番外編6 働かざる者食うべからず

「さあ、ブラッド様。働きますよ」


 心なしか働く気満々に見える。このメイド、どれだけ働きたいんだ? それなら僕の代わりに働いてきてよ。僕はその辺のカフェで優雅にお茶をしているから。


「グレイ様も頑張って働いているのですから。朝はパン屋、昼間は大道芸、夕は食堂で、ものすごく忙しいそうですよ。ブラッド様も見習ってください。あ、嫌ならべつにいいですよ。ただ、ご飯が食べられなくなるだけですから」


「なんで?」


「働かざる者食うべからず、ですよ。人生そんなに甘くないですよ、くそニート様。おっと、失礼しました、ブラッド様」


 前もこんなこと言われた気がするが、僕は寛大な心を持っているから、たとえどんなに失礼なメイドでも、僕は許してあげるさ。


「でもさ、僕が吸血鬼だとバレたら、面倒なことにならない? 接客業とかはさ、さすがにフード被ったままでは無理があるじゃん?」


「ああ、それならいい所がありますよ。どうやらこの町には、コスプレ喫茶という場所があるらしいのです」


 コスプレ喫茶? なんだそれ。


「どうやらここは、人が、吸血鬼や狼男、ゴブリンや魔女など、様々な格好振る舞いをして、食べ物飲み物を提供するカフェらしいのです」


 おお、それなら僕が吸血鬼でも、目立たないというわけか。


「それじゃあ、やってみるよ」



「君にいくつか質問するね。まず、名前と年齢は?」


「ブラッドだよ。現在二十五歳。ピッチピチの成人男性さ」


 コスプレ喫茶にて、ただいま店長との面接というものが行われている。こんなの聞いてないんだが。本来はある程度答えを考えておくべきらしいが、ソフィアは面接があるとか、一言も言わなかった。


「志望動機は?」


「志望動機? そりゃあ、お金を稼ぐために決まっているよ」

 

 当たり前だ。すると店長は眉間に皺を寄せた。


「じゃあ、どれくらい働けるかい?」


「うーん、基本的に毎日大丈夫。あ、でも朝早いのは嫌かな」


 朝は誰にも邪魔されず、ゆっくりと寝ていたい。すると店長は歯をくいしばった。


「これまで仕事をした経験は?」


「ないに決まっているよ。なんてったって、僕はお坊ちゃまだから」


 働く機会なんてなかった。家にはいつもお金があったから。


「君の長所は?」


 僕は少し考えた。


「ありすぎて困っちゃうな。まず、美しくてかっこいいところでしょ? あと、優しくて正義感があるところとか、ちょっとお茶目なところが可愛いところとか……」


「え、いや、そういうことじゃなくて、もっとこう、ね……もういいや。ちなみに、君の短所は?」


「短所? 思いつかないね」


 僕がそう答えると、店長はなぜかため息をついた。


「じゃあ、最後の質問。君はどうして今吸血鬼の格好をしているんだい?」


「それは、ここがコスプレ喫茶だから……」


 実際には僕は本物の吸血鬼だが、今は吸血鬼の格好をした人間ということになっている。


「気が早すぎるな。でも、分かった、よく分かったよ」


 おお、分かってくれたか。……何が?


「君、二度とここに来るんじゃないよ」


「え?」


「何アホ面してんだい。君は不採用だ」


 嘘でしょ? ものすごく受かる気満々だったのに。僕の回答、完璧だったでしょ?


「だいたい、敬語を使わない時点でアウトだからね。礼儀もちゃんとなってないし。面接にはもっときちんとした格好で来なさい。本当に働く気あるのかい? 熱意が感じられない。ということで、さっさと帰りな」


 僕は店を追い出された。しばらくその場に立ち尽くした。思っていたよりも、ショックだった。



「うふっ、ブ、ブラッド様、面接落ちたんですか?」


 宿での夕食の時間、ソフィアがお腹を抱えながら言った。


「教えてくれれば良かったじゃん。どんな風にすればいいか」


 僕は頬をふくらませた。


「やっぱり、世間知らずのブラッド様には、面接はハードルが高かったですね」


 なんでちょっと嬉しそうなの、ソフィア。


「まあ、どんまいだな。次は頑張れよ」


 とグレイが応援してくれた。僕の味方は君だけだよ、グレイ。ずっと友達だからね。

 僕は目の前に置いてあるパスタに手を伸ばした。すると、ソフィアは僕の手をパシッと叩いた。


「何? 痛いんだけど」


「働かざる者」


 ん?


「食うべからず、ですよ。ブラッド様」


 ソフィアはニコッと笑って、僕のパスタを没収した。


「今日はご飯は抜きですね。私とグレイ様は、今日はたくさん働いてきたので、お腹ぺこぺこなのです。だからブラッド様の分も食べてあげますよ」


「悪いな、ブラッド。俺がブラッドの分まで味わっておくから」


「……嘘だよね?」


 沈黙が流れる。

 僕は空腹に耐えて一晩を過ごさなければならないというのか? そんなの酷い! 

 こうなったのも全部、あいつのせいだ。あのアイザックというやつのせいだ。僕たちから大事な金を巻き上げやがって。そう思うと無性に腹が立ってきた。


「絶対許さないから! アイザック、覚えとけよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る