第4話

「ソフィア、これからどうするんだい?」


「どうするも何も、犯人を見つけるんですよ」


 ソフィアは当たり前だと言うように僕を見る。


「それにしても、さっきはありがとう。吸血鬼を悪く言われた時、君があのおっさんに強く言ってくれただろ? 僕はすごく感動したよ。僕を守るために、あんなに必死になってくれるなんて」


「何勘違いしているんですか? 私は吸血鬼を全部悪いやつだと言ったあのクソジジイにイライラしただけです。吸血鬼の中には、ジョゼフ様という、神のようなお方がいるというのに……ジョゼフ様を侮辱したものは、私が許しません」


 なんだよ、父さんかよ。父さんのためかよ。僕のためではないのか。せっかく素直にお礼を言った僕が馬鹿らしい。

 それにしても、ソフィアの父さんに対する執着心はすごい。詳しくは知らないが、ソフィアは過去に父さんに助けてもらったことがあるらしい。それ以来、父さんに懐いて、あの館で僕のメイドとして働いている。


「ていうか、ブラッド様。捕まるの早すぎです」


「あ、それは、ごめん……」


よく考えてみれば、あの時足を掴まれて顔面から転んだの、傍から見たら、すごく滑稽だっただろうな。僕としたことが、ものすごく恥ずかしい。


「とりあえず、二手に分かれて、犯人を探しましょう。いなくなったのは昨日ということですし、まだこの村の周辺にいるでしょうから」


「分かったよ」


「それじゃあ、また後で」


 僕とソフィアは、それぞれ違う方向へ飛び立った。

 

 僕は空の上から、怪しい人がいないか探す。そう簡単に見つかるはずがない。室内にいられたら終わりだ。

 僕はため息をついた。何も悪いことはしていないのに、吸血鬼だからという理由でこんなことになるなんて。吸血鬼は、人間から見れば怪物なのだ。違う生き物なんだ。そのことに幻滅した。

 これからは吸血鬼だとバレないようにしなければ。父さんはどうやっているのだろう……


 僕はもっと、外の世界は楽しい場所だと想像していたのに。一日目にしてこれだ。心が折れそうだ。

 というか、このまま館に帰ってしまえばいいのではないか? いや、でも、そしたら、置いてきたお金が……それに、なんかここで帰ったら、あのおっさんに負けた気がして嫌だ。それに、僕の命もかかっている。頑張って誘拐犯を探すしかない。


 とりあえず、村の近くの森を上から見てまわった。さすがにこんなところに人がいるわけないか、と思っていた時、木々の隙間から、人の集団が見えた。僕は気になって近づいてみる。音を立てないように着地をし、陰から様子を伺う。


「あいつ、よくもあたしらの可愛いリリーを連れ去りやがって! ただじゃおかねえから」


「全くその通りだぜ」


「どうしてやろうか? 俺は殴り殺したいな」


「えー、滅多刺しが良くない?」


「いやいや、精神的にじわじわと追い詰めて自殺させるのがいいでしょ」


「じゃあ、全部やっちゃおうぜ!」


 なに、この、物騒な会話は。男女十人ほどが、地面に尻をつけて楽しそうに話している。みんなつぎはぎだらけの服を着ている。腰にはナイフやら剣やらがささっていて、少しビビる。


「待て待て、ここで殺すのは勿体ないだろう。警察送りにして、地下牢にぶち込んで、一生そこから出られないようにするのが一番良くね? そして俺たちが笑ってやるんだ」


 そう言うと、みんなはガハハと下品に笑いだした。なんか、すごい人たちだ……

 しかしよく見ると、大人の中に混じって、子どもが一人居た。女の子だ。肩ぐらいまでの髪に、黄色い花の髪飾り。薄ピンクの裾にレースのついたワンピース。明らかに一人だけ洋服が綺麗で浮いている。あれ、もしかして……おっさんの言っていた娘と、特長が一致している。

 見つけた。これは早くソフィアに報告しなければ。そう思って飛び立とうとした時、ポキッという音がした。しまった、木の枝を踏んでしまったようだ。


「誰かいるのか?」


 やばいやばいやばい。見つかってしまう。男が剣を持ってこちらに近づいてくる。僕はマントのフードをしっかりと被って身を縮める。


「そんなとこで何やってんだ、お前」


 普通にバレていた。


「いやぁ、えっと、その、別に盗み聞きしようとしていたわけじゃなくて……」


「おい、ちょっとお前、こっちに来い」


 厳つい男が手招きをしている。絶対殺される、これは。

 僕は足を震わせながら、木の陰から出ていった。


「一体お前は、コソコソと何をしていたんだい?」


「え、えーと、僕はその……誘拐犯を探していただけで……」


「誘拐犯?」


「村のおっさん……じゃなくて、村長の娘さんが誘拐されて、その犯人が僕じゃないかと疑われてて……その、そこにいる子が、村長の娘ではないかなと……」


 僕がそう言うと、みんなは顔を見合せた。そして、ガハハとまた下品な笑い方をした。


「お前、俺たちを疑ってるわけ?」


「え、あ、いや、別にそんなことは……」


 ほんとによく分からない、この人たち。


「残念ながら、お前は騙されてるよ」


「え?」

 

