番外編3 いつかの父の話

「いいかい、ブラッド。吸血鬼には寿命がないし、簡単には死なない。でも、人間は違う。人間の命は儚いから、簡単に壊れてしまう。だから決して、人を殺してはいけないよ。誰かが死ねば、それを悲しむ人がいるからね」


 幼い頃、父さんが館でこう言った。


「私たち一族は、つい人間の命を軽々しく見てしまう。吸血鬼には、人を殺してきた過去があるからね。でもね、私は人間が好きなんだ。ものすごく面白い生き物だと思うんだ。だから私は、彼らと共存したい。いがみ合い、嫌い合うのではなくてね」


 それが父さんの夢だという。僕は小さい頃から、人を殺してはいけないと叩き込まれてきた。だから人を殺したりはしない。

 父さんがあんなに人間を大好きだと言っていたから、てっきりみんないい人なんだと思っていた。でも、それは違った。人はそれぞれだ。いい人も、悪い人もいる。


「もしブラッドが、これから先旅をしたとして、色んな出会いがあると思う。もし自分に対して酷いことをしてきた人がいたとしよう。その時、悔しかったり、イラついたりするだろう。でも、決して恨んではいけないよ。グッと我慢するんだ」


「どうして?」


 この時は、旅に出ようなんて思っていなかったから、どうしてこんな話をするのだろうと思っていた。けれど、何となく気になったから尋ねる。


「それが、人間と良好な関係を保つための秘策だからだよ。争いは何も生まないからね」


「へえ」


 いまいちピンと来なかった。どうしてこちら側が我慢しなければならないのだろうか。


「私はそうやって、今まで旅をしてきた。だから上手くやれていたんだよ」


 世界には、人の方が多い。だから吸血鬼が遠慮するべきなのだろう。それが果たして正しいことなのかは分からないが、そうしなければ吸血鬼は野蛮なものだと罵られることが、旅に出てみて分かった。


「あと、勝手に人の血を吸うのはいけないよ。ちゃんと許可をとりなさい。紳士としてね」


「うん、分かった」


「約束して欲しい、ブラッド。君には美しい心を持っていて欲しいから。この先永遠に続く人生の中で、君には今という尊い時間を大切にして欲しい。私はもっと、愛しい妻の傍にいてあげたら良かったと、凄く後悔しているからね」


 母さんは、どんな吸血鬼だったのだろうか。ほとんど覚えていない。僕を産んでくれた母さんに会いたい。父さんが愛した吸血鬼に、もう一度会いたい。


「分かった。約束するよ」


 僕がそう答えると、父さんは安心したように微笑んで言った。


「よかった」


 今回の花の都での出来事で、昔こんなを話をしたなと思い出す僕であった。


 

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