第二章 吸血鬼の汚名返上

第3話

「ブラッド様、まずはどちらへ?」


 森の上を、コウモリの羽のような形をしたマントを使って飛びながら、僕のメイド、ソフィアが尋ねた。


「とりあえず、一番近くの村へ行こうと思ってる。ソフィアがよく買い出しに行くとき、通っているだろう?」


 森を抜けて一番最初にあるのは小さな村だ。ソフィアはその先にある町に、週に何度か、ここに食料やその他必要なