第13話

 僕はとぼとぼと国をさまよった。

 これからどうしよう。つい逃げ出してしまったが、ソフィアがいなければ僕は何も出来ない。荷物も全部彼女が持っている。


 それにしても酷すぎると思わないか? ほんの少し期待した僕が馬鹿だった。ソフィアの悪口は、いつだって本気で、ジョークでもなんでもなかった。さすがに僕も泣いてしまうよ。

 あと、僕がソフィアに大嫌いって言った時、思いっきり電撃をくらってしまったの、恥ずかしすぎる。ソフィアのこと大好きだって言っているようなものだ。


 僕は深いため息をついた。


「おやおや、どうしてそんなに不細工な泣き顔をしているんだい? 鼻水、ものすごく汚いぞ」


 誰だ、こんな失礼なことを言うやつは。煽ってるのか?

 僕は声がする方向を睨んだ。

 そこには、赤毛の長い髪を三つ編みにし、顎に髭を生やした男がいた。


「そんなにうるうるした目で睨まれても、全然怖くないぜ」


 なんかムカつく。少し正直すぎやしないかい?


「君は誰だい? 申し訳ないんだけど、僕は今凄く傷ついているんだ。だからこれ以上傷を抉らないでくれよ」


「へぇ、可哀想に。お前、旅人なんだろ? この国来て驚いた?」


 男は興味津々に尋ねてくる。


「ああ、そうだね。驚いたよ。嘘をつくと電撃をくらうなんて。本当にクソみたいな国だよ、この国は」


「言ってくれるなぁ」


「嘘がつけないものでね」


「分かる。確かにこの国はクソだ。しかし慣れてしまえば、問題は無い。嘘がつけないのも、悪くは無いさ。ちょっと人間関係が悪化したり、喧嘩が増えたり、商売が難しくなったりするだけだ」

 

 いやいや、それはダメでしょ。


「本音で語り合うのは、結構いいぞ」


 まあ、時にはそういうことはいいかもしれないけど、これだと毎日争いが起こるのでは?


「この国の連中は、みんな慣れているから平気だ。そういうものだと思って過ごしているからね。法ができてもう二十年だからな。常に本音だよ。嘘をつくという概念が消えていっているんだ。だから、新しくこの国に来る人たちは、みんな怒って直ぐに出ていってしまう。おかげでこの国の評判悪いからさぁ、旅人が来るの、すげぇ珍しいんだよ。さっきの電撃くらって悲鳴あげていたの、まじ最高」


 おい、見ていたのか。恥ずかしい。

 慣れというのは怖いな。もしこの国の人々が別の国に行ったら、多分人と良好な関係がつくれなくて、生きていけないだろう。

 どうして嘘をつくことが、こんなにも重罪になってしまったのかな? 嘘をつくことは、一概にも悪いこととは言えない。社交辞令は大切だし、相手を傷つけないための嘘は、ついてもいいと思う。


「嘘がつけないのは、正直つまらねぇ。ほんと、王様は馬鹿だよな」


「どうしてこんな国になってしまったのかい?」


 僕は男に尋ねた。


「全ての始まりは、『嘘つきハリー』だ」


「『嘘つきハリー』?」


 なんだそれは。


「とんでもない嘘つき野郎だよ。次から次へと息をするように嘘を吐く、とんでもないやつだ。ある日、そのハリーが、王様のデタラメな悪い噂を流して、そのせいで国民は混乱して、一度反乱を起こしたんだ。それに激怒した王様は、嘘を重罪にし、あのヘンテコなUFOを国中に飛ばして、嘘をついた人に電撃をくらわせているってわけ。それにしても、あのUFOすごいよなぁ。どんなに小さな嘘も見逃さないんだぜ。冗談すら言えないんだ」


 この国がおかしくなってしまったのは、その『嘘つきハリー』というやつのせいか。


「それで、その『嘘つきハリー』は捕まったの?」


「いいや、それが、彼は逃げ足が速くてね。まだ捕まってないんだよ。今もこの国のどこかに潜んでいるんじゃないか?」


 まじか。これだけやっても捕まらないのか。もし彼がまだこの国にいるのなら、嘘がつけなくて大層つまらないだろうな。


「で、お前。あのメイドさんのところ戻らなくていいのか?」


 ああ、話に夢中でちょっと忘れかけていたのに、思い出してしまった。

 そう、僕は怒っているんだよ。悲しみを通り越して、怒りが込み上げてきた。 

 なんて僕がメイドにあんなことを言われなければならないのか。僕はご主人様だ。いつもは寛大な心で許してきたけれど、今回は許してやらない。

 僕だって、言い返してやる。ソフィアに思っていること、たくさんあるんだから。


「……あれ、なんか開き直ってる? さっきまで鼻水と涙で顔が泥みたいにぐちゃぐちゃだったのに」


 横で赤毛の男が、髭をかきながら、ボソッと呟いた。いやいやいや、さすがに泥みたいにぐちゃぐちゃは言い過ぎでしょ。僕の麗しい顔を、そんな風に例えられては、屈辱だ。



「なんだよ、ソフィア。こんなに美しいご主人様を放っておいて、呑気にピットとお茶かよ!」


 赤毛の男と別れたあと、僕はソフィアを探した。そういえば、彼の名前を聞くのを忘れていたが、まあいいか。

 とある店の窓から、ソフィアとピットが楽しそうにお茶を飲んでいる。テーブルの上にはドロっとしたイチゴジャムのかかった、美味しそうなパフェが……


「ずるい!」


 僕のイライラはマックスになり、いてもたってもいられず、店に乗り込んで行った。


「おい、ソフィア! 僕は今、ものすごく怒っているぞ! 僕を放っておいて、どういうつもりだ!」


 マントを翻し、僕はソフィアを指さす。


「ほら、やっぱり来ました。ブラッド様は一人ではなんにも出来ないから、犬みたいに飼い主の元へ戻って来るのですよ」


 はい?


「うわ、ほんとだ。ソフィアの言う通りだ。ブラッドって結構ちょろいんだな」

 

 なんだよ、二人して。ていうか、僕が犬だって? 犬なのは君の方だろ、ソフィア。僕が雇っている側なのだから。


「僕は君に、物申しに来た!」

 

「店の中でそういうことはしないでください。他のお客様のご迷惑でしょ」


 ソフィアは僕を相手にせず、優雅にパフェを食べ始めた。

 僕は一旦地団駄を踏んで、ソフィアの横に座った。

 パフェ、美味しそう……食べたい……


「……食べますか?」


 ヨダレを垂らしながら、キラキラした目でパフェを見つめる僕に気づいたソフィアが、遠慮がちに尋ねる。

 僕が頷こうとした瞬間……


「あーでも、ブラッド様は私に怒っているんですよね。だから私にパフェなんて貰いたくないですよね」

 

 ああ……あああ……確かに僕はソフィアに怒っている。でも、パフェを食べたい。パフェを食べるには、僕が謝らなければ。ああ……でも……


 結局僕はプライドよりもパフェを取った。本当にちょろいなと、自分でも思った。

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