番外編10 シロとジョゼフ

 シロの日課は、雪山で遭難している人がいないか見回ること。自分にはそれくらいしか、人間のためにできることはないと思っている。


 いつもと同じように、シロは七匹のオオカミたちと一緒に、ソリに乗って雪山を捜索していた。今日は天気が良く、いつもより少し暖かい。

 その時、シロは目を疑うような光景を目にした。とある木の下に、人間の生首が……

 シロは驚いたが、恐る恐る近づいて行った。

 顔色の悪い生首は、目を瞑っていた。


「あ、あの……」


 なんとなく声をかけてみる。するとその瞬間、目が勢いよく開いた。


「うわ!」


 シロは思わず腰を抜かした。この生首は、生きていたのだ。


「おやおや、これは雪男という種族の方ではありませんか。お会いできて光栄です」


 生首は平然とそう言った。いつもなら、人間と出会うと、怖がって逃げていくか、気絶されるシロにとって、この反応は新鮮だった。


「すみませんが、助けてくれませんか? 居眠りをしていて目が覚めたら、この雪に体が埋まってしまっていて、身動きがとれないのです」


 人間は淡々とお願いをした。どうやら、木に積もっていた雪が溶けて落ち、体が埋まってしまったようだ。


「おう! わかった!」


 シロはすぐさまソリに積んであるシャベルを持ってきて、雪を掘っていった。


「今日は凄くいい天気ですね。私は日光は好きではありません。もう少しで灰になってしまうところでしたよ。今はちょうど木のおかげで陰になっているので、よかったですけど」


 灰になる、なんて、面白いことを言うなあ、とシロは思った。

 シロは人間を雪の中から引っ張り出す。人間は立ち上がって、黒いマントについた雪を払う。


「ありがとうございます。あなたは命の恩人です」


 人間はお礼を言った。服も高価そうで、礼儀も正しい。随分いい所の人なのではないかとシロは思った。


「いやあ、困った時はお互い様さ!」


「あなたは優しい方なのですね。雪男は凶暴だなんて噂を耳にしたことがありますが、そんなのは真っ赤な嘘ですね。私はあなたに会えて嬉しいです。あ、私はジョゼフと言います。以後お見知りおきを」


 ジョゼフは手を差し出した。シロはムズムズした。なんだか恥ずかしいような、嬉しいような。


「よろしく! ジョゼフ!」


 シロは勢いよくジョゼフの手を握った。


「ミーの名前はシロだ! 敬語なんかいらないさ!」


「分かりました。それじゃあ、よろしく、シロ」


 ジョゼフは優しく微笑んだ。


「いやぁ、嬉しいな! こんなふうに人間とはなせる日が来るとは! ほとんどの人間は、ミーが近づくと、逃げちまうんだ!」


「喜んでいるところ申し訳ないけれど、残念ながら私は、人間ではないんだ」


 シロは目を丸くした。どういうことだろうと不思議に思う。見た目はこんなにも人間なのに。


「私は実は、人間のフリをしている、ただの吸血鬼だよ」


 ジョゼフはそう言うと、指を鳴らした。すると、ジョゼフ煙に包まれる。その煙が消え去った時、そこに居たのは人間ではなかった。

 赤い目に白い肌、鋭い牙に尖った耳。


「ほら、このとおり。驚いたかい? 怖いかい?」


「わ、わーお……こりゃびっくり……で、でも、全然怖くなんてないさ!」


「良かった。私もよく、人間に怖がられるものでね。吸血鬼の姿は普段は隠しているんだ」


 シロは、吸血鬼に会うのは初めてだ。風の噂で、吸血鬼は無作為に人の血を吸い、殺すというのを聞いたことがあったが、ジョゼフの様子を見ていると、そんな野蛮には見えない。むしろ紳士的だ。


