第5話

「おお、お前のメイド、なかなかの美人だな……」


 確かこの人は、レオナだ。一番チャラそうな人。ソフィアはあからさまに嫌そうな目をした。


 ソフィアは村で、聞き込みをしていたそうだ。あのおっさんや、リリーのことについて、村の人々に聞いていたらしい。そしたら、あの二人はちょうど一年前くらいにここにやって来て、住み着いたという。おっさんはすごくいい人だったらしく、経済的に崩壊しそうになっていた村を、どこから集めてきたのかは分からないような大金で、助けてくれたそうだ。だから村人は、彼を村長にした。それからみんなは、村長に尽くし、村支えていた男たち(大きな男たち)は喜んで村長の下についた。そして今は、可愛い娘と一緒に、何不自由なく暮らしている。


「そんなできすぎた話、あるはずがありません。みんな村長に騙されているのですよ」


 ソフィアはきっぱりと言い放った。


「あと、ブラッド様。昼間のうちは、村へは戻らない方がいいですよ。みんな吸血鬼を怖がっていましたからね。さらわれるー、とか、血を吸われるー、とか。吸血鬼は怪物だって。馬鹿馬鹿しい。ブラッド様には、そんな度胸ないのに」


 心配してくれるのはいいが、一言多い気がする。

 それにしても、悲しい。外の世界では、女の子にモテモテだと思っていたのに。吸血鬼は怪物と思われていたのか……好かれるどころか、嫌われ者じゃないか。やはり、人間と吸血鬼は違うのだ。


「で、ブラッド様。この方たちは?」


「ああ、この人たちが娘を連れていった人たちだよ」


「おい、吸血鬼、それはちょっと語弊があるぞ! 俺たちは、ただ仲間を取り返しただけだ!」


 リックが言った。


「その格好……どうやら盗賊のようですね。ブラッド様、何もされていませんか?」


 ソフィアが僕を上から下まで眺めた。特に心当たりはないので首を振る。


「あ、ちなみに、盗賊ってなにか知っていますか?」


「ああ、知っているとも」


 父さんの書斎にある本の中に、出てきたことがある。


「でもさ、なんでわざわざ盗んだりするの? お金を払えばお店で買えるのに……」


 と本を読んだ時から思っていた、純粋な疑問を口にすると、盗賊全員の目がいっせいにこちらに向いた。


「え?」


「おい吸血鬼、俺たちを舐めてもらっちゃ困るぜ? 俺たちは命懸けで旅してんだよ。金のためなら、生きるためなら、手段は選ばねぇ。人だって殺す」


 リックの顔がグッと近づいた。


「え、でも、お金なら働いたら貰えるんでしょ?」


「はあ?」


 なにか僕、言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか?


「俺たちは、生まれてからずっと、こうやって盗賊として暮らしてんの! 今更真っ当に働いて金稼ぐとか、知らねーし。働き方だって知らねーし。教えてもらったことねぇんだから!」


 興奮したリックの唾が飛んでくる。謝るからやめて。僕の顔が……


「これだから引きこもりの坊っちゃまは……人には人の事情があるんです」


 ソフィアが深いため息をついた。


「まあ、いいでしょう。この人たちは別にブラッド様に危害を加えていないようですし。それで、私はあなた達を信用していいのですか? あなた達がこの女の子をさらって、信じたくはありませんが、あのクソジジイが本当のことを言っている可能性も……」


「信用するも何も、この子は正真正銘俺たちの仲間だよ、メイドさん」


 ジョニーが食い気味で言った。ソフィアはリリーに近づいて、しゃがんだ。


「お嬢様、この方たちは、本当にあなたの仲間ですか? もし違うのであれば、今すぐ、助けを求めてください」


 ソフィアはリリーの目をじっと見つめて確認した。やがてリリーは首を振る。


「大丈夫だよ、お姉さん。私は前からずっと、この人たちと一緒にいたから。この人たちは、悪い人じゃないよ。私の大好きな人達だよ! 悪いのはあの気持ち悪いおじさん!」


 それを聞いて安心したかのように、ソフィアは微笑んだ。あんな純粋な笑顔、僕は見たことないのだが。


「そうですか、それなら良かったです。疑ってすみませんでした」


 ソフィアは立ち上がった。


「私たちの敵は、あのクソジジイということですね。それでは、あなたたちの話を、聞かせてください」


「おう!」



「お前ら、準備はいいか?」


 ジョニーが木の陰に身を潜めながら尋ねる。日が暮れ、僕達は村へ繋がる森の中に隠れていた。


「メイドさん、ほんとにあのロリコン野郎が出てくるのかよ」


 リックは疑うようにソフィアに尋ねた。


「ええ、きっと。あいつのことですから、きっと今日のうちに村から逃げ出すはずです。なんてったって、私たちが置いてきた大金があるのですから。あいつも、娘を連れ去った犯人が誰なのかは、何となく予想がついているはずです」


