いた顔で揺らしてくる。


「ここは、い、家?」


「だ、大丈夫か? ヴァン」


「僕は…家を出て、薬屋に行って、ギルドに行って、道を………そしたら、剣が…!」


 僕は頭全体を触って確認する。

 だがどこもおかしい所がない。


 それ自体が、おかしい。


「あれは、夢なんかじゃない…! ついさっきだって道を歩いていたんだ! それに、痛みの感触がーー」


 僕は頬を確かめる。


 だが、頬にも傷は存在していなかった。

 いつも通りの、いたって健康な肌のままだ。


「な、何で……?」


 薬の幻覚、ではない。

 夢でもない。


 それなら…一体これはどういう事だ?


「あ、そうだ! ステータスカード…」


 冒険者ギルドで貰ったカードを思い出した。


 僕はポケットを探るが、

 カードは出てこなかった。


「ひょっとして、時が、巻き戻ってるのか?」


 自然とそんな答えに辿り着く。

 

 老婆にやり直しの薬をもらい、

 奇妙きみょうな夢のようなものを見て、無かった事になっている。


 この現状を見る限り、

 そうとしか考えられないのだ。


「でも、僕はまだ一度も『リセット』なんて言ってないのに…」


 その言葉を口にしないとやり直しはできないと言われていたはずだ。


 それも、一度きり。


 なのにも関わらず、

 時が戻っている。


 僕は頬をつねってみる。

 痛い。

 ちゃんと感じる、確かな痛みが。

 これで夢ではないことが分かる。


「…じゃあ、今までの夢って」


 考えている事を口にする。


「げ、現実………!?」


 まだ確定ではないが、

 ここまで行くと信じてしまうかもしれない。


 そんな、あり得ない事が。

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