第四章 消えた花嫁の行方
第10話
いい匂いの漂うこの国は、花の都と呼ばれている。そこら中に色々な花が咲いていて、鮮やかで気分も上がる。
特に僕が好きなのは薔薇の花だ。
美しいものには刺があるってよく言う。そして、美しい吸血鬼には牙がある。ということは、実質僕は薔薇なのではないか? 薔薇のように、僕は可憐で麗しいのだ。
そう、その名もブラッド……
「何意味のわからない馬鹿なことを考えているのですか、ブラッド様」
「馬鹿とは失礼な。ていうか、今僕は口に出していないよ?」
「いや、すごいアホ面をしていたので」
何だこの失礼な女は。残念なことに僕のメイドだ。
「それにしても、すごく綺麗だよね。この国は」
「ええ、そうですね。館の庭の参考にしたいです」
僕たちは、花に囲まれた街並みを通り過ぎてゆく。居るだけで癒される。最高の国だ。目の保養にもなる。
「おや、あそこに誰かいるよ」
街をぬけた先の、チューリップの花畑に人がいる。花畑のど真ん中で、イーゼルにキャンパスを置いている。
「どうやら、絵を描いているようだね」
ベレー帽をかぶり、絵の具で汚れた服を着ている。男の人だ。
僕はしっかりマントのフードをかぶれていることを確認して、声をかけた。
「こんにちは」
僕は挨拶をした。すると、向こうも僕たちに気づいて、筆を動かす手を止める。
「やあ、こんにちは」
「君は絵描きなのかい?」
「そうだよ。僕はレンだ。よろしく」
「僕はブラッド。こっちはメイドのソフィアだ」
ソフィアは上品に礼をした。
「なんの絵を描いているの?」
僕は尋ねる。
「見ていいよ」
レンがそういうので、僕は後ろから覗き見た。
そこには、綺麗な女性の絵が描かれていた。黒の長い髪に、整った顔立ち。誰が見ても美人だと感じる。
「すごく美人だね」
「ああ、そうだろ! 彼女は可愛くて優しくて、最高な人なんだ」
レンは興奮して、口調が早くなる。
「彼女は僕の婚約者なんだ。僕なんかには本当に勿体ないくらいなんだよ」
「そうなんだ」
婚約者か、いいな。
「結婚式はいつなんだい?」
「一年前だよ」
「一年前!?」
どういうことだ。
「それがさ、結婚式の前日、彼女がいなくなっちゃったんだよね。あんなに、何度も入念に結婚式の話し合いもしたのに……いつまで経っても、帰ってこなくてさ」
それって、ただ単に、婚約破棄されただけなのでは?
「僕はずっと彼女を探しているんだ。だけど、全然見つからなくて。あ、君たち、どこかで見かけてない?」
「あー、見てないな」
「そっか……」
レンはがっかりする。
「本当に、どこに行ってしまったのだろう……僕たちは、あんなに愛し合っていたのに……」
なんだか、そう言われると、可哀想になってくる。
「最初のうちはみんな、僕のために探してくれていたんだ。でも、だんだん相手にしてくれなくなっていって……次第に、彼女は死んだとか言い出すんだよ。ほんと、おかしいよ」
本当に可哀想。彼女に逃げられた挙句、相手にされなくなるなんて。
そろそろ彼女のことは諦めた方がいいのではないか? 新しい恋を始めるべきだと僕は思う。一年も帰ってこないなら、なおさらだ。
「ま、まあ、一応僕たち旅人だし、その女性らしき人を見つけたら声をかけておくよ」
探す気は無いけど。
「ありがとう! じゃあこれ、あげるよ!」
レンは女性の絵を僕に差し出した。正直、荷物になるなと思いながらも、受け取っておく。
じっくり見てみると、すごくよく描けている。繊細な線で、色使いも鮮やかだ。
「彼女を見つける手がかりにして!」
「わ、分かった」
その後、僕たちは別れた。
宿へ向かう途中、僕はソフィアに尋ねた。
「ねえ、どう思う?」
「何がですか?」
「あの女性のこと」
「どうなんでしょうね。あの感じを見ると、ただ逃げられたようにしか見えませんでしたが。それにしても可哀想ですね。まだ帰ってくると信じて、ずっと探して待っているなんて」
ソフィアも僕と同じようなことを考えていた。
「やっぱ、そうだよね……」
なぜ誰も、はっきり言ってあげないのだろうか。そうしないと、彼はずっと彼女に囚われたままだ。
「まあ、私たちには関係の無いことですし。きっと彼も、いつか気付くでしょう」
一年も気付いていないのはどうかと思うが、まあいいか。
*
「あら、その絵は……」
宿で受付の人が、僕が持っている絵を指さした。
「さっき、レンという人にもらいました」
「レン……」
「知ってるんですか?」
僕は尋ねた。
「ええ、あの子は、この国じゃ有名よ」
有名なのか。絵描きとして、だろうか。
「あの子、毎日のように、ユリさんの絵をみんなに配ってまわってるのよ。彼女を探していますって」
そうなんだ。凄いな。レンの婚約者はユリさんと言うのか。
「ほんとに懲りなくてね。もうユリさんは戻ってこないと言うのに……」
他の人は事情を知っているのか。やっぱり知らないのはレンだけだ。
「レンはおかしくなってしまったの、一年前のあの日から。まあ、無理もないわ」
僕はその人から、レンとユリさんの話を聞いた。それは、想像していたよりも悲しくて、胸が痛むような話だった。レンはあの日からずっと、彼女に囚われていることに間違いはなかった。だけど、理由が切なすぎた。
「もちろん、私たちもちゃんとこのことを彼に話したわ。だけど、信じてくれないの。だから私たちは諦めてしまった。私たちも、彼に本当のことを伝えるたびに心が痛むのよ。それで、あなた達にお願いがあるの」
「お願い?」
「ええ、彼に、本当のことを伝えて欲しいの。私たちが何を言っても無駄なの。でも、旅人であるあなた達が言ったら、もしかしたら信じてくれるかもしれない」
今聞いた話をレンに伝えるのは、僕も気が引ける。反応を見るのが怖い。
「レンをあのままにしていては、彼も、彼女も救われない。彼は本当のことを知るべきなのよ」
僕は迷った。ソフィアとも相談した。
結局、僕達はそれを引き受けることにした。
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