「ほんとか?」


「最初は、ちょうど現れた吸血鬼であるブラッド様を犯人に仕立てあげ、娘は殺さてたとかなんとか言って、もう娘は戻ってこないということで事件を解決させるつもりだったのでしょう。村の人に正体がバレないようにするために、ね。でも、あの大金を見れば話は別です。あいつなら、あのお金を盗みかねません。あれを持って逃げて、行方をくらませば、特に損はありませんから。あの大金があれば、しばらくは遊んで暮らせます」


 ソフィアは淡々と語る。


「お前、すげえな。てか、しばらく遊んで暮らせるって、お前らどんだけ金持ってんだよ……」

 

 リックが羨ましそうに言う。


「おい、ちょっと、静かにしろ。誰か来る」


 ジョニーが黙らせた。

 周りを警戒している様子の誰かが出てきた。


「うわ、ほんとに来た」


 リックは驚いたように僕の方に振り向く。


「いやあ、ほんと、僕のメイドはさすがだよ」


 僕も驚いた。ソフィアって、思っていたより、すごいメイドなのかもしれない……


「お前ら、行くぞ!」


「おう!」


 僕達はいっせいに、おっさんの前に飛び出す。おっさんは驚いたように一歩後にさがる。


「やっと見つけたぜ」


 ジョニーはニヤリと笑いながら、ナイフに手をかけた。


「よくもあたし達のリリーに、酷いことをしてくれたね」


 カーラが口の周りを舐めた。


「なんだ!? お前ら」


「お前が一番よく分かってんだろ?」


 ジョニーが煽るように言う。おっさんは歯を食いしばった。


「その手に持っている袋、私たちのお金ですよね?」


 今度はソフィアが問い詰める。たしかに、おっさんの手には、見覚えのある袋が握られていた。


「くそっ、グルかよ……」


 おっさんはそう言うと、地面に唾を吐き捨てた。その後、おっさんはリリーがいるのに気づいたようだ。


「リリー、お前には失望したよ。この俺から逃げるなんてな。俺はこんなにも、お前を愛してやっていたのに」


 おっさんからの言葉を聞くと、リリーはカーラの後に隠れた。本当に気持ちが悪い。そんなの、おっさんの欲望を満たすだけの汚い愛情じゃないか。


「俺は絶対、捕まらねぇからな」


 そう言うと、おっさんは一気に駆け出した。逃げるつもりだ。


「おい、待て!」


 僕達は追いかける。森の中を走る。意外と足が早くて、追いつかない。そうやってこれまでも、ちょこまかと逃げてきたんだろうなと思う。

 僕は走ることで出ているスピードに乗り、マントを使って低空飛行をする。そしてそのまま、おっさんの背中目掛けて体当たりをした。おっさんはうめき声をあげながら倒れた。僕はおっさんに馬乗りになる。


「捕まえたぞ。もう君は逃げられないからね。僕は君が、吸血鬼を侮辱したこと、許さないから」


「……覚えて……おけ」


 おっさんはそうか細い声で言い残し、気を失った。



「お前、めちゃくちゃかっこよかったぜ!」


 僕はその後、盗賊たちにすごく褒められた。なかなかいい気分だ。

 僕たちはおっさんを縄で縛って、小屋に閉じ込めた。いい気味だ。

 朝になると、予め呼んでおいた警察が村にやってきた。そしておっさんを連れていく。おっさんは諦めたように、何も言葉を発することはなかった。

 その後、警察の捜査で、余罪も明らかになった。おっさんはとんでもないペテン師で、これまでに何度もお金を騙し取ったり、小さな女の子にいやらしいことをしたりしていたという。ほんとにクソジジイでロリコン野郎だ。よく今までバレなかったなと思う。きっと逃げ足だけは速かったのだろう。


 僕らは無事お金を取り返し、一件落着。


「吸血鬼さん、ごめんなさい。あなたに失礼なことをして……」


 僕は大きな男達に謝られた。おっさんは、彼らが困っているところに漬け込んで、この村を自分のものにした。悪い人とはつゆ知らず、男たちは村を救ってくれた彼を、神のように慕った。


「この村を救ってくれたお金も、全部盗んだものだったとは……俺達も、反省しています。あんな人に騙されるなんて。しかも、この村を、身を隠すために使っていたなんて、許せないです」


 悪いのは全て、あのおっさんだ。この大きな男たちは、少しあいつを信頼しすぎてしまっただけだ。彼らはこれからは、誰にも頼らず、自分たちの力で村を発展させていくという。

 

「あなたにお礼がしたい。そしてお詫びも」


 男たちが熱心に言ってくるので、僕は考えた。


「吸血鬼についた汚名を、返上して欲しいな」


 僕は歯を見せて笑った。男たちはすぐに、村の人々に、僕たちのおかげで、おっさんを捕まえることが出来たということを言って回った。あと、吸血鬼は人をさらったり、無闇に血を吸ったりすることをしないということも。


「あ、もうひとついいかな?」


 僕は思い出した。ひとつやり忘れたことを。男たちは、何でもどうぞというように、手を差し出す。


「食べそこなった、オムライスが食べたい」


 あんなに美味しそうなもの、食べないわけにはいかない。


「すぐにご用意します。もちろん、あの盗賊の方々と、美人なメイドさんの分もね!」


 生まれて初めて食べたオムライスは、世界で一番美味しく感じた。

 


 

 

 


 

 

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