第三章 夜明けの悪夢

第6話

 朝の光が眩しい中、美しい吸血鬼とメイドは空を駆けていた。


「ねー、まだ眠いんだけど」


 僕は飛びながら文句を言う。現在、朝の八時。本来ならまだ僕は夢の中。


「規則正しい生活をしなければ、体調をくずしますよ」


「でも、吸血鬼は、夜行性なんだよ?」


「だから……なんです? 夜に旅をするとでも言うのですか? 残念ながら私は吸血鬼ではないので、夜目はききません。それに、私たち人間と生活してきたことで、あなたの体質も変わってきたでしょ?」


 たしかに、前よりも昼は嫌いじゃなくなった。今は普通に昼も起きていられる。そして夜に寝るのが当たり前になっている。


「分かってるさ。ただ、もう少し朝を遅くしてもいいんじゃないかなと……」


 ソフィアは横目で僕を見た。そして前を向いた。


「え、無視?」

 


 お昼頃、とある町に降り立った。


「今日はこの町で過ごそう」


 僕らは町を見渡しながら歩いた。町の人々は、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと、町中を駆け回っている。


「みんな忙しそうだなぁ」


「呑気ですね、くそニート様……いえ、ブラッド様」


 真顔でソフィアが言う。どういう間違えようかな? まあ、僕は寛大な心を持っているから、許してあげるけど。


「お昼ご飯を食べようか。何にする?」


 腹の虫が鳴ったところで、僕は尋ねた。


「ガーリックトーストが食べたいです」


「……それは僕に対する嫌がらせかな?」


 ニンニクはどうしても嫌いだ。あの匂いを嗅ぐと、僕の可愛いお鼻がひん曲がりそうになる。


「じゃ、なんでもいいです」


 とソフィアはどうでも良さそうになる。絶対僕をからかいたかっただけだろう、このメイドは。本当に性格が悪い。どうしてこんなにもひねくれているのだろうか。


 結局パン屋で、僕はジャムパンとチョココロネ、ソフィアはフレンチトーストを食べた。幸運なことに、この店にはガーリックトーストはなかった。おかげで僕の鼻は守られた。

 次は外に出て、今日泊まる宿を探す。そんな時、ある人が目に付いた。

 噴水のある広場で、大道芸をしている灰色の髪の青年がいたのだ。


「ねぇソフィア、あれはもしかして、大道芸というものかい?」


 昔父さんから聞いたことがある。路上や街頭でパフォーマンスをして、生計を立てている者たちがいるということを。


「そうですね」


「ちょっと見ていこうよ」


 僕はワクワクしながら近づいて行った。

 青年の目の前に立つ。立ち止まって見ているお客さんはほとんどいない。


 まずはクラブ三つ投げる。まるで自分の一部であるかのように、自由自在に操る。投げている間に体を一回転してみたり、クラブを股の間に通したりしている。

 続いてボールに持ち変えた。まずは三つ、やがて四つ五つと数を増やしていく。ものすごく高く投げたボールも確実にキャッチする。

 最後は、5本の松明を手に取った。それに火をつけて先程と同じように投げた。熱くないのだろうか。とにかく凄かった。火が綺麗だ。クライマックスにかけて、投げるスピードがどんどん早くなっていく。そして、それら全てをキャッチし、笑顔で礼をした。

 僕は興奮して大きな拍手を送る。子どもみたいにはしゃいだ。だって初めて見るものなのだから、仕方がない。

 彼は常に笑顔を保っていた。楽しんでいるのだろう。その楽しさが僕にも伝わってきて、僕も笑顔になる。凄い、この幸福の連鎖。誰かを笑顔にするというのは、こういうことか。


「ねぇソフィア、お金」


 僕はメイドに手を差し出す。彼女は僕の顔を真顔でじっと見たあと、「いくらですか?」と尋ねた。


「金貨五枚」


「大丈夫ですか? 途中でお金がなくなったりしません?」


「袋いっぱいにあるんだから大丈夫さ。それに、万が一なくなっても君が何とかしてくれるだろ?」


「うわ、人任せ……」


 ソフィアは渋々金貨を渡した。僕は受け取り、それを青年の前に置いてある小さなカゴに入れた。


「え、ちょ、ま、待ってお客さん! こんなにいいの?」


 青年は驚いたように僕を引き留める。


「これくらい大したことない。君のパフォーマンスには、少なくとも僕にとってはこれ程の価値があったのさ。凄いよ、こんなに楽しくなれるなんて。君は天才だ!」


 と僕が褒めているというのに、青年は五枚の金貨を愛おしそうに見つめている。


「これで美味しいものが食べれる……まじ感謝!」


 と無邪気に喜ぶ青年。なんか、少し感動が薄れた気がする。せめて僕が去るまでは、エンターテイナーでいてくれよ。


「でも、さすがにこんなにお金を貰うのは、申し訳ないな……」


「何も気にする必要はないさ」


 と言うが、青年は煩悶している。


「……いやダメだ! そういう訳にはいかない」


「それなら、この町の宿まで案内していただけませんか? 私たち、今日この町に来たばかりなので」


 ソフィアが口を挟んだ。

 というわけで、青年は僕たちを宿まで案内してくれることになった。探す手間が省けていい。



 彼は、グレイと名乗った。髪が灰色だからグレイなんだろうな。


「えっと、君はブラッドと言ったね。そしてそっちの美人なメイドはソフィアさん! 君たちはどこから来たんだい?」


 宿へ案内してもらっている最中、グレイは尋ねた。なぜソフィアはさん付けで、僕は呼び捨てなの? あと、この前から思ってたけど、ソフィアだけみんなに美人って言われていてずるい。僕も美人なのに。