 僕は驚いて顔をあげる。


「この子は、あいつの娘じゃないさ。というか、この子をさらったのは、その村長の方だ。俺たちはそれを取り返しただけだぜ」


 待って、状況が掴めない。

 彼らは親切にも、一から全部説明してくれた。

 彼らは盗賊らしい。彼らは十人ほどで、金品や食料を盗みながら旅をしているという。名前は、ジョニー、リック、レオナ、カーラ……全員は覚えられなかった。それで、女の子の名前はリリー。

 時は遡ること二年前。この村からずっと遠くの場所で、みんなが寝ている間に、おっさんにリリーが連れ去られてしまった(この時はまだ村長ではない)。盗賊たちは必死になって探したそうだが、見当たらなかったらしい。その後、盗賊たちは色々な情報を頼りに、リリーを探した。そして二年もの月日が流れ、やっと、リリーがこの村で暮らしているのを見つけたんだ。連れ去ったおっさんは、呑気にこの村で村長なんかをやっていた。

 リリーは、おっさんから散々いやらしいことをされていたらしい。最低なヤツだ。逃げ出そうにも、周りにはおっさんの手下である大きな男が沢山いたから無理だった。

 盗賊たちはリリーにどうにかして森まで来るように伝えようと、外をおっさんと歩いているリリーのポケットの中に、変装して、すれ違いざまにそっとメモを書いた紙を入れた。

 そして、リリーはそれを見ると、おっさんや大きな男たちが目を離している隙に、森まで走って逃げ、無事保護されたという。


「リリー、ごめんなぁ。今まで怖い思いをさせて」


 たぶんリックという名前の人が、リリーの頭を撫でた。


「大丈夫だよ。みんなが来てくれて良かった。もう会えないかと思った」


 リリーは完全に安心しきっている。とりあえず、良かった。


「それにしても、あのクソロリコンめ。ただじゃおかねぇぜ」


 ほんとにそうだ。許せない。


「ところであんた」


 カーラという女の人が、僕に声をかけてきた。


「いつまでフード被ってんの?」


「え、いやぁ、これは……」


「暑苦しいだろ? さっさととれ!」


 カーラは無理やり僕のフードをとった。なんて乱暴なんだ。おかげで、隠していたとんがった耳があらわになる。影になっていて分からなかった白い肌も、赤い瞳も。あと、木々の隙間からの日光で、焼けそう。


「なに、お前、吸血鬼?」


「……うん、そうだよ」


 僕は遠慮がちに答えた。また、怖がられるのだろうかと心配したが、その必要はなかった。


「へえ、可愛い顔してんじゃん」


 カーラはそう言うと僕のほっぺをつまんだ。

 痛い痛い痛い。


「……怖くないの?」


 僕は驚いて尋ねた。さっきの村での村人の反応と、全然違う。


「何を怖がる必要があるんだ? ただの吸血鬼だろ? 前にも何回かあったことがある。そんなことより、あたし達もっと怖いの見た事あるし」


 吸血鬼だと分かった時の反応があっさりとしすぎていて、逆に困惑する。


「とりあえず、お前には悪い事をした。あのロリコン野郎がまさかお前を誘拐犯に仕立てあげているとは思わなかった。すまないね」


 ジョニーだった気がする人が謝った。


「それで、俺たち、今夜あのロリコン野郎に復讐をしようと思っているんだ。お前も一緒にどうだ?」


 もしかして、さっきの物騒な話は、このことだったのか? 殺すとか言ってたけど……


「大丈夫、そんなに派手にはしねぇさ。ちょっと痛い目みせるだけだ」


 とジョニーはニヤリと笑う。なんか、信用していいのか分からない……人を殺すのはよくないと思う。けど、おっさんのせいでこんな目にあっているのだから、やり返しがしたい。


「僕もついて行くよ」


「よっしゃ決まりだ! それじゃあ早速、作戦会議をしないとな」


「あ、待って、僕のメイドも、僕のために誘拐犯を探してくれていたんだ。だから、呼んできてもいい?」


「メイドがいるのか!? 何、お前って、結構金持ち?」


 やばいやばい、盗賊たちの目がギラギラしている。


「おい、お前らやめとけ。こいつは今は仲間だぞ」


 ジョニーがなだめた。


「ほら、呼んでこい」


 僕は頷いて、空へ飛び立った。なんだか少しワクワクする。さっきまで抱いていた絶望が、嘘のようだ。人間の中には、いい人も悪い人も、色々な人がいることが分かった。これから、なかなか面白くなりそうだ。

 


 


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