第八章 猫にはご注意を
第25話
不思議な国での出来事から、何ヶ月経っただろうか。グレイが僕たちにやっとお金を返し終わった。そして、ソフィアも働いて、旅を続けるためのお金も十分に貯まった。え、僕はって? もちろん、ことごとく面接に落ち続け、宿にひきこもってニート生活を極めていたよ。
僕たち三人は、しばらく一緒に旅をすることになった。念願のグレイとの旅。叶って嬉しい。
『この先、猫にご注意!』
ある時、森を歩いていると、こんな看板が立っていた。グレイがいるため、空を飛んで行くことが出来ないから、移動にすごく時間がかかる。
「猫に注意? なんでだろう。あんなに可愛い生き物なのに」
とグレイが言った。可愛い、だと? どこがだろう。
そんな時だった。
「ちょっとちょっと君たち!」
と、荷馬車に乗った青年が声をかけてきた。
「もしかしてこの先に行くのかい?」
「そうだけど……」
「それはやめた方がいいよ。戻って来れなくなるよ。何人もの人が、ずっと帰って来ていないんだ」
何それ、怖い。
「噂では、この先にある猫屋敷が原因だって」
「猫屋敷?」
「そうだよ。森の奥にあるんだ。僕も詳しくは分からないけど、とにかく、猫には気をつけた方がいいよ」
青年は忠告してくれた。
「ありがとう、教えてくれて」
僕はお礼を言った。青年が去っていったあと、僕たちは相談した。
「どうしますか?」
「僕はあまり行きたくないね。なんてったって、僕は猫が大嫌いだから」
「うわ、お前、それは猫に謝れよ! あんなに可愛い生き物、なんで嫌いなんだよ! あの子たちは癒しの権化だぜ!」
グレイ、そんなに猫が好きなのか。でも、僕は、一生猫を好きになることは無いね。なぜなら、昔、館の庭に黒猫が迷い込んで来たことがあるんだ。
その時、優しい僕は、その黒猫にミルクを与えようとした。そしたら、なんとその黒猫は、僕の大事な顔を引っ掻いたんだ。僕の麗しい顔を、宝石よりも価値のある僕の顔を、引っ掻いたんだ。その黒猫は僕を引っ掻いた後、すまし顔で毛づくろいをしているんだ。もう僕はカチンと来たよ。
「ちなみに、私も猫、好きですよ」
……だからなんだい、ソフィア。
「グレイ様、この先に進みたくないですか?」
「俺は先に進みたい! 猫が危険なはずないだろう! 俺は今、癒しを求めているんだ。ものすごく猫と戯れたいんだ」
「ですってよ、ブラッド様」
ソフィアめ、僕が猫がどれだけ嫌いか知っているくせに。絶対わざとだ。僕を無理やり猫の元へ連れて行って、僕がギャーギャー叫んでいる姿を見て笑うつもりだ。
もうその手には乗らない。
「二人で行ってきなよ。僕はここで待っているから」
「ブラッドも行こうぜ。もしかしたら、猫好きになるかもしれないじゃん。ほら、猫屋敷って、聞くからに楽しそうな場所だぞ!」
僕はあまり行きたくないんだけど。というか、面倒事を避けたがるソフィアが、今回に関しては少し乗り気なのだが。何? いつも僕をゲスい顔をしながらいじめてくるのに、そんなに猫が好きなの?
「どうせブラッド様は一人では何も出来ないのですから。さあ、一緒に行きますよ」
ご主人様をなめないでくれるかな? 実際、僕はソフィアがいないとトラブルがあった時に対処出来ないから、言い返せないのが悔しい。
「分かったよ……どうなっても知らないから。僕のせいじゃないからね」
せっかく青年が忠告してくれたのに、と思ったが、仕方がない。
僕たちは、森の奥へと歩き始めた。
*
「ちなみに私、館でブラッド様を引っ掻いたあの黒猫と、仲良くなったんですよ」
何そのマウント取り。
「私によく懐いてくれたんですよ」
だからなんだよ。
「ミミって名前、つけました」
べつに羨ましいなんて思っていない。
「可愛くて可愛くて、仕方がないです」
どうして僕は、引っ掻かれたんだ?
「今頃、どうしていますかね……」
これは、自慢したかっただけだ、きっと。あの黒猫が、ソフィアには懐いて僕には懐いてくれなかったのが悔しい。
「俺も……」
なんだい、グレイ。
「大道芸の観客が、全員猫だった時あるぜ」
それは喜んでいいのかな?
「五十匹くらい来てくれたんだ」
思っていたより多かった。
「そしたらさ、お金の代わりに、魚とか、ネズミとか、またたびとか置いていってくれたんだぜ」
猫って凄いな。ところでそれは、喜んでいいのかな?
「可愛すぎるだろこんにゃろー」
ああ、嬉しかったのね。
というか、何、二人して。別にいいもん。僕には手紙を運んでくれる、可愛い可愛いコウモリがいるもん。
そんな猫とのふれあいの話をしているうちに、建物が見えてきた。多分あれが猫屋敷だ。
屋敷と言うものだから、すごく大きいものを想像していたけど、思っていたよりもこぢんまりとしていた。二階建てのようだ。
猫の鳴き声が聞こえる。たくさんの猫が、外で気持ちよさそうに昼寝をしている。
あんなに可愛い顔をして、容赦なく引っ掻いてくるんだ。油断出来ない。
「すげえ、ここ、天国じゃん」
とグレイは感動している。
「おやおや、お客さんかい?」
屋敷の中から、杖をついたおばあさんが出てきた。エレガントな紫色の服に、つばの広いとんがり帽子を被っている。
「もしかして、魔女?」
「ああ、そうだよ。猫が大好きな魔女さ」
このつばの広いとんがり帽子は、魔女の象徴だという。初めて会った。魔法ってどんな感じなんだろう。
「私は魔女だけど、いい魔女さ。黒魔術を使う奴らとは一緒にしないでおくれよ」
確か魔女は、基本的にはいい人ばかりだという。国のために魔法で貢献しているとか。しかし、中には黒魔術という、自己の欲のために人に危害を加えるような、危ない魔法を使う魔女たちもいるらしい。
このおばあさんは、見るからに優しそうだから大丈夫であろう。
「さあ、ここには何千もの、私の愛しい猫たちがいるよ。さあ、中に入って、ゆっくりと癒されていきな」
とおばあさんは優しく微笑んで、中に招いてくれた。ソフィアとグレイの目がキラキラと輝いている。
僕は小さくため息をついた。この屋敷の中には、溢れんばかりの猫がいるのかと思うと、足が進まなかった。
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