第11話 

 僕たちは次の日、またあのチューリップの花畑に行った。そこには昨日と同じようにレンが絵を描いていた。


「やあ、レン」


 と僕は、なるべく元気に声をかける。


「おはよう、ブラッド。あとソフィアも」


「おはようございます」


 ソフィアも挨拶をする。レンは昨日と変わらない。


「その、ね、昨日の話なんだけど……」


 僕は恐る恐る話を切り出した。


「君の婚約者が、見つかったんだ」


 僕がそう言うと、レンの手から筆が落ちた。目を見開いて、「本当?」と彼は尋ねる。

 僕は胸の痛みを抑えて頷いた。


「ブラッド! ありがとう!」


 レンは顔を輝かせて僕に飛びついてきた。ごめん、レン。本当にごめん。僕は心の中で何度も謝る。


「さあ、ユリはどこにいるんだい? 早く会いたい」


「分かった、着いてきて」


 僕たちは、宿で教えてもらった、ユリさんのいる場所へと向かう。目的地が近づいてくるにつれて不安になる。横目でレンを見ると、鼻歌を歌いながら嬉しそうに歩いている。


 やがて、目的地に着いた。


「……ねえ、ブラッド。本当にここにユリがいるのかい? まさか、この白い百合の花がユリだとかいうしょうもない冗談は言わないよな?」


 彼はヘラヘラしながら言う。僕は何も答えなかった。


「ブラッド、答えろよ」


 本当は、彼も気づいているのではないか? ただその真実を、信じたくないだけなのではないか?


「ブラッド!」


 レンは僕の肩を強く揺らす。


「どういうことだよ! どこにもユリはいないじゃないか! なんで僕を、墓地なんかに連れてきたんだ!」


 そう、ここは、白い百合の花が咲き乱れている墓地だ。ユリさんはもう、この世に居ないのだ。


「嘘だって言ってくれよ。俺は、信じないから。ユリが死んだなんて」


「ごめんレン。君を騙すようなことをして。でも君は、このことを知っておくべきだと思ったんだ」


「なんで君までそんなこと言うんだよ。みんな酷いよ。なんでみんなユリが死んだなんて言うの? ユリが死ぬはずないだろ。僕たちは結婚して、永遠一緒に幸せに暮らすって約束したんだから」


 レンは力が抜けたように、その場に座り込む。


「酷いよ……君なら、ユリを見つけてくれると思ったのに……旅人の君ならって、僕は少し期待していたのに……」


 僕はレンに近づいて、背中をさすってあげた。


「本当は、君も心の中では分かっていたんでしょ? でも、その現実が受け入れられなくて、ずっとユリさんが生きていると信じて探していたんだよね?」


 レンは泣き顔で僕を一度見た。そしてまた目をそらす。


「……そうだよ。分かってたよ」


 水滴が地面に、水玉模様を描く。


「全部分かってたよ。でも僕は、ユリがいなければ生きていけない。だからずっと、信じたくなかった。目を背け続けてきた。そうしないと、僕の生きる理由は無くなってしまうから」


 聞いているだけで辛い。将来を誓った愛する女性がいなくなってしまえば、僕もきっと立ち直れないと思う。


「僕はユリを愛していた。世界で一番、愛していた。初めて守ってあげたいと思えた女性だったのに、僕は何も出来なくて。守ってあげられなくて。あの時僕がそばにいれば、彼女は死ななかったかもしれないのに」

 

 ユリさんは、結婚式の前日、交通事故に巻き込まれて亡くなったそうだ。急なことだった。本当に不幸な出来事だった。これから幸せな毎日が始まるという時に、このような悲しい事故が起こってしまった。


「僕は永遠に、彼女と一緒にいたかった」


 レンは顔を歪ませながら泣き叫んだ。どうして、神様はこんなにも意地が悪いのだろうか。

 僕はレンに向かって優しく言った。


「命がある限り、永遠なんてないよ。永遠がないからこそ、人は一日一日を大切にできる。君もユリさんとの日々を大切にしていたんでしょ? だからこんなにも忘れがたくて、辛くて、苦しくて……でも、それは素晴らしいことだと思わないかい?」


 吸血鬼には寿命がないし、簡単には死なない。でも、人間は違う。人間の命は儚いから、簡単に壊れてしまう。だから決して、人を殺してはいけないよ。誰かが死ねば、それを悲しむ人がいるからね。

 そう父さんが言っていたのを思い出す。


 吸血鬼は死ぬ時を自分で選ぶ。吸血鬼は孤独な生き物だ。死ぬ時は、人里を離れた誰もいない場所で、誰にも看取られずに、自分で心臓に杭を打つか、太陽を浴びて灰になる。

 どちらも凄く苦しい。それでも、いつか死にたいと思う時は来るのだろうか。


 死ぬというのは、この世からいなくなってしまうこと。でも、たとえ儚い命がなくなっても、誰かの心の中で必ず生きているはずだ。


「それでも僕は、永遠が欲しかった。彼女とずっと一緒にいたかった……ねえブラッド、僕はこれから、どうすればいい?」


 レンの声はものすごく震えている。どうすればいいのか。立ち直るのは難しい。だけどきっと、いつかは幸せだと思える日が来るはず。


「君には絵があるじゃないか。ユリさんはずっと、レンの中にいるよ。だからレンが、ユリさんのことを忘れないように、その素晴らしい絵を描き続けてあげればいいんじゃない?」


「絵……?」


「そうだよ」


 レンは少し考え、やがて涙をふいて頷いた。


「そっか、そうだね。僕には絵がある。ユリと過ごした日々にも絵があった。僕はこれからもずっと、彼女の絵を描き続けるよ。現実逃避のためではなくて、彼女との思い出を忘れないために。立ち直るまでには、時間はかかってしまうかもしれないけど」


 それでいいんだ。彼は一つ、辛い現実を乗り越えて成長した。よく頑張ったと思う。


「ありがとうブラッド。ユリを失っても、僕はこれから、前を見て生きていく」


「うん!」


 僕たちは握手をした。百合の花びらが宙に舞う。まるで、ユリさんが彼を応援してくれているように感じた。



 あれから数日たち、旅立ちの日がやってきた。レンは街の人たちに迷惑をかけたことを謝り、そしてもう大丈夫だということを伝えてまわった。

 この国は凄く居心地が良くて、もっと長く居たかったけど、さすがにそれは止めておいた。


「ねえブラッド」


 レンが別れ際に言う。


「最後に君の素顔を見せてくれないか? 君にはとても感謝しているから、一目でも見ておきたいんだ。本当は君の絵も描きたかったんだけど、一向にそのフードを取ってくれないから……」


 わざわざ吸血鬼だと明かす必要は無い。怖がられたり罵倒されたりしてしまうのは嫌だから。まあ、レンはそんなことしないと思うけど。せっかくのいい国だから、平穏に過ごしたかった。


 でも、最後だからいいか。

 僕はフードを少しあげて、チラリと顔を見せた。僕はにっと鋭い牙を見せて、笑った。


「僕は、世界を巡るヴァンパイアさ」




 


 


 


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