「似たもの同士、だね」


 ジョゼフはそういうと、シロの真っ白な毛をそっと撫でた。温もりを感じた。


「似たもの同士……だな! なんだか仲間みたいで嬉しいな!」


「私も嬉しいよ。同じ悩みを抱える方と出会えて」


 二人は笑いあった。出会ってすぐだが、彼らはずっと昔から友達であるかのようだった。



 シロとジョゼフはソリに乗り、シロの家に向かうことになった。

 それからジョゼフはしばらくの間、シロの家で過ごした。二人はすっかり仲良くなっていた。


「ジョゼフ、ご飯を作るの、手伝ってくれるかい?」


「もちろん。……しかし、恥ずかしながら、私は料理はあまり自信がないんだ」


「大丈夫さ! いないよりは、いた方がいい! 楽しく作ろう!」


「そうだね。頑張るよ」


 ジョゼフはそう言いながら包丁を握る。


 数時間……

 ジョゼフの手は真っ赤に染っていた。


「恥ずかしい……もう少しできると思っていたのに」


「うわ! 大丈夫かジョゼフ! 急いで薬を!」


 シロは慌てて手当をしようとするが、ジョゼフはそれを止める。


「問題ないよ。これくらい、直ぐに治るから。なんてったって、私は吸血鬼だからね」


 ジョゼフはそう言って、微笑んだ。痛々しく見えるが、本人がそういうのであれば大丈夫なのだろう。


「……シロは本当に優しいね」


 ジョゼフはそっと呟いた。他人のことを自分のことのように心配してくれるシロを、優しく見つめた。


「ん、何か言ったかい?」


「なんでもないよ、シロ。さあ、早く夕食にしよう」



 寝る時は二人で語り合った。 


「私の夢は、人間と共存することなんだ。私たち一族は、人間を殺してきた過去がある。私たちが野蛮だと非難されるのは当然のことなんだ。だけど、私はそれを変えたい。人間仲良くなりたいと思っている吸血鬼もいるということを、みんなに知って欲しいんだ。……でも、やっぱりなかなか上手くいかなくてね」


 ジョゼフの話を、シロは真剣に聞いた。シロはその気持ちが痛いほど分かった。種族は違えど、同じ悩みや同じ志を持っている彼に出会えて、シロはすごく嬉しかった。


「ミーも、人間と仲良くなりたい! 街を眺めていると、家々に明かりが灯っていて、楽しそうな笑い声が聞こえてくるんだ! そして、想像するんだ! あの空間に、ミーも入れていたら、きっと幸せだろうなって! でも、そんなのは叶うはずがないって諦めようと思ったけれど、やっぱりあそこへ行きたいなって思ってしまうんだ!」


「やっぱり私たちは、似たもの同士だね。その夢を叶えるために、共に頑張りましょう」


「おう!」


 二人は毎晩、こんな風に話をした。

 ジョゼフは自分の旅の話もした。シロは楽しそうに聞いてくれるから、ジョゼフも話がいがあって嬉しかった。

 

 それから、ジョゼフはシロに氷の城まで連れて行ってもらったり、大きな氷河を見に行ったりした。かまくらや雪だるまを作ったり、スキーをしたりして、北国での生活を存分に楽しみ、シロとの友情もさらに深めていった。



「本当に行っちゃうんだな……」 


 普段元気なシロは、少し寂しそうに言った。旅立ちの日だ。ジョゼフは旅人。ずっとここにいるわけにはいかない。

 もちろん、ジョゼフも寂しかった。こんなにも素晴らしい友達と出会えたのに。でも、出会いがあれば、別れは必ずやってくる。


「あなたに会えて、本当に良かった、シロ。もう一度聞くけれど、私と一緒に、旅をするつもりはないかい?」


 昨晩、ジョゼフはシロにこう提案をしていた。シロと旅ができれば、きっと楽しいだろうと思ったからだ。


「ごめん……やっぱりそれはできないや! ミーはこの雪山を離れられない! 生まれてからずっと、ミーここで育った! 外の世界を知らないし、それに、踏み出すのが怖いんだ! ミーは人間と仲良くなりたいけれど、でも、どうしても、ここを離れる勇気がない……それに、雪男は寒いところじゃないと、生きていけないからね」


「そうか……」


「いいんだ、これで! ミーは結構、ここが気に入っているからね! 不自由なことはないし! ……また、遊びに来てくれる?」


 シロは大きな体でモジモジしながら尋ねた。


「もちろんだ。何回だって遊びに来る。手紙も書く。旅の話ももっと聞いて欲しいし、もっと語り合いたい。あなたは私の友達……いや、マブダチだよ」


「マブダチ?」


 シロは首を傾げた。


「友達の最上級さ」

 

 そういうと、ジョゼフはシロの大きな体に抱きついた。毛が温かい。


「マブダチ最高! ジョゼフ!」


 シロは感動して泣きながら、ジョゼフを力強く抱きしめた。


「い、痛い痛い、シロ! 骨が折れそうだよ!」


 ジョゼフは笑いながら訴えた。

 こうして彼らは、ずっと手紙を送り合うほどの、生涯の友人になったのであった。

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