第37話

 それから、僕達はシロの家で一晩過ごした。まるで自分の家のような安心感。

 シロに今までの旅の話をした。彼は凄く楽しそうに聞いてくれるから、嬉しい。

 ソフィアも薬のおかげで熱は下がり、次の日にはすっかり元気になっていた。


「ブラッド達は、氷の城を見に来たんたんだったよね?」


 シロは尋ねた。そうだった、すっかり忘れていた。洞穴に閉じ込められていて、もうそれどころではなかった。


「ユーたち、いい時に来たね! 今夜は満月だ! 満月の夜の氷の城は、とっても綺麗なんだ!」


 シロは嬉しそうに言う。想像しただけでも、凄く綺麗だと分かる。


「ミーが案内してあげるさ!」


 シロは大きくて頼りがいのある胸を張った。それはありがたい。シロが一緒にいてくれたら、安心だ。



「すみませんでした。色々とご迷惑をおかけしてしまって」


 元気になったソフィアは、申し訳なさそうに謝った。


「いいさいいさ! ユーが元気になってくれて、ミーは嬉しいさ! 困った時はお互い様だ!」


「ありがとうございます」


 ソフィアはぺこりと頭を下げた。


「……ちなみに、ソフィアは、ミーのこと、怖くないのかい?」


 シロは恐る恐る尋ねた。しかしソフィアは、不思議そうに首を傾げた。


「どうして怖がる必要があるのですか?」


「だってほら! ミーはでかいし、顔も怖いし!」


「私はシロ様が、とても親切な方だと知っています。それに、あなたはいつもニコニコ楽しそうにしているので、怖いなんて思いませんよ。ただ、急に目の前に現れたら、少し驚きますが……」


 ソフィアの言葉を聞いて、シロは目を丸くした。そしてその後、シロは優しく微笑んだ。


「嬉しいな! なんだか人間と分かり合えた気がして、とってもいい気分だ!」


 シロはすっかりご機嫌になった。



 夕方になり、僕達は氷の城へ向かう準備をした。外ではオオカミたちが、ソリを引くために待機をしている。


「夜は寒いから、しっかり着込んでいけよ! そして、ミーと絶対にはぐれないようにね!」


 シロはそう忠告する。シロに温かいコートやブーツを借りた。これらは彼が、いざと言う時のために用意していた人間用のものらしい。確かに、シロには少し小さすぎる。シロは優しいなと改めて思った。

 外は相変わらず寒かった。

 僕達はソリに乗り込んだ。


「さあ、準備はいいかい?」


「うん!」


 シロの合図で、オオカミ達はゆっくりと動き出す。そして次第にスピードを上げていく。


「ねえ、スリルを味わいたくないかい?」


 しばらくして、シロが尋ねた。


「スリル?」


「ハラハラドキドキ! すっごく楽しいよ!」


「ま、まあ、少しくらいなら」


 一体何をしようとしているのだろう。


「よっしゃ! じゃあ二人とも、しっかり捕まっていてね!」


 僕とソフィアは、言われるがままソリにしがみつく。木々の間を器用に抜けながら、雪道をどんどんスピードが上げて走っていく。

 すると、前方が崖であることに気付いた。このまま進めば、落ちてしまう。


「シロシロシロ! 危ないよ!」


 僕は焦って、シロの体を揺らす。しかし、シロは平気だというように、ニコニコしている。


「大丈夫! 絶対、崖の向こうへ行けるから!ミーを信じて!」


 崖の淵が近づいてくる。僕は思わず目を瞑った。

 ……体がフワリと宙に浮く感覚。


「ブラッド、ソフィア! ほら、目を開けて!」


 僕は恐る恐る目を開けた。

 僕達は、空を駆けていた。周りに邪魔をするものが何も無くなっていた。

 ちょうど西の方角に太陽が沈んでいくところだった。とても美しくて、幻想的な景色。積もった雪は、オレンジ色に染まっている。


 やがて、オオカミが引くソリは、崖の向こう側へと着地した。崖の下に落ちていたらと思うと少しゾッとしたが、今はそんなこと関係ない。


「シロ! 凄いよ!」


 僕は感動のあまり叫んだ。


「あはは!」


 シロは楽しそうに笑う。


「ミーを信じて良かったでしょ?」


「うん!」

 

 だんだんと日は沈んでゆき、雪山は夜になった。空には満月が、そして、満天の星空が広がっている。


「ここは星が良く見えますね。町だと、明かりのせいで、こんなにたくさんの星は見えません」


 ソフィアはうっとりとした声で言った。


「そうだよ! たまには、自然の中で過ごすのもいいだろ!」


 こんな景色、エアスト国の館では絶対に見れない。そもそも雪もあまり降らなかった。

 

 しばらくすると、シロはオオカミたちに合図をして、ソリを停車させた。

 随分と高いところまで来たようだ。


「さあ、着いたよ!」

 

 周りを見渡してみたが、氷の城らしきものはどこにもない。


「こっちだ! 着いておいで!」


 僕とソフィアはシロの後を追う。

 少し歩くと、目の前に、城の先端が見えてきた。月明かりに照らされて、煌めいている。

 ここは、城から少し離れた高台だった。そこに立つと、氷の城の全体像が見えた。


「ここはミーが見つけた取っておきの場所さ! みんなはつい城の近くまで行ってしまいがちだけど、ここは少し離れているけど正面から城全体が見えるんだ! ミーはこの山の中で、ここが一番の絶景だと思っているよ!」


 氷の城は、本当に全て氷で出来ていた。凄く大きくて、立派だ。

 そして不思議なことに、その城は光っているのだ。青色や紫色に。


「あの氷の城には、魔法がかけられているそうだよ! 決して溶けてしまうことはなく、そして満月の光を浴びると、氷が光りだすそうだ! 昔はここに、魔女が住んでいたらしいよ! 今はもう無人で、ただの観光地的な存在になってしまっているけどね!」


 シロは色々と説明をしてくれた。満月の夜じゃなければ、この景色は見られなかった。僕達は運が良かったんだ。


「シロ、ありがとう。君がいなかったら、僕達は死んでいたかもしれない。それに、こんな素敵な景色を見ることも出来なかった。本当にありがとう」


 僕は改めて、シロにお礼を言った。シロは命の恩人でもあり、こんな感動を与えてくれたのもまた彼である。


「ユーたちが喜んでくれるのなら、ミーはそれでいいのさ! こちらこそありがとう! 誰かとこんなに楽しく話したのは、久しぶりだよ! ミーは今、凄くハッピーだ! ブラッド! ソフィア!」


 シロはそう言うと、大きな体で僕とソフィアを力強く抱きしめた。

 外は寒いはずなのに、今はとても温かくて、幸せな気持ちになった。


 


 


 

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