第十一章 雪男と氷の城

第34話

「寒い……寒すぎる……」


 僕は、新しく買ったマフラーと手袋を身にまとい、マントにくるまって震えていた。口からは白い息。雪がふりしきる。一面は銀世界だ。

 僕たちは険しい雪山を一生懸命登っていた。雪のせいで、上手く飛ぶことが出来ないのだ。歩きにくいし、疲れるし、寒いし、最悪だ。


「ねぇ、やっぱり戻ろうよ」

 

 僕はソフィアに訴えた。


「何弱音を吐いているんですか。氷の城、見たいんでしょ?」


 この山の上には、全て氷でできた城があるのだとか。先程山のふもとの街で聞いた。これはものすごく見たい、と思ったが、こんなに辛い思いをするとは聞いていない。


「それに、心做しか雪が強くなってきてない?」


 さっきから顔にあたる雪が痛い。


「少し休みましょうか……あ、あそこの洞穴なんてどうでしょう?」


 ソフィアが指を差す方を見ると、そこには小さな洞穴があった。あそこなら、この雪も避けられるし、とてもいいだろう。


 僕たちは洞穴の中で休憩した。雪も、冷たい風も遮られる。それでも寒いのは変わらない。

 するとソフィアは、周囲にある木の枝を集めてきた。


「雪がさらに強くなっています。しばらくここにいましょう」


 ソフィアは荷物の中からマッチを取り出し、火を焚いた。ゆらゆらと揺れる炎に手をかざす。とてもあたたかい。


「ソフィア、なんか食べ物ない?」


「食べ物ですか?」


「うん。お腹すいた」


「まあ、確かに、そろそろお昼ですしね。いつまで洞穴にいなければならないか分かりませんから、食べておきましょうか」


 するとソフィアは再び荷物をあさりだした。ほんと、準備がいいなと僕は思った。ちなみに、僕の荷物の中には、着替えと歯ブラシと寝袋と手鏡と、予備の手鏡しか入っていない。


「非常食にと思って準備していたものです。舌の肥えていらっしゃるブラッド様には、あまり美味しくないかも知れませんね。やっぱりいりませんか」


「いや、いるから! 僕なんでも食べるから!」


 ソフィアが取り出したものは、硬いパンと、トマトや魚などの缶詰だった。食べてみると、確かに味気なくて、あまり美味しくなかった。


「非常食なんですから、食べ過ぎないで下さいよ。いざと言う時無くなってしまったら困るので」


 ソフィアの注意を右から左に聞き流し、腹が満たされるまで食べてしまった。

 横ではソフィアがぶつぶつと文句を言っている。


 外では風の音が強くなってきている。これ、大丈夫かな? ちゃんと氷の城までたどり着くことができるだろうか。そんな心配をしていた時だった。

 どこからともなく、ゴーッという地響きが聞こえた。なんだか嫌な予感がする。音はどんどん近づいてくる。


「ソフィア、なんの音?」


 そう僕が尋ねた瞬間だった。


「逃げて、ブラッド様!」


 雪が勢いよく、洞穴の中に入り込んできた。僕とソフィアは瞬時にマントを使って中に浮き、雪に巻き込まれるのを防ぐ。

幸い、洞穴は奥が深かった為、雪によって埋まることはなかった。

 火は消えてしまい、外の光も雪によって遮られ、あたりは真っ暗だ。

 おさまったあと、ソフィアは生存確認をした。 


「ブラッド様、生きていますか?」


「ああ、生きているよ。今のは何が起こったの?」


「雪崩です。上方の斜面の雪がなだれ落ちてきて、この洞穴にも入り込んでしまったんですよ。それにしても、困りましたね……」


 ソフィアは洞穴の入口を見つめて言った。

 

「私たち、閉じ込められてしまいましたよ」



 一世一代の危機だ。どうしよう。

 とりあえず僕たちは、木の枝を集めて火をつけ直した。とにかく寒いのだ。

 その後、どうするか考えた。


「入口の雪を、少し掘ってみましょうか」


 スコップがあれば少しはマシだったかもしれないが、あいにくそんなものは持ち合わせていなかった。

 僕たちはひたすらに掘る。手袋をしていても、雪の冷たさを感じる。

 その時、雪が再び、洞穴の中に入ってきてしまった。雪を掘ったせいで、積もっていた雪が崩れてしまったのだ。


「これ以上は危険です。他の方法を探しましょう」


 次に、僕たちは洞穴の中を探って見ることにした。まだ奥に続いていそうだった。ソフィアが持っていた小さなロウソクに火を移し、奥の方へ進んでみる。ほんと、なんでも持っているな。

 僕たちは、出口があるという期待を込めて前に進んで行った。しかし、そこにあったのは……


「嘘でしょ……」

 

 壁だった。行き止まりだ。この洞穴に、他に出口はない。僕たちは完全に閉じ込められてしまった。


「ソフィア、どうするの!?」


「……どうしようもありません。助けが来るのを待つしかないです」


「でも、もしその助けが来なかったら? 僕たちここで一生を終えるの?」


「そうです。とにかく今は温まりましょう。私は寒くて仕方がないのです」


 ソフィアはフラフラとした足取りで、火の所へ戻っていった。様子がおかしい。


「ソフィア、大丈夫?」


「……ええ、平気ですよ」


 ソフィアは何ともないというような顔をした。そして、荷物の中から毛布を取り出し、マントの上からさらにそれを羽織った。


「ブラッド様も、あまり体を冷やさない方がいいですよ」


「う、うん」



 どれくらい時間がたっただろうか。体内時計では、結構経った気がするが、実際はどうだか分からない。夜になってしまえば、もっと寒くなるだろう。そしたら大変だ。


「ソフィア、そっちに行ってもいい?」


 僕は毛布にくるまるソフィアに尋ねた。


「……どうして……ですか?」


「ほら、こういう時は、身を寄せあっていた方が暖かいだろ?」


「……確かに……そう……です……」


 最後まで言い終わらないうちに、ソフィアは地面に倒れた。一瞬何が起きたのか分からなかった。


「……ソフィア?」


 僕は急いで駆け寄り、体を揺らす。顔が赤い。


「ソフィア、ソフィア!」


 僕はまさかと思って、ソフィアのおでこを触った。熱い。熱が出てる。


「ソフィア、いつから!? こういうことはちゃんと言いなよ!」


「……すみません……すぐに治ると……思ったんですけど……」


 ソフィアは弱々しく、申し訳なさそうに言った。

 僕は寝袋を取り出し、ソフィアに入らせた。その上から、毛布やマフラーを巻いてあげる。


「……いけません……これはブラッド様のマフラー……ブラッド様まで熱が出てしまえば……」


「大丈夫。僕の心配はしなくていいから。僕は人間より体が丈夫だから。とにかくソフィアは、安静にしてて」


 と言いつつも、僕はどうすればいいか分からなかった。頼りになるソフィアがこんな状態では、どうしようもない。


「ブラッド様……すみません。こんな非常事態に……私は何も出来なくて……私が、この洞穴で休もうだなんて言ったから……こんなところに閉じ込められて、このまま死んでしまうのかもしれないなんて、ブラッド様も嫌ですよね……最期がこんなので、すみません……使えないメイドでごめんなさい……」


 何を弱気になっているんだ、このメイドは。いつもなら、絶対謝らないくせに。なんでそんなにネガティブなんだよ。

 僕はまだ、こんなところで旅を終わらせる気はない。だから、僕は、できることをやろう。

 僕は雪で閉ざされた洞穴の入口まで行った。そして、叫ぶ。


「誰か、助けて! 僕たちは今、洞穴にいる! 雪崩のせいで、外に出られなってしまった! 病人もいる! 助けて!」

 

 僕は、力の限り叫んだ。声が枯れるまで叫び続けた。今は僕にしか、ソフィアを救えない。必ずここを出るんだ。



 

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