最終章 いつかの未来の物語

第48話


 ――六十年後、エアスト国の館にて。




「たっだいまー!」


 僕は元気よく、館の扉を開けた。両手にはたくさんのお土産。ちょうど今、旅から帰ってきたところだ。


「ただいま」


 僕の後ろにいた父さんも言った。そう、僕と父さんは、一緒に旅をしてきたのだ。

 念願だった父さんとの旅がかなって嬉しい。

 久しぶりの館。やっぱり落ち着くし、居心地がいい。

 

「おかえりなさい、ジョゼフ様、ブラッド様」


 一人のメイドが出迎えてくれた。彼女はもう随分と歳をとっている。美しかった金髪は色あせているが、透き通るような青い瞳は、今でも変わらない。


「ソフィア、一人で寂しかった?」


「いえ、お陰様で快適に過ごせました。なんなら一生帰ってこなくても良かったですよ。ご飯も洗濯も、自分の分だけで良かったので、楽でした。あ、ジョゼフ様は別ですよ? 会えなくて寂しかったです」


 歳をとっても相変わらずだな、ソフィアは。ご主人様に対しての敬意というものを知らないのだろうか?


「ソフィアも元気そうでよかったよ」


 父さんはそう言うと、ソフィアの頭を撫でて自分の部屋へと向かった。


「少し休憩したら、村にお土産を渡しに行くんだ。ソフィアも一緒にどうだい?」


「そうですね。村に行くのは久しぶりです。散歩がてらに私もついて行きます」


 僕は居間の椅子にどっかりと座り込んだ。ソフィアは紅茶を入れてくれた。

 長旅だったから、ものすごく疲れた。けど、楽しかった。雪男のシロにも会うことが出来たし、『人間と仲良くなろうの会』本部にも少し顔を出した。


「それにしても、ソフィアはもうすっかりヨボヨボのおばあさんだね。少し見ないうちに変わったな……」


 昔はソフィアと一緒に、様々な所を旅した。あの頃は楽しかった。

 でも今は、あまり無理をさせる訳にはいかない。彼女に旅をさせるのは、体に負担をかけることになってしまう。


「ブラッド様こそ、相変わらずクソガキみたいな……いえ、可愛らしいお顔をしていますね。昔と本当に変わらないですね」


 そりゃそうだ。僕は吸血鬼だから、不老だ。外見はあの頃とほとんど変わっていない。……前言撤回。前よりは少し、いや、かなりイケメンになったね。

 僕は足を高く上げ、スマートに足を組んだ。


「グレイにも会ってきたんだ」


「あら、懐かしいですね。元気にしていましたか?」


「ああ。まだまだ俺の人生はこれからだって、張り切っていたよ。もうおじいさんのくせに。元気すぎだったよ」


 六十年という月日は、長いものだ。この間に世界は変わった。いや、変わらない方がおかしいね。でも、確実にいい方へと向かっている。

 僕の周りの人はみんな歳をとった。父さんの執事のアルバートは随分と前に亡くなったが、最後は本当に幸せそうな顔をしていた。

 そして、ソフィアもグレイも、もう若くない。僕だけが取り残されたみたいで、少し寂しかった。彼らはずっと先の世界に行っているような気がした。

 分かっていたことだ。人間と吸血鬼は、生きる長さが違うのだから。


「そうですか。グレイ様らしいですね」


 ソフィアは微笑んだ。


「はい、これ。ソフィアに渡しといてって言われたから」


 僕はグレイから預かっていた小さな箱を手渡した。


「なんですか?」


 ソフィアは首を傾げながら、その箱を開けた。中から出てきたものは、薔薇の花のハーバリウムだった。瓶の中に、ピンク色の薔薇が詰まっている。


「すごく綺麗ですね」


 ソフィアはそれをかかげ、光に照らした。


「あ、手紙も入ってるよ」


 箱の奥にあった手紙を取り出し、僕はソフィアに渡す。ソフィアはそれを開いて、読み始めた。僕は横からその手紙を覗く。グレイの大きくて不細工な字が書かれていた。


『ソフィアさんへ

 元気にしていますか? 俺はあんまり字が上手くないけど、勘弁してね。ソフィアさんには、たくさん迷惑をかけたから、何かお礼がしたくてね。何がいいかすごく悩んだんだけど、とある国で不思議な花を見つけたんだ。この花、すごいんだぜ。なんと、色が変わるんだ! その国の人に、ハーバリウムの作り方を教えてもらって作ったんだ!』


 ここでいったんソフィアは顔を上げ、薔薇のハーバリウムの方を見た。すると、まるで魔法のように、花の色がゆっくりと変化し始めた。ピンクから赤へ、そして黄色や青、白。様々な色に変化していく。


『喜んでくれたら嬉しいな。今まで迷惑ばかりをかけて、ごめんなさい。いつも助けられてばかりで、感謝の気持ちでいっぱいだよ。本当にありがとう。また会える日を楽しみにしています。体に気をつけてね。

               グレイより』


 ソフィアは嬉しそうに手紙を閉じ、再びハーバリウムを見つめる。


「ブラッド様も、女性へのプレゼントはこれくらい素敵なものの方がいいですよ」


「なに? 僕のセンスが悪いとでも言いたいのかい?」


「はい、もちろん」


 やめてよ、心に刺さるじゃないか。


「ほら、前に私の誕生日に、ブラッド様の似顔絵をくださったじゃないですか」


「ああ、あれね。我ながらに素晴らしいものだと思うんだよね。あれ、実はレンに描いてもらったやつでさ」


 画家のレンに、特別に僕の絵を描いてもらったのだ。すごくかっこよく描いてくれたんだ。まあ、実物に比べたら少し劣るけどね。


「……それを本気で言っているのなら、病院に行った方がいいですね。確かに、絵はすごく繊細で、とても美しかったです。しかし、貰っても困ります」


「え、どうして? 毎日僕の顔を眺めていられるんだよ?」


「正直置き場に困りますし、なにしろあの絵を、あの変に格好つけたブラッド様の似顔絵を見る度に、なんだかイライラしてくるのです。一度殴ってしまいそうでしたが、私はブラッド様と違って大人なので、そんなことはしません」

 

 それは酷い言い様だな。本当に失礼だ。というか、流石の僕でも、絵を殴ったりはしないよ。


「これ以上この話を続けると、もっと貶されそうだから、そろそろ散歩に行こうか」


 僕は話題を変える。


「そうですね。私もこれ以上話していると、今までの不満が溢れ出てきて止まらない気がします」


 僕たちは立ち上がり、外へ出る準備をした。マントを羽織り、両手に旅のお土産を持つ。


「さーあ、出発!」


 真昼の日差しが眩しい。フードでしっかりと直射日光を遮り、僕たちは空を駆ける。

 鼻歌を歌いながら、僕たちは森を超えて村へと向かった。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る