番外編7 ご主人様とメイド

「……不覚です。一生の不覚です。ブラッド様に助けられるなんて……私の自尊心が……私のプライドが……」


 と僕のメイドが唸っている。ふふふ、僕に感謝したまえ。今回は全て、僕のおかげなのだから。猫の誘惑にのった君たちが悪いのだからね。


「ブラッド、ありがとよ。また助けられちまって……今度ブラッドが困った時は、俺が絶対助けるから!」


 素直でよろしい、グレイ。そういうところ、好きだよ。君はいつまでも、その純粋な心を持っていてくれ。

 さあて、ソフィア! 僕にお礼の言葉を言いたまえ。なんだい? 難しいのかい? 屈辱かい? ほらほらほら!


「……くそっ」


 ソフィアは悔しそうに舌打ちをした。


「いやぁ、それにしても、あのソフィアが猫になって語尾に『ニャ』をつけていたのは、なかなか新鮮だったなあ」


「地獄へ行きますか? ブラッド様」


 ソフィアはポキポキと手を鳴らした。やめて、投げ技はやめて、ほんとに痛いから。


「で、でもさ、ご主人様に助けてもらったんだからさ、少しくらい感謝しても……」


「は?」


 いやいやいや、なんで僕、今ゴミを見るような目で見下されているのかい?


「はあ……ブラッド様のおかげで猫化しなかったことは感謝しています。ありがとうございました」


 その最初のため息はなんだい? もっとストレートにお礼は言えないのかい?


「私、素直なところが自分の長所だと思っているんですけど」


 いやいやいや、逆に素直すぎるところが君の短所だと思うよ。


「私、今まで何度ブラッド様の危機を救ってきたと思っているんですか?」


「そ、それは……もう数えられないほど……」


「ですよね。ブラッド様が冤罪をかけられた時も、グレイ様が街を荒らした時も、不思議な国でアイザックに騙された時も、全部私がいたからどうにかなったんですよ。だいたい、私はブラッド様の旅についてきて、お金稼いでお世話までしているんです。それなのにブラッド様は、私に感謝していますか?」


 そりゃあ、もちろん。いつも感謝しているよ。


「私、ブラッド様から『ありがとう』の言葉を聞いたことがないような気がしますが……」


「え、うそ?」


 言ってなかったっけ? 心の中では、いつも感謝していたけれど……


「言葉は声に出さないと、伝わらないですよ? ということで、ブラッド様。私にもお礼を言ってください」


「え……あ……」


 最悪だ。


「い、いつも僕を助けてくれてありがとう」


「もっと」


 え? もっとって、何?


「あ……僕の旅についてきてくれてありがとう……」


「もっともっと。『僕を捨てないでください、これからも僕の面倒を見てください』って」


 なんだ、このメイドは。恩着せがましい。……人のことは言えないけど。


「い、いつも僕のために、色んなことをやってくれてありがとう。面倒くさがりながらも、なんだかんだお世話をしてくれてありがとう。こ、これからもずっと、僕のメイドでいて欲しいですっ! 僕を捨てないでくださいっ!」


 恥ずかしい。屈辱的だ。僕がご主人様だとは思えない言葉だ。

 まって、普通捨てられると言うのは、メイドであるソフィアのセリフではないか? こちらが雇っている側なのだから。自然に言ってしまったけど、なんで逆になっているんだ?

 ああ、もう……自分の白い肌が、赤くなっているのが見らずとも分かる。


「よろしいです。私はジョゼフ様がいる限り、ブラッド様のメイドでいますから」


 ソフィアは満足そうに微笑んだ。

 父さんがいなくなれば、僕は捨てられるのか……そうなってしまえば、一体誰が僕の世話をしてくれるんだろう。


「あ、ちなみに、ここだけの話……」


 ソフィアは小声で、耳を疑うようなことを言った。あれだけ文句ばかりを言っていたソフィアが……


「私も旅をするのが、少し楽しくなってきました」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る