「西の方にある、エアスト国からだよ」


 僕は答える。


「へぇ、俺はそこにはまだ行ったことないな」


 彼も、自分が色々なところへ行っているような口ぶりだ。


「もしかして、君も旅をしているのかい?」


「まあね。ひとつの場所に留まっていても、同じ大道芸ばかりしていては飽きられてしまうからね。長くて一ヶ月かな、滞在するのは」


「へぇ、大変だね」


 もちろん、他人事だ。


「まあ、だいたいは一ヶ月経つと、勝手に追い出されちゃうんだけどな……」


 とグレイは呟きながら笑った。どういう意味か聞きたかったが、なんだか聞いてはいけないような気がした。彼は笑いながらも、どこか寂しげな顔をしていた。


「さあ、ここが宿だ!」


 グレイがとある建物の前で止まった。三階建てのこじんまりとした建物だ。まさに庶民って感じ。


「ブラッド様、ここでよろしいですか?」


「ああ、いいとも」


 僕は頷いた。


「それじゃ、俺はこの辺で」


 グレイは去っていこうとする。


「あれ、グレイ様はここに泊まっていないのですか?」


「俺は野宿さ。宿に泊まる金なんてねぇから。食べて行くだけで精一杯だ」


 グレイは困ったように両手を広げた。大道芸人も大変なんだなと感じる。見たところ今は僕とソフィアしか客はいなかった。最初はみんな物珍しそうに見るだろうが、同じものばかりでは、いつかは飽きが来る。そしたらもうその町で稼ぐことは出来ず、別の場所へ行かなければならない。


「あ、なら今日は僕と一緒に泊まるかい?」


「え、ソフィアさんとひとつ屋根の下!?」


 そんなことは言っていない。


「残念だけどソフィアは別室だよ。あと、僕の部屋にタダで泊めてあげるのだから、君の芸で楽しませてくれよ」


「ああ、お安い御用さ! お前、良い奴だな!」


 僕は胸を張ってドヤ顔をした。もっと褒めてくれてもいいんだよ。



 受付を済ませると、僕らはそれぞれの部屋に入った。そんなに広い部屋ではなかったが、ベットが二つと棚、テーブル、椅子、服をかけるクローゼットがある。まあ、悪くは無い。ここは三階の部屋なため、窓からの景色もなかなか良い。


「やった、ベッドだ!」


 グレイは荷物を置いて、勢いよくベッドにダイブする。そして気持ちよさそうにゴロゴロ寝返りをうつ。


「さっきから思ってたんだけど、君ちゃんと風呂入ってる? なんか獣臭いよ」


 僕はマントを脱ぎながら指摘した。


「え、まじで?」


 グレイは腕や服に鼻を近づけ、自分の臭いを嗅いだ。


「まあ、最後に水浴びたのは、一週間くらい前だからな」


 ありえない。気持ち悪くないのだろうか。僕の場合一日入れないだけでも嫌なのに。


「僕が入った後ならいいよ。てか、入って。不潔だから」


 僕は先に風呂場に向かう。グレイの後には入りたくない。昼間から風呂入るのはどうかと思ったが、早くグレイには入ってもらわなければならない。臭いがきつい。

 小さなバスタブとシャワーがあった。髪と体を洗ってきれいさっぱり。髪を洗ったせいで、オールバックにしていた前髪が垂れてきた。水も滴るいい男って感じ。

 僕が入り終わって、交代でグレイが風呂に行く。その時、彼は僕の顔をまじまじと見てきた。

 きっちりセットしていた時と、今が違いすぎて、ギャップ萌え的な? 分かる、分かるよ。そして僕の顔が、釘付けになるほどかっこいいんでしょ? 照れるな。


「お前、もしかして吸血鬼?」


 あ、忘れてた。ついお風呂が気持ちよさすぎて、隠すのをすっかり。

 でも、やっぱ僕の取り柄って顔だと思うんだ。みんなに見てもらいたいんだよ。というのは言い訳だ。分かってる。


「あ、ああ、そうだけど」


 僕はそう答えて、彼の反応を待つ。怯えるか、軽蔑するか、罵倒するか。吸血鬼だ!って叫んで、一目散に逃げ出していくのだろうか? 

 しかし、彼の反応は、それらのどれでもなかった。


「すげぇ! 俺、吸血鬼に初めて会った!」


 その目は、好奇心に満ちていた。こんな反応をされると、かえって困る。前の村では、初めて素顔を見せた時、散々な目にあったのだから。でも、なんだか嬉しい。

 盗賊や彼のような、旅をしている人は、世界の色々なことに触れていて、知識もあって、狭い世界で生きている人みたいに、偏見で物事を判断するようなことはきっとしないんだろうなと思った。


「僕のこと、怖くないのかい?」


「なんで怖がる必要があるんだ? だってお前はすげぇ良い奴だじゃん。お金くれるし、宿に泊めてくれるし」


 とグレイはにーっと八重歯を見せて笑った。


「ありがとう」


 思わずお礼を言ってしまった。世の中には、これ程素直で純粋な人をいるんだ。それを実感して、少しだけ救われた。

 だから僕も、もっとこの世界のことが知りたい。


「じゃあ、俺、風呂行ってくるわ」


 グレイは鼻歌を歌いながら、風呂場に入っていった。





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