第49話
「わー、ブラッドだ!」「ナルシストが帰ってきた!」「お土産あるかな?」「ソフィアおばあちゃんもいる!」
村につくと、そんな子どもたちの声が聞こえてきた。
「やあやあ、みんな。僕が帰ってきたよ。会えなくて寂しかったかい? みんな、僕のこの美しい顔が恋しかったんじゃない?」
「別に、ブラッドの顔にはそんなに興味はないよ!」「ブラッドこそ、遊び相手がいなくて寂しかったんじゃないの?」「俺たちが遊んであげるよ!」
僕は今、大変ご機嫌だから、僕に対しての失礼は全部許してあげるよ。それにしても、子どもたち、ちょっとばかり僕を舐めすぎではないかな?
もちろん、今、僕を鼻で笑ったソフィアのことも、許してあげるよ。
村の人々は、僕を受け入れてくれた。僕が最初旅に出た時は、村の人々は吸血鬼を野蛮だと思っていた。でも、それは違うと、汚名返上をして以来、みんなは僕と仲良くしてくれるようになった。今では子どもたちに大人気だ。旅の話を聞かせてくれと、僕の帰りを待っていてくれるのだ。少々生意気なところもあるが、子どもたちはみんな可愛らしい。
「ブラッド! 旅の話聞きたい!」
子どもたちは僕の周りに集まってくる。
「ああ、もちろんだよ。でも、行かないといけないところがあるから、後でね」
僕はそう言って子ども達のもとを離れ、とある食堂に入っていった。いつも美味しそうな匂いが漂っている。ここは、僕が初めてオムライスを食べた食堂だ。
「やあ、久しぶり。頼まれていたものを買ってきたよ」
僕は食堂のおじちゃんに頼まれていた、調味料の入った袋を手渡した。ここから遠くの国でしか買えないものらしい。だから、僕がついでに買ってきてあげたのだ。
「やあ、ブラッド、いつもありがとう。助かるよ」
おじちゃんはそれを大事そうに受け取る。
「おかげさまでこの店は大繁盛だよ。本当に、お金を払わなくていいのかい?」
おじちゃんは申し訳なさそうに言う。僕は彼から、お金は受け取っていない。
「ああ、いいよ。その代わり、美味しいご飯を食べさせてね」
これが交換条件だ。調味料を買うのは、どうせ旅のついでだから。
「それなら任せてくれ! とっておきのオムライスを作ってやるよ!」
「やったー!」
ちなみに、このおじちゃんは、僕が最初にこの店を訪れた時に、「吸血鬼だああああ!」って叫んだあの若い男の店員だよ。彼のせいで、騒ぎになったといっても過言ではないんだけどね。今はもう、和解して、すっかり仲良しだ。
食堂で昼食を済ませた後、僕は旅先で見つけた面白いお菓子などを、村のみんなに配ってまわった。みんなが喜んでいる顔を見ていると、僕も嬉しくなる。たまに村人にお返しが貰えるのも嬉しい。
*
「さあ、みんな集まって。僕の旅の話を聞かせてあげよう」
僕は大きな石の上に胡座をかいて座り、子どもたちを手招きした。
子どもたちはすぐに集まってきて、僕の周りに大人しく座った。
「これは僕が、おかしなおかしなチョコレートの屋敷を訪れた時の話だよ」
「チョコレートの屋敷?」
「ああ、そうだよ。チョコレートでできた銅像、チョコレートのベッド、蛇口をひねればホットチョコレート。ありとあらゆるものがチョコレートでできていて、いい香りの漂う不思議な屋敷だったんだ」
子どもたちは興味津々で聞いてくれる。
「声をかけても誰も出てこないから、勝手に入ってみたんだ。すごく美味しそうな匂いがしたからね」
「うわぁ、不法侵入だ!」「ブラッド悪い子だ!」
……うるさいな。茶々はいれなくていいんだよ、子どもたち。
「君たちも行ったら絶対入りたくなるから。そして、僕は蛇口をひねってホットチョコレートを飲み、木に飾られているチョコレートのオーナメントをつまみ食いし、チョコレートでできた椅子にかぶりついたんだ。つい我慢できなくてね。その後、僕はチョコレートのベッドに入ってひと眠りしたんだ。いい匂いに囲まれて、心地が良かったよ。でもね、なにかの物音が聞こえてきたんだ」
僕は声のトーンを落として、怖い雰囲気を醸し出す。
「コツン……コツン……って、足音が聞こえるんだ。なんだろうと思って目を開けると……わっ!」
「うわぁ!」
僕がおどかすと、子どもたちは腰をぬかしたり叫んだりした。その顔、好きだよ。
「なんと、そこにはチョコレートの鎧を着た騎士がいたんだ! 僕は思わず叫び声をあげたよ。するとその騎士は、僕を軽々と持ち上げ、どこかへ連れていくんだ」
「えー! どうなっちゃうの?」「ブラッド、死ぬの!?」
死んでたら僕は今ここにいないでしょ、子どもたち。
僕は話を続ける。
「僕はチョコレートの騎士を蹴飛ばして、屋敷をでようとしたんだ。でも、騎士は僕の足をつかんで、逃がさないようにするんだ。僕は慌てて近くにあったランプで、騎士の頭を殴ったんだ。そしたら、チョコレートでできた騎士の仮面が、ボロボロに砕けたんだ」
「えー、騎士さん可哀想……」「ブラッド最低」
……いいから話を聞きなさい。
「ここからが怖いところなの! 仮面が砕けたその後、騎士は動かなくなったから、恐る恐る顔を覗き込んでみたんだ。でもね、そこには誰もいなかったんだよ。鎧の中は、空っぽだったんだ。チョコレートでできた鎧だけが、ひとりでに動き回っていたんだよ!」
半べそかきながら間抜けな叫び声をあげて、一目散に逃げ出したことは、ここだけの話。
「あとから聞いた話なんだけどね、このチョコレート屋敷には、チョコレートが大好きな人喰い鬼が住んでいるんだって。ひとりでに動くチョコレートの騎士たちを手下にし、チョコレートにつられて屋敷に迷い込んできた獲物を捕らえさせ、チョコレートフォンデュにして食ってしまうんだ!」
僕は思い出して、思わず身震いをする。あの時逃げられていなかったら、僕は鬼の美味しいおやつへと成り代わっていたのだから。
「とにかく、あまーい誘惑には引っかかったらダメだよって話。おしまい」
僕はそう言うと、立ち上がった。ひとつ話し終えて僕は満足した。
「えー、もう終わり?」
という、残念そうな声が聞こえてくる。
「また今度ね。僕はこの後、ソフィアとデートだから」
すると、子どもたちの後ろの方で僕の話を聞いていたソフィアが僕の元までやってきて言った。
「全世界が凍りつくくらい面白くない冗談はよしてください、ブラッド様。寒すぎて凍え死にそうです」
……そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか、ソフィア。僕とデートができるなんて、光栄なことだよ。
「いいな! 私もソフィアおばあちゃんとデートしたい!」
と、デートの意味をよく分かっていない小さな女の子が、ソフィアの腕にしがみついた。
「私もです、お嬢様。この浅ましい……コホン、意地汚い吸血鬼よりも、あなたと過ごした方が、きっと素敵な時間が過ごせます」
と、ソフィアは女の子に優しく言う。
もう一度言うけれど、僕は今、大変機嫌がいいからね。こんな些細なことで、怒ったりはしないよ。言い直しているけれど、どちらも悪口だからね。
「いいから行くよ、ソフィア」
と僕は歩き始めた。
「どこへ行くのです?」
「いいところだよ」
「なんですか、それ」
ソフィアは呆れながらも、女の子に別れを告げ、僕についてきてくれた。
僕たちは子どもたちに笑顔で手を振り、村を去っていく。
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