第十二章 はぐれ者の英雄たち①

第38話

「『人間と仲良くなろうの会』……何それ?」


 夜。背の高い時計塔で有名なこの大きな街の端の方で、僕はこう書かれた建物を見つけた。宿を探している途中で、偶然発見したのだ。

 人目につかない路地裏に、なんとも言えない存在感を放っている。


「なんだと思う?」


 僕はメイドのソフィアに尋ねた。


「さあ。気になるなら、入ってみればいかがです?」


 言い方が冷たいな。

 見るからに怪しい。でも気になる。変なことに巻き込まれなければいいが。まあ、万が一そうなったとしても、ソフィアが何とかしてくれるだろうから。よし、行こう。


「前言撤回します。ブラッド様、今ものすごく嫌なことを考えましたね。早く宿を探しま……」


 ソフィアが言い終わらないうちに、僕は扉を叩いていた。「クソっ……」なんていう下品な言葉を、ご主人様に向かって吐いた失礼なメイドのことは気にしない。僕は寛大な心を持っているからね。

 しばらくすると、足音が聞こえてきた。扉が開くのをドキドキしながら待ったが、いっこうに扉が開かない。


「聞こえてないのかな?」


「良かったじゃないですか。早く宿を……」


「お名前をどうぞ」


 ソフィアが言い終わらないうちに、中から女性の声が聞こえてきた。僕は最高の笑顔をソフィアに向けたあと、名乗った。


「ブラッドだよ」


「種族はなんですか?」


 種族? なぜそんなことを聞くのだろう。


「えっと、吸血鬼」


 言ってしまった後で、僕はハッとした。自分から正体をバラしているではないか。しかし、そんなことはお構い無しに、質問は続く。


「あなたの志はなんですか?」


「志? うーん、そうだな……全世界の人間にチヤホヤされること?」


「……うむ、合格です」


 え、なんの話? 適当に答えてしまったが、大丈夫だろうか?

 次の瞬間扉が開く。

 今までの落ち着いた声とはうってかわり、ハイテンションな声が聞こえてきた。


「ようこそ! 『人間と仲良くなろうの会』へ! 入会希望ですか? そうですよね? そうに違いない! それしかありえない!」


 圧がすごい。扉の向こうにいたのは、驚いたことに、人間ではなかった。

 人間とはさほど変わらないが、彼女は大きな尖った耳を持っていた。綺麗な金髪、整った顔、鼻の上にちょこんと乗った丸メガネ。緑を基調とした服を身にまとっている。


「私はローリエと申します! エルフの一族です! どうぞよろしく!」


「よ、よろしく」


 最近は、テンションが高い人とよく会うなと、シロを思い出した。


「ところで、ここは何なの?」


「ここは『人間と仲良くなろうの会』の本部ですよ!」


「その、『人間と仲良くなろうの会』というのは?」


「もう! 知らないフリはよして下さいよ!」


 残念ながら、本当に知らない。もしかして、ここはノリと勢いで来るような場所ではなかったとか?


「まさか、本当に知らないんですか?」


 ローリエは手を口に当てて驚く素振りを見せる。


「なんか……ごめん」


「それなら、説明しますね! 『人間と仲良くなろうの会』と言うとは、人間と人外の関係を向上し、仲良くなることを目的とした会です。私たち人では無いもの、いわゆる人外は、なかなか人間に受け入れてもらうことが出来ません。それでも、私たちは人間と仲良くなりたいと思っています。人間との共存を目指すため、日々奔走するのが、この、『人間と仲良くなろうの会』なのです!」


 つまり、名前のまんまと言うことか。なんの捻りもないが、これはこれで分かりやすくていい。

 

「ちなみに、この会は政府非公認なので! 国から資金などは出ないです!」


 要するに、勝手に会と名乗っているだけというわけだ。


「立ち話もなんですし、とりあえず中へ……おや、そちらの方は?」


 僕の後ろにいるソフィアに気づいたローリエは、首を傾げる。


「僕のメイドの、ソフィアだよ」


 僕は代わりに紹介した。ソフィアは礼をする。


「これはこれは! すみません! テンションが上がるととつい周りが見えなくなってしまうもので……あなたも、吸血鬼さんですか?」


「いえ、私は人間ですが……」


「……え?」


 ローリエは口をあんぐりと開けている。


「ちょちょちょちょ! 皆さん皆さん! 人間のお客さんですよ! ミノさん! ガーラさん!」


 ローリエは建物の中に向かって、大きな声で叫ぶ。騒がしいエルフだ。まあ、見ていて面白いけど。

 ローリエの声を聞いて、建物の中から出てきたのは、僕も初めて会う種族だった。

 片方は、牛の頭に、筋肉ムキムキの人身。

 片方は背中に大きな羽を生やし、頭に角が生え、そしてゴツゴツしていて、灰色の肌をしている。


「俺はミノタウロスのミーノースだ! みんなからはミノって呼ばれてる。よろしく」

 

「おいらはガーゴイルのガーラっていいます。よろしくっす」


 牛の頭なのがミノタウロスで、羽が生えている方がガーゴイル。二人とも、厳つい見た目だ。


「僕は吸血鬼のブラッド。よろしく」


「ブラッド様のメイドのソフィアと申します」


 僕たちも名乗った。


「人間がここに来るなんて、滅多にないから、嬉しいっすね! ミノさん!」


「ああ、そうだな! しかもすごく美人な女の子だし! あ、まてよ、ローリエは可愛いからいいけど、俺たちは顔が怖いから嫌だなんて言われねえかな?」


「うわあああ、それは悲しいっす! ミノさん!」


「ガーラ! 共に強く生きよう」


 自己紹介をしたあと、ローリエの後ろでヒソヒソ話しているミノとガーラの声が聞こえてきた。

 それがソフィアにも聞こえていたようで、彼女は一度ため息をついて声をかけた。


「私は見た目で判断なんてしませんよ。大事なのは中身です。まあ、中身が最悪であれば、容赦はしませんが」


 それを聞いたミノとガーラは、パッと顔を輝かせた。


「ソフィアさん! あなたは神様っすか?」


 とガーラ。


「世の中捨てたもんじゃねえな! ガーラ!」


 とミノ。

 いいな、なんかソフィアだけたくさん褒められて。


「さあ、中へ入ってください! 夜も遅いですし。良かったら泊まっていきません? もちろん、お金は取りませんよ!」


 ローリエが顔をグッと近づけて言った。本当に圧がすごい。でも、タダで泊まれるのならいいか。


「入会するかは置いといて……会長も紹介しますね! すっごくかっこいいんですよ! あ、ちなみに私は、副会長です!」


 とドヤ顔をするローリエ。

 僕たちはお言葉に甘えて、泊まらせてもらうことにした。

 


「ようこそおいでくださいました」


 僕たちは、会長の部屋へと案内された。中にいたのは、二足歩行の狼。整えられたツヤツヤの毛並み。背筋をピンと伸ばし、スーツを着て、ネクタイもビシッとしめている。すごく上品そうだ。


「僕の名前はシグレ。獣人です。『人間と仲良くなろうの会』の創設者であり、会長でもあります」


 確かに……かっこいい。なんだろう、この余裕そうな感じ。大人の色気というか、モテそうなオーラを放っている。なんだか悔しい。

 

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