第14話

 パフェを食べ終え、店の外に出たあと、僕はソフィアを指さす。


「僕は君に、物申したいことがある!」


「……なんですか? 悔しいんですか? 私に負けて」


 そうだとも。悔しいとも。負けは認めてはいないが。

 でも、僕には凄く良いことを思いついたのだ。これでソフィアも、僕に逆らえず、一生僕に虜だ。



「ねえ、ソフィア」


 僕はキメ顔を作って、ソフィアとの距離を縮める。じわじわと壁へと追い詰めていき、僕はドンッと壁に片手を押し付けた。いわゆる壁ドンだ。


「な、なんですか、ブラッド様……」


 ソフィアは突然のことに動揺する。


「君は少々、ご主人様を舐めすぎでは無いかい? ご主人様の悪口を言うなんて、メイド失格だよね?」


「私は、いつも正直に思っていることを言っているだけですよ」


「それがダメなんだよね。ほら、僕のハートは繊細だから、すぐに傷ついちゃうの。だからさ、あんまり僕のこと、いじめないでくれる?」


「私はいじめてなんか……」


 もう片方の手も壁にドンッと押し付けた。大きな音で彼女をビビらせる。もう君は逃げられない。


「君にそのつもりがなくても、僕はたくさん傷ついてるっていってるの。というか、君の場合は、意図的だよね? 僕をいじめて楽しんでいるんだよね? 困るんだよね、そういうの。君はメイドなんだからさ、もっと僕に従順でいてくれよ」


 何かを言い返そうとするソフィアの口に、僕は人差し指を当てた。


「これ以上、何も言わせないよ」


 僕の圧と、余裕な大人な態度で、ソフィアはもうイチコロに違いない。普段との違いに、ギャップ萌えしているかもしれない。

 ソフィアは何か言いたげに唸ったが、やがて抗うのを辞めた。


「僕の悪口を平気で言ったり、僕が痛い目にあっている時に思いっきり笑ったりするのはやめてよね。これからは、僕を第一に考えて、僕を守ってね。僕を傷つけるようなことをしたらどうなるか、教えてあげるよ」


 僕はソフィアの首筋に歯を食い込ませた。彼女はうめき声を上げる。僕は鮮やかで美味しい血を飲む。

 飲み終わったあと、僕は口を拭いて、微笑んだ。


「痛いだろ? そういうことだから、気をつけてね」


「わ、分かりました、ブラッド様……」


 聞き分けが良い。きっともう、ソフィアは僕から目が離せない。なぜなら、こんなにも麗しく美しい吸血鬼は、ここにしかいないから。感謝するんだよ、ソフィア。この僕が君を雇ってあげているのだから。

 

「いい子だね、ソフィア」


 僕はそう言って頭をポンポンと撫でる。最後に優しくしたことで、彼女は今僕にときめいたはずだ。完璧。


「ブラッド様、あなたのために尽くします。もう二度と、ブラッド様を傷つけるようなことはしません。なぜなら私は、今あなたに夢中ですから」


 でも、残念ながら、僕は君と恋人になるつもりはないからね。僕は運命を信じているから。いつか素敵な女性が僕の前に現れるんだ。

 だから、好きになっても無駄だよ。先に謝っておくね。


「僕の勝ちだ! ははははは! 君はもう僕には逆らえない!」



 ……という妄想のすえ、僕は実行に移す。どうだい、この我ながら完璧なアイデアは。普段と違う僕を見せることで、ソフィアは絶対動揺するはず。その時がチャンスだ。問い詰めるのだ。今までこのメイドがやってきたことを!


「ねえ、ソフィア」


 僕はキメ顔を作って、ソフィアとの距離を縮める。じわじわと壁へと追い詰めていき、僕はドンッと壁に片手を押し付けた。いわゆる壁ドンだ。


「な、なんですか、ブラッド様……」


 ソフィアは突然のことに動揺する。


「君は少々、ご主人様を舐めすぎでは無いかい? ご主人様の悪口を言うなんて、メイド失格だよね?」


「私は、いつも正直に思っていることを言っているだけですよ」


「それがダメなんだよね。ほら、僕のハートは繊細だから、すぐに傷ついちゃうの。だからさ、あんまり僕のこと、いじめないでくれる?」


「私はいじめてなんか……」


 もう片方の手も壁にドンッと押し付けた。大きな音で彼女をビビらせる。もう君は逃げられない。


「君にそのつもりがなくても、僕はたくさん傷ついてるっていってるの。というか、君の場合は、意図的だよね? 僕をいじめて楽しんでいるんだよね? 困るんだよね、そういうの。君はメイドなんだからさ、もっと僕に従順でいてくれよ」


 ここでソフィアは何か言い返してくるだろう。しかし、そうはさせない。何も言わせないんだから。

 僕はソフィアの口に人差し指を当てた。そして最高にハンサムな顔を作った。

 どうだ、まいっただろう、この僕に。

 そんな時、僕はソフィアに腕を掴まれた。……嫌な予感だ。

 気づけば僕の体は宙に浮き、その直後に地面に叩きつけられた。痛い、ものすごく。

 ソフィアはパンパンと手をはたいている。

 今、完全に投げられた。


「……気持ち悪っ」


 ソフィアがこちらをゴミを見るような目で見下す。背筋が凍った。あと、率直に気持ち悪いと言われると余計に傷つく。今の僕の話、聞いていなかったのかい? 

 僕は立ち上がって服に着いた汚れを払った。


「コホン。分かってくれたかい? 僕の言いたいことは」


「……ちょっとよく分かりませんね」


 え。


「私はあなたに尽くしているはずなのですが。私、本当はやりたくないけど、ブラッド様のお世話ちゃんとしているではないですか。本当はやりたくないけど」


 そんな、二回も言わなくても……


「私は人間なので、ストレスも溜まります。手のかかるご主人様がいるのでね。それをブラッド様を使って発散しているのですよ。旅に出ている分の苦労費として、給料を上げてくれるのであれば話は別ですよ。あ、そういえば私、給料貰ってないですね、もともと」


 僕を使って僕によるストレスを発散しているとか、最悪じゃん。

 ていうかそれ、嫌味だろ! しょうがないでは無いか。父さんは、君を館に置いておいてあげる代わりに僕の世話を頼んでいるのだから。不自由はしていないはずだ。

 ま、まあ、今は館を離れている分、給料を与えなければならないかもしれないけど……でもでも、僕らはもう長年一緒に暮らしてきたから、もう家族みたいなものだろう? だからそこは、暖かい目で見てくれよ。


「いいですか、ブラッド様。私も色々と我慢をしているんです。だから少しくらい、いいじゃないですか。私はいつだって、ありのままでいるのです」


 このメイド、開き直っている。


「あと……」


 ソフィアはそう言いながら、僕に近づいてきた。僕は後ずさり、壁に追いやられる。やがて彼女は手をドンッと壁に押付けた。


「私に色目を使おうとしたって無駄ですよ。私はあなたに惚れることなんて、一生ありませんから、安心してください。自惚れすぎるのは良くないですよ。見ていて恥ずかしいので」


「っ……」


 何も言い返せない。やっぱりソフィアが簡単に惚れることなんてないか。僕の作戦は少し甘かったようだ。

 するとソフィアが、僕の顎に手をあてて、クイッと押し上げた。待って、これは、壁ドンからの顎クイ? どういう状況だ……


「ブラッド様は、私が居ないと何にもできないんですから。私に嫌われるようなことをしてはいけませんよ。私もなんだかんだ言って、あなたから目を離せませんから。これは保護者のような感覚なのでしょうか? 私はこう見えて、あなたの他人思いなところとか、どれだけ酷い扱いを受けても我慢して、優しい心を持ち続けているところとか、尊敬しているんですよ。とにかく、私はちゃんと、メイドとしてブラッド様のことを第一に考えていますから、それだけは知っておいてくださいね。だから、多少の愚痴はお許しを」


 猫なで声で彼女は言う。えっと……これは……褒められているのかな? なんだか、思っていたのとはいろいろと違う。

 ソフィアが電撃をくらっていないということは、これは嘘ではない。彼女の本心だ。

 僕は足の力が抜けて、その場に座り込む。散々僕を傷つけてきたくせに、そんな優しい言葉をかけられると……不覚にもキュンとしてしまった。

 妄想と、立場が完全に逆に何なってしまったのは悔しいが、なんだか嬉しい。


「……ブラッド様の負けですね」


 僕は頷いた。ソフィアには勝てない。だから負けを認めるよ。


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