第37話
それから、僕達はシロの家で一晩過ごした。まるで自分の家のような安心感。
シロに今までの旅の話をした。彼は凄く楽しそうに聞いてくれるから、嬉しい。
ソフィアも薬のおかげで熱は下がり、次の日にはすっかり元気になっていた。
「ブラッド達は、氷の城を見に来たんたんだったよね?」
シロは尋ねた。そうだった、すっかり忘れていた。洞穴に閉じ込められていて、もうそれどころではなかった。
「ユーたち、いい時に来たね! 今夜は満月だ! 満月の夜の氷の城は、とっても綺麗なんだ!」
シロは嬉しそうに言う。想像しただけでも、凄く綺麗だと分かる。
「ミーが案内してあげるさ!」
シロは大きくて頼りがいのある胸を張った。それはありがたい。シロが一緒にいてくれたら、安心だ。
*
「すみませんでした。色々とご迷惑をおかけしてしまって」
元気になったソフィアは、申し訳なさそうに謝った。
「いいさいいさ! ユーが元気になってくれて、ミーは嬉しいさ! 困った時はお互い様だ!」
「ありがとうございます」
ソフィアはぺこりと頭を下げた。
「……ちなみに、ソフィアは、ミーのこと、怖くないのかい?」
シロは恐る恐る尋ねた。しかしソフィアは、不思議そうに首を傾げた。
「どうして怖がる必要があるのですか?」
「だってほら! ミーはでかいし、顔も怖いし!」
「私はシロ様が、とても親切な方だと知っています。それに、あなたはいつもニコニコ楽しそうにしているので、怖いなんて思いませんよ。ただ、急に目の前に現れたら、少し驚きますが……」
ソフィアの言葉を聞いて、シロは目を丸くした。そしてその後、シロは優しく微笑んだ。
「嬉しいな! なんだか人間と分かり合えた気がして、とってもいい気分だ!」
シロはすっかりご機嫌になった。
*
夕方になり、僕達は氷の城へ向かう準備をした。外ではオオカミたちが、ソリを引くために待機をしている。
「夜は寒いから、しっかり着込んでいけよ! そして、ミーと絶対にはぐれないようにね!」
シロはそう忠告する。シロに温かいコートやブーツを借りた。これらは彼が、いざと言う時のために用意していた人間用のものらしい。確かに、シロには少し小さすぎる。シロは優しいなと改めて思った。
外は相変わらず寒かった。
僕達はソリに乗り込んだ。
「さあ、準備はいいかい?」
「うん!」
シロの合図で、オオカミ達はゆっくりと動き出す。そして次第にスピードを上げていく。
「ねえ、スリルを味わいたくないかい?」
しばらくして、シロが尋ねた。
「スリル?」
「ハラハラドキドキ! すっごく楽しいよ!」
「ま、まあ、少しくらいなら」
一体何をしようとしているのだろう。
「よっしゃ! じゃあ二人とも、しっかり捕まっていてね!」
僕とソフィアは、言われるがままソリにしがみつく。木々の間を器用に抜けながら、雪道をどんどんスピードが上げて走っていく。
すると、前方が崖であることに気付いた。このまま進めば、落ちてしまう。
「シロシロシロ! 危ないよ!」
僕は焦って、シロの体を揺らす。しかし、シロは平気だというように、ニコニコしている。
「大丈夫! 絶対、崖の向こうへ行けるから!ミーを信じて!」
崖の淵が近づいてくる。僕は思わず目を瞑った。
……体がフワリと宙に浮く感覚。
「ブラッド、ソフィア! ほら、目を開けて!」
僕は恐る恐る目を開けた。
僕達は、空を駆けていた。周りに邪魔をするものが何も無くなっていた。
ちょうど西の方角に太陽が沈んでいくところだった。とても美しくて、幻想的な景色。積もった雪は、オレンジ色に染まっている。
やがて、オオカミが引くソリは、崖の向こう側へと着地した。崖の下に落ちていたらと思うと少しゾッとしたが、今はそんなこと関係ない。
「シロ! 凄いよ!」
僕は感動のあまり叫んだ。
「あはは!」
シロは楽しそうに笑う。
「ミーを信じて良かったでしょ?」
「うん!」
だんだんと日は沈んでゆき、雪山は夜になった。空には満月が、そして、満天の星空が広がっている。
「ここは星が良く見えますね。町だと、明かりのせいで、こんなにたくさんの星は見えません」
ソフィアはうっとりとした声で言った。
「そうだよ! たまには、自然の中で過ごすのもいいだろ!」
こんな景色、エアスト国の館では絶対に見れない。そもそも雪もあまり降らなかった。
しばらくすると、シロはオオカミたちに合図をして、ソリを停車させた。
随分と高いところまで来たようだ。
「さあ、着いたよ!」
周りを見渡してみたが、氷の城らしきものはどこにもない。
「こっちだ! 着いておいで!」
僕とソフィアはシロの後を追う。
少し歩くと、目の前に、城の先端が見えてきた。月明かりに照らされて、煌めいている。
ここは、城から少し離れた高台だった。そこに立つと、氷の城の全体像が見えた。
「ここはミーが見つけた取っておきの場所さ! みんなはつい城の近くまで行ってしまいがちだけど、ここは少し離れているけど正面から城全体が見えるんだ! ミーはこの山の中で、ここが一番の絶景だと思っているよ!」
氷の城は、本当に全て氷で出来ていた。凄く大きくて、立派だ。
そして不思議なことに、その城は光っているのだ。青色や紫色に。
「あの氷の城には、魔法がかけられているそうだよ! 決して溶けてしまうことはなく、そして満月の光を浴びると、氷が光りだすそうだ! 昔はここに、魔女が住んでいたらしいよ! 今はもう無人で、ただの観光地的な存在になってしまっているけどね!」
シロは色々と説明をしてくれた。満月の夜じゃなければ、この景色は見られなかった。僕達は運が良かったんだ。
「シロ、ありがとう。君がいなかったら、僕達は死んでいたかもしれない。それに、こんな素敵な景色を見ることも出来なかった。本当にありがとう」
僕は改めて、シロにお礼を言った。シロは命の恩人でもあり、こんな感動を与えてくれたのもまた彼である。
「ユーたちが喜んでくれるのなら、ミーはそれでいいのさ! こちらこそありがとう! 誰かとこんなに楽しく話したのは、久しぶりだよ! ミーは今、凄くハッピーだ! ブラッド! ソフィア!」
シロはそう言うと、大きな体で僕とソフィアを力強く抱きしめた。
外は寒いはずなのに、今はとても温かくて、幸せな気持ちになった。
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