第26話

 猫が沢山いる。ムリムリムリムリ。ほんとにムリ。なんか、猫たちが近づいてくる。


「来ないで来ないで! ほんとにやめて!」


 猫たちは、容赦無く僕に近づいてくる。僕はマントをバサバサとして、追い払う。

 ふと、ソフィアとグレイの方を見ると、これでもかというほど緩んだ顔で、猫と戯れている。たくさんの猫たちに囲まれて、幸せそうだ。


「おやおや、あんたは猫が嫌いなのかい?」


 おばあさんが声をかけてきた。彼女に猫が嫌いだと言うのは、なんだか少し申し訳なく感じる。


「ま、まあ、ちょっと苦手なだけだよ」


「そうかい。こんなに可愛らしいのに……まあ、いいさ。あんた、そこにコーヒーとクッキーがあるから、好きに食べな。暇だろう?」


 おお、なんと、気が利くおばあさんだ。僕はお言葉に甘えて、テーブルの上のクッキーに手を伸ばした。ボリボリと噛みながら、ソフィアたちを眺める。

 ん、待てよ。これはまた騙されているのではないか? 不思議な国でのアイザックの時みたいに。……僕、食べてしまったよ? あまりにも自然に出されたから。いや、ただ、クッキーが美味しそうだっただけだけど。

 また洗脳みたいなことされるのかな?


「どうしたんだい? 毒なんか入っていないよ。ただのクッキーさ」


 おばあさんはそう言いながら、自分もクッキーを食べる。

 いやいやいや、これはおばあさんのご好意なんだ。安易に疑うのは良くない。

 それに、食べてしまったけど、今のところ特に異変はないから大丈夫だ、きっと。


 とにかく僕は、早くここを出たい。猫から逃れたい。僕はなるべく猫から離れたところにいた。

 ソフィアたちはいつまでここにいるつもりだろう。猫屋敷に入ってから、しばらく経ったよ。


「ソフィア、グレイ、もういいんじゃない?」


 僕は呼びかけた。


「まだまだだニャ。俺はまだこの子たちで癒されていたいニャ」


 グレイ、いくら猫が好きだからって、さすがに語尾まで変えるのは……


「そうですニャ、ブラッド様。私は日頃のブラッド様で溜まったストレスを、解消しているんですニャ。癒しは必要なんですニャ」


 なんだよ、ソフィアまで……どうしちゃったんだ? あまりにも猫が可愛すぎで、頭がおかしくなったのかな?


「ええ……ほんとに二人ともどうしちゃったの?」


 その時、僕は目を疑った。二人の頭から、猫の耳が生えている。いやいやいや、それはさすがになりきり過ぎでしょ。おまけに、おしりからは長いしっぽが。


「え、あ、ええ、いくらなんでもそれは……ちょっと……ね?」


「なんなんですかニャ、ブラッド様。ほら、ブラッド様も早くこちらに来てくださいニャ」


 とソフィアはグーの形を作って、猫みたいに手招きをする。


「そうだニャ、ブラッド。早くこっちに来るニャ」


 嘘でしょ? まさか、これは……僕はおばあさんの方を見た。おばあさんは優雅にコーヒーを飲んでいる。


「おばあさん、これは一体どういうこと? 明らかにおかしいでしょ」


「何がかい?」


「いやいや、あれ、どう見ても猫化してる……」


 気がつけば二人の顔には細い髭が生え始めていた。

 おばあさんはフッと息を吐いた。


「なあに、ここにいる猫たちに、ちょっと魔法をかけているだけだよ」


「魔法?」


「ああ、この子達にしばらく触れていると、人間は猫になる。それだけだよ」


 それだけって……結構やばいんじゃない? 僕は猫を避けていたから、猫にならなかったのか。


「ちなみに、一度完全に猫になってしまえば、もう人間には戻れないよ」


「どうしてそんなことするの!」


 僕は叫んだ。


「そりゃ、私が猫が好きだからに決まっているよ。もっともっと猫に囲まれて、幸せに暮らしたいだけさ」


 それだけの理由で? ということは、この猫の中には、元々人間だった人たちがいるってことだろうか。

 さっき会った、荷馬車の青年が、戻ってこない人たちがいると言っていた。それは、この猫屋敷に入った人達が、みんな猫になってしまったからだ。


「猫はいいよ。気楽で。あんたも猫になっちゃいなよ」


「絶対嫌だよ。いいから、ソフィアとグレイを元に戻して」


「どうしてだい? 彼女たちは幸せそうな顔をしているではないか。それに、私は仲間が増えて嬉しいがね」


 ダメだ、これは。

 僕は猫たちの中に飛び込んで、猫化しかけているソフィアとグレイを両腕に抱えた。


「そう簡単には逃がさないよ」


 おばあさんは、手に持っていた杖をついて、トンと音を鳴らした。それを合図に、全ての猫が僕たちを威嚇した。


「ふん、黒魔術を使う魔女だけが、悪いやつだとは思わない方がいいよ。魔女は小賢しい生き物だからね。さあ、愛しの我が猫たち、奴らをとらえるんだ!」


 おばあさん、いや、魔女がそう言うと、猫は一斉に僕たちに飛びついてきた。僕はマントを翻して宙に浮く。猫たちは僕のマントを引っ張ってくる。

 僕は何とか振り払って二階に逃げる。一階のドアは閉められており、そして猫で埋め尽くされていたので出れそうになかった。

 僕は全速力で二階まで行き、そして窓を開けてそのまま外へ飛び出した。重い、両手がちぎれそう。

 僕は振り返ることもせず、そのまま猫屋敷からずっと遠い所まで逃げた。

 

「はあ、疲れた……ソフィア、グレイ、大丈夫?」


 僕は二人を降ろして、息切れしながら尋ねた。

 すると二人は、気持ちよさそうに眠っていた。まるで猫のようだ。

 猫耳やしっぽは、少しずつ消えていっている。早く起きてくれよ。


「……今回は僕のおかげだからね、ソフィア、グレイ。感謝してくれよ」


 今回は珍しく、僕が助けた。僕が猫を嫌いだったおかげで、二人は猫化せずに済んだのだから。

 二人が目を覚ましたら、これでもかという程のお礼をしてもらおう。

 そんなことを思いながら、僕も一緒に眠りについた……

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