第九章 奴隷だった少女の話
第27話
暖かい南風が、髪を揺らす。
ここは、世界の南端にある、オースター国。かつて奴隷制度があったとは思えないほど、平和で賑やかな国だ。
そんな中、ソフィアは一人、懐かしくも哀愁のある、そして恨みや切なさのこもった眼差しで、国の風景を眺めていた。
「ソフィアは、この国を知っているの?」
僕は横に立つメイドに尋ねた。
「ええ、忘れたくても、忘れられませんよ。ここは私の、故郷ですから……」
ソフィアのブロンドの髪が風になびく。暖かい風のはずなのに、なぜだか少し、寂しい匂いがした。
*
僕たちは、オースター国の町の一角にあるレストランで昼食をとることにした。注文をし、金髪の綺麗な青年によって料理が運ばれてきたところで、僕は尋ねた。
「君はこの国に、どのくらいの間いたんだい?」
「幼少期はずっとこの国にいました。ジョゼフ様と出会ったのも、この国です」
父さんとソフィアがここで出会わなければ、僕とソフィアが出会うことはなかったんだな。エアスト国からずっと遠いこのオースター国の人と、こんなにも親しくなるなんて、すごいなと思った。
「ねえ、君の過去の話を聞かせてくれないかい?」
「私の話ですか? 面白くないですよ?」
「それでもいいんだ。僕たちはこれだけ一緒にいるのに、僕はソフィアのことを何も知らない。父さんとソフィアの間に何があったのかだって、ずっと気になってた。ソフィアの、父さんへの執着心も。だから、教えて欲しい」
ソフィアは少し悩んだが、やがて頷いた。
「いいですよ。聞いてください。私の、辛くて苦しくて、生きる意味すら見いだせなかった、絶望という名の物語を」
*********************
オースター国では、お金が全てだった。お金持ちの人ほど身分が高く、お金のない人は奴隷となった。
「ほら、手を止めるな。働け」
幼い金髪に青い瞳の姉弟は、ボロボロになりながら働いていた。
彼女達は親に捨てられた。帰る場所もお金もなく、さまよっていた二人は、いつしか奴隷として捕らえられ、売られた。
その後、とある貴族に買われて、今に至る。
姉のソフィアは、朝から晩まで、家事をやらされていた。休む暇なんて少しもない。朝はまだ日が昇っていない時間から起きて、多くの同じ女性の奴隷たちと朝食の準備をした。屋敷の掃除や、庭の手入れ、洗濯……時には貴族へ性的奉仕をしなければならないこともあった。仕事をしなければ平気で殴られ、逆らえば殺される。奴隷に人権なんてないのだ。
弟のノエは、一日中外で、貴族の所有地である畑を耕したり、収穫したものを運んだりと、過酷な労働をさせられていた。少しでも手を止めたら、鞭で打たれる。体は傷だらけ、服はボロボロ。
こんな日々が続いていれば、もう生きている意味が分からない。二人は幼いながらに、そう感じていた。でも、ソフィアとノエは、互いに寄り添い、助け合いながら生きていた。仕事が終われば、残飯を一緒に食べてお腹を満たし、肩を寄せ合いながら眠った。このままずっと、目が覚めなければ、どれだけ幸せだろうと何度思ったことか。
「お姉ちゃん、これからもずっと、死ぬまでこんな生活が続くの?」
ノエは不安そうにソフィアに尋ねた。
「大丈夫、きっといつか、幸せになれる日が来るから。それまで頑張ろう」
ソフィアはノエを安心させるためにそう言ったが、そんな保証は何も無い。きっと、この生活は、奇跡が起きない限り変わらないと分かっている。
死にたいな……
と、ソフィア何度も思った。でも、ノエの前では絶対に言わない。姉として、ノエがいる限りは、弱音は吐けない。
そんなある日、その貴族が借金を抱えたことにより、奴隷は皆売られることになった。
腕を縄で縛られ、奴隷商人に連れていかれる。
これから何が起きようとも、二人で一緒に助け合って生きていく。そう思っていたのに、さらに追い打ちをかけるように、不幸が襲った。
ノエだけが、先に買われてしまったのだ。
ソフィアは取り残され、二人は離ればなれになってしまう。
「お姉ちゃん! 嫌だ、僕、お姉ちゃんと一緒にいたい!」
ノエは泣きながら叫んでいる。
「お願いします、私も、連れていってください」
ソフィアはお願いしたが、鞭で打たれてしまった。痛みを必死に耐える。
「ノエ、ノエ!」
ソフィアは叫んだが、奴隷商人に無理やり引き離されて、ノエは呆気なく連れていかれた。
ノエがいなくなってから、何日が過ぎただろうか。ソフィアは生きる意味を、本当に失っていた。弟がいなくなってしまって、目の前が真っ暗になった。そして、何も感じなくなった。全部がどうでも良くなって、目をつむった。
もう、このまま死んでもいい……
ずっとそう思っていた。
そんな時、彼女の前に、希望の光が現れたのだった。
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