第35話
どのくらい叫んだだろうか。もう声が枯れてきた。少し休もう、と思ったとき……
「おい、大丈夫か!?」
と、外から男の声が聞こえた。
「助けて! 洞穴のから出られなくなったんだ!」
僕はすぐさま叫ぶ。諦めなくてよかった。これで、僕たちは助かる。
「分かった、待ってろ! すぐに出してやるからな!」
僕はその言葉を聞いて安心した。外からは、雪をスコップですくうような音が聞こえてきた。一人でやっているのだろうか? 少し大変そうだが、まあいいや。
「ソフィア、大丈夫だよ。僕たち、もうすぐ出られるから」
僕はソフィアのそばへ行き、報告をした。
「……ありがとうございます、ブラッド様」
ソフィアは弱々しくお礼を言った。……なんだろう、この優越感。いつものキレがないソフィア。なかなか良い。
やがて、洞窟の入口から光が差した。僕は火を消し、荷物を持ち、ソフィアを背負って、外へ出る。
相変わらず、外は吹雪いていた。
「ユーたち、大丈夫かい?」
助けてくれた男が声をかけた。
「うん。おかげさまで……」
男の方を見て、お礼を言おうとした瞬間、僕は腰が抜けそうになった。
そこには、二メートルほどの大男がいた。体格も良く、腕の長い、白い毛むくじゃらの生き物だ。
「わー、びっくりした。もしかして君は、雪男?」
父さんの手紙にも書かれていた、雪男という種族だ。見た瞬間、すぐに分かった。
「おやおや、普通の人は、ミーを見ると怖がっちまうんだが……」
「怖くないよ、全然。どちらかと言うと、僕も怖がられる方だから」
自分で言っていて悲しい。
「むむ?」
雪男はじっと僕の顔を見つめた。そして、思いついたように手を打った。
「ユーはヴァンパイアか! その赤い目にとんがった耳、白い肌に鋭い牙は! ミーは知っているさ!」
「お、おお!」
「よろしくな! 会えて嬉しいよ!」
「ぼ、僕もだよ」
なんだか、すごく元気な人だな。すると雪男は、僕の後方を見て言った。
「ところで、その後ろのレディは?」
あ、忘れてた。
「大変なんだよ! 僕のメイドなんだけど、熱を出しちゃって……どうすればいい?」
「それは大変だ! ミーの家に連れていこう。そこなら暖かいし、薬もあるさ!」
「ありがとう! 雪男……じゃなくて、えっと、名前は?」
「ミーの名前はシロだ!」
「よろしく、シロ。僕はブラッドで、こっちはメイドのソフィアだ」
僕たちは自己紹介をした。
その後、シロがソフィアを運んでくれると言うので、預けた。シロはソフィアを軽々と抱える。
そんな時だった。何かが僕に飛びついてきて、僕はそのまま後ろに倒れた。積もった雪の
おかげで、頭を打たずに済んだ。
「何事!?」
と思うと、今度は顔に何かが触れた。この、ザラザラとした感触。気持ち悪い……
「こらこら、お前たち! あんまりブラッドを困らせるんじゃないよ!」
シロは注意をした。すると、その何かは僕の上から降りた。起き上がって見てみると、そこには、白と黒の毛並みの、オオカミがいた。それも一匹ではない。七匹ほど。
「いつの間にこんなにオオカミが!?」
僕はすぐさま喰われるのではないかという心配をした。
「最初からミーのそばにいたさ!」
本当に? 雪男の方が強烈すぎて、全く気が付かなかった。
自分の顔を触ると、べっとりとした液体がついていた。……オオカミのヨダレだ。舐められたんだ。さっきのザラザラとした感触は、オオカミの舌だ。ああ、僕の美しい顔が……
「このオオカミたちは?」
僕はマントで顔を拭きながら尋ねた。
「ミーの愛しい家族だよ! この子達が、ブラッドたちを見つけてくれたんだ!」
「え?」
僕が叫んだのが、聞こえた訳ではなくて?
「詳しいことは、ソリに乗ってからにしよう。いつまでもここにいる訳にはいかないさ!」
僕はソリまで案内された。オオカミたちは、吹雪の中でも元気よくついてくる。
*
ソリは、大きくはなかったが、僕たちみんな乗れるだけの大きさはあった。多少窮屈ではあるが。
ソフィアは相変わらずぐったりとしている。ソリに積んであった毛布を借りて、ぐるぐる巻きにしてあげた。
このソリを、さっきの七匹のオオカミたちが引っ張っていってくれるそうだ。
「さあー、行くぞ!!」
シロの合図で、犬たちは一斉に走り出す。降りしきる雪が顔面に当たって痛い。
「ところで、シロには僕が叫んでいたの、聞こえてなかったの?」
僕は納得がいかなくて尋ねた。
「ブラッドたちのことは、ミーの愛しのオオカミたちが見つけてくれたんだ! この子達は鼻が利くからね! 声が聞こえたのは、その後だよ!」
「そ、そうか……」
なんだよ、結構頑張ったのに。
「雪崩で、埋もれている人がいないかを探すのが、ミーの仕事さ! この雪山のことなら、全部分かる! ブラッドのその心意気は、グッドだよ! どこにいるのか、特定しやすくなるからね!」
まあ、無駄ではなかったのならいいか。
「ところでブラッド! ミーは前に、とあるヴァンパイアに会ったことがあるんだが……もしかして知り合いだったりするかい?」
「……残念ながら、僕に吸血鬼の知り合いはほとんどいないよ」
悲しいことに、僕は吸血鬼の友達はいないし、そもそも吸血鬼の国でしか会ったことがない。
「ジョゼフっていう名前なんだが!」
「えっ」
父さんかよ。案外身近なところだった。じゃあもしかして、僕が旅に出るきっかけとなった父さんのあの手紙に書いてあった、見かけによらず優しくて愉快な雪男って……シロのことか。
「それは、僕の父さんだね」
「なんだって! それはまさに運命! デスティニー!」
凄い偶然だ。
「確かに、よく見るとユーはジョゼフに似ているね! 会えて嬉しいよ!」
シロは嬉しそうに体を左右に揺らした。
「シロと父さんは、どういう関係?」
「ミーが雪山を捜索していたら、積もった雪に埋もれたジョゼフが、顔だけ出して、『助けてくれ』って言うんだよ。顔以外、全部雪の中でね」
どうしてそうなった……?
「どうやら昼寝をして目を覚ましたら、体が動かなくなっていたらしく、見ると雪に埋まっていたそうだよ!」
いや、本当にどうしてそうなった……?
「それをミーが助けてあげたってわけだ! そして話すうちに意気投合してね! 今ではもうマブダチだよ! たまに手紙のやり取りをしているんだ! ミーはこの雪山から出たことがなくてね! だから、ジョゼフの旅の話はすごく面白いんだ! そういえば、ジョゼフは一人の息子がいるって言ってたな! それがユーのことか!」
シロと父さんは、こんなに親しかったのか。
父さんを知っている人と会えて、なんだか嬉しい。こういう出会いがあるから、旅をしていて良かったなと思う。
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