第24話

 僕たちはとりあえず気の陰に腰を下ろした。


「とりあえず寝ましょうか。どうせ今私が話しても、上の空でしょ?」


 その通りだ。なんだかすごく疲れたから休みたい。僕は寝袋の中に入って体を休めた。やっぱり落ち着く。



 朝、目が覚める。紅茶を飲みたい衝動が襲ってくる。僕はカバンの中を漁った。しかし、あの茶葉の缶が入っていない。


「あれ? どこだ?」


「それなら棄ててしまいましたよ。あんなものがあるからいけないんです。さっさとその紅茶の効果を切らしてください。話にならないので」


 嘘でしょ……飲みたい、飲みたいよ。

 先に起きていたグレイも、そのことを聞いて絶望していた。


「俺の……金貨二枚が……」



 数時間ほど我慢すれば、その効果は消えていった。飲みたい衝動は完全に無くなった。我慢するのはなかなか大変だったが、もう僕の手元にはあの紅茶はないのだから欲しくても手に入らない。

 僕はその途端、一体なぜあんなにもあの紅茶に執着していたのか分からなくなった。


「この紅茶は、飲まなければ効果は切れるそうですよ。まあ、これには中毒性があるらしいので、飲みたい欲を自ら抑えるのは難しいらしいですが。でもお金さえ無くなれば、結局買えなくて、飲みたくても飲めないのですから、そこでみんな我に返るんですよ。あの国では、最初の歓迎会以外では、お金を払うことでしかあの茶葉は手に入らないそうです」


 ソフィアが説明してくれる。


「私たちはお客さんとして、あのアイザックという人にたくさんもてなされました。しかし、それには罠があったのです」

 

 僕はゴクリと息を呑んだ。


「ブラッド様たちが呑気に踊っている間、私は国の中を散策しました。あの国全体は、背の高い壁で囲まれているようでした。どうやら出入りするには、あの奇妙な森を通るしかないようです。そして奥の方まで行ってみると、そこにはこちら側からは向こうが見えないようにするための門があり、その向こうには大きな農園がありました。そこでその紅茶の茶葉が、大量生産されているようです」


 そんな短時間で色々調べたのか、と僕は感心する。さすが、使えるメイドだ。


「あの光るリンゴや毒々しいキノコの栽培もされていました。紅茶ほどではありませんでしたが。でも私は、そこでとんでもないものを見ました」


 とんでもないもの? 


「そこではたくさんの人が、奴隷の様に働いていたのです。土で汚れた服を着て、休む暇もなく」


 もしかして、アイザックがお金が無いのなら働いてもらわなければと言っていたのは、このことだろうか。昨日の夜のことは、ぼやーっとしていたから、ハッキリとは覚えていない。


「アイザックは、私たちからお金を巻き上げるのが目的です。働いていた人に、話を聞いてみました。みんな被害者であり、絶望した様子でしたが。しかし、以外にも快く話してくれました。これ以上被害に遭う人が増えないようにと。アイザックはまず、紅茶を飲ませて私たちの判断力を鈍らし、この国は夢と幸福に満ちた国だと上手く洗脳して行ったのです。実際は、悪夢と不幸に満ちた国でしたが」


 確かに、僕はなぜだか、そう信じていた。あれだけ異常なほどにもてなされて、疑うことすらしなかった。


「私はあの時、紅茶を零してしまったので、洗脳は免れました。ぶつかってきたお隣様には感謝しないといけませんね」


 そうだ。もしあの時、ソフィアも飲んでしまっていれば、この国から出られなくなっていたかもしれない。僕たちは危機一髪だったのだ。

 

「あの紅茶には、中毒性があり、アイザックはそれを高値で売っていました。あれだけ広範囲にわたって大量生産されている紅茶が金貨二枚って、普通に考えてぼったくりですからね、ブラッド様」


「ごめんって……」


 価値についてはよく分からないけど、ソフィアがそういうならきっとそうなんだ。


「中毒性があることを利用して、次々と買わせます。ここでかなり儲けます。やがて入国者のお財布が空っぽになった時、それはもう人生の終わりですね。茶葉が買えなくなり、飲みたくても飲めない状況が続き、そして紅茶の効果が切れた時、人々は我に返って、国がおかしいことに気づき、ここを出たいと言いだします。そこでアイザックは言うのです。今まで食べた料理や、ホテルの宿泊の代金は、どうしてくれるのかい? ってね。後から言うなって話ですが。まあ、彼は一言も『タダ』だとは言ってませんでしたからね。それに、この国は高い壁で囲まれている上に、奇妙な森はアイザックがなにやら監視しているようなので、脱出は不可能です」


 そうして、お金を無理やり巻き上げていくのか。払えなければ、その分を奴隷のように働かせるのだから、アイザックにとって不利益なことは何一つ無い。ああ、僕たちはまんまと騙されていたんだ……


「と、ところでソフィアさん。俺、昨日のことあんまりハッキリとは覚えていないんだけど、あの国を出る時、その、俺の分も払ってくれたんだよな?」


「はい」


 とグレイの問いかけに、ソフィアはすましがおで答える。


「そ、その、ちなみに、おいくら?」


 ソフィアは昨日アイザックが書いた、金額の書かれた紙を見せた。


「一十百千……」


 0の数を数えていくグレイの顔はみるみる青ざめていく。


「ほんとに、ごめんなさい。いつもいつも。今回のは絶対返します」


 とグレイは土下座して何度も謝る。それにしてもちょっと高すぎでしょ、これは。アイザックの野郎め……


「ちなみに、そのおかげでお金は全部無くなってしまいましたから」

 

 追い打ちかけないであげて、ソフィア。ん、ちょっと待って、ということは……


「これから僕たちどうするの!?」


「さあ」


 とソフィアは両手のひらを上に向け肩をすくめた。

 もしかして僕たち、結構やばいんじゃない? グレイはもともと一文無し、そして僕たちも……


「どうしてこう、グレイ様といると、お金が一瞬にして飛んでいくのでしょう……」


 確かに。前も町の修復代と、おさがわせしたお詫びかなんかで、一気にお金が飛んで行った。あの時はグレイが可哀想だったから、返さなくていいと言った。しかし、今回は話が違う。


「どうしてグレイはあの国にいたの?」


 僕は尋ねた。


「美味しいものが沢山食べられるって聞いたからだ! もう、こんなことになるなら、行かなければよかった!」


 と、グレイは嘆く。


「ちなみに、最近の大道芸はどうなの? ちゃんと稼げてる?」


「まあまあかな。食っていける分は稼げていたけど……」


 直ぐにお金を返すのは難しそうだ。父さんにもらったお金が、一瞬にして無くなったのは、なんだか少し笑いが込み上げてくる。


「それなら、働きましょうか」


 ソフィアは提案した。さすがソフィア。僕のためにお金を稼いできてくれるのか!


「俺も働きます。大道芸だけじゃ無理なんで。死ぬ気で働きます。ごめんなさい。ほんとに俺はもう……ばかっ、ばかーっ!」


 グレイは自分の頭をポカポカと拳で叩いた。なんかかわいい。


「自分は関係ないとか思っているのかもしれませんが、ブラッド様、あなたもですよ」


 ん? どういうことだい、ソフィア。


「あなたも働くんですよ」


 ……嘘でしょ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る