番外編6 働かざる者食うべからず
「さあ、ブラッド様。働きますよ」
心なしか働く気満々に見える。このメイド、どれだけ働きたいんだ? それなら僕の代わりに働いてきてよ。僕はその辺のカフェで優雅にお茶をしているから。
「グレイ様も頑張って働いているのですから。朝はパン屋、昼間は大道芸、夕は食堂で、ものすごく忙しいそうですよ。ブラッド様も見習ってください。あ、嫌ならべつにいいですよ。ただ、ご飯が食べられなくなるだけですから」
「なんで?」
「働かざる者食うべからず、ですよ。人生そんなに甘くないですよ、くそニート様。おっと、失礼しました、ブラッド様」
前もこんなこと言われた気がするが、僕は寛大な心を持っているから、たとえどんなに失礼なメイドでも、僕は許してあげるさ。
「でもさ、僕が吸血鬼だとバレたら、面倒なことにならない? 接客業とかはさ、さすがにフード被ったままでは無理があるじゃん?」
「ああ、それならいい所がありますよ。どうやらこの町には、コスプレ喫茶という場所があるらしいのです」
コスプレ喫茶? なんだそれ。
「どうやらここは、人が、吸血鬼や狼男、ゴブリンや魔女など、様々な格好振る舞いをして、食べ物飲み物を提供するカフェらしいのです」
おお、それなら僕が吸血鬼でも、目立たないというわけか。
「それじゃあ、やってみるよ」
*
「君にいくつか質問するね。まず、名前と年齢は?」
「ブラッドだよ。現在二十五歳。ピッチピチの成人男性さ」
コスプレ喫茶にて、ただいま店長との面接というものが行われている。こんなの聞いてないんだが。本来はある程度答えを考えておくべきらしいが、ソフィアは面接があるとか、一言も言わなかった。
「志望動機は?」
「志望動機? そりゃあ、お金を稼ぐために決まっているよ」
当たり前だ。すると店長は眉間に皺を寄せた。
「じゃあ、どれくらい働けるかい?」
「うーん、基本的に毎日大丈夫。あ、でも朝早いのは嫌かな」
朝は誰にも邪魔されず、ゆっくりと寝ていたい。すると店長は歯をくいしばった。
「これまで仕事をした経験は?」
「ないに決まっているよ。なんてったって、僕はお坊ちゃまだから」
働く機会なんてなかった。家にはいつもお金があったから。
「君の長所は?」
僕は少し考えた。
「ありすぎて困っちゃうな。まず、美しくてかっこいいところでしょ? あと、優しくて正義感があるところとか、ちょっとお茶目なところが可愛いところとか……」
「え、いや、そういうことじゃなくて、もっとこう、ね……もういいや。ちなみに、君の短所は?」
「短所? 思いつかないね」
僕がそう答えると、店長はなぜかため息をついた。
「じゃあ、最後の質問。君はどうして今吸血鬼の格好をしているんだい?」
「それは、ここがコスプレ喫茶だから……」
実際には僕は本物の吸血鬼だが、今は吸血鬼の格好をした人間ということになっている。
「気が早すぎるな。でも、分かった、よく分かったよ」
おお、分かってくれたか。……何が?
「君、二度とここに来るんじゃないよ」
「え?」
「何アホ面してんだい。君は不採用だ」
嘘でしょ? ものすごく受かる気満々だったのに。僕の回答、完璧だったでしょ?
「だいたい、敬語を使わない時点でアウトだからね。礼儀もちゃんとなってないし。面接にはもっときちんとした格好で来なさい。本当に働く気あるのかい? 熱意が感じられない。ということで、さっさと帰りな」
僕は店を追い出された。しばらくその場に立ち尽くした。思っていたよりも、ショックだった。
*
「うふっ、ブ、ブラッド様、面接落ちたんですか?」
宿での夕食の時間、ソフィアがお腹を抱えながら言った。
「教えてくれれば良かったじゃん。どんな風にすればいいか」
僕は頬をふくらませた。
「やっぱり、世間知らずのブラッド様には、面接はハードルが高かったですね」
なんでちょっと嬉しそうなの、ソフィア。
「まあ、どんまいだな。次は頑張れよ」
とグレイが応援してくれた。僕の味方は君だけだよ、グレイ。ずっと友達だからね。
僕は目の前に置いてあるパスタに手を伸ばした。すると、ソフィアは僕の手をパシッと叩いた。
「何? 痛いんだけど」
「働かざる者」
ん?
「食うべからず、ですよ。ブラッド様」
ソフィアはニコッと笑って、僕のパスタを没収した。
「今日はご飯は抜きですね。私とグレイ様は、今日はたくさん働いてきたので、お腹ぺこぺこなのです。だからブラッド様の分も食べてあげますよ」
「悪いな、ブラッド。俺がブラッドの分まで味わっておくから」
「……嘘だよね?」
沈黙が流れる。
僕は空腹に耐えて一晩を過ごさなければならないというのか? そんなの酷い!
こうなったのも全部、あいつのせいだ。あのアイザックというやつのせいだ。僕たちから大事な金を巻き上げやがって。そう思うと無性に腹が立ってきた。
「絶対許さないから! アイザック、覚えとけよ!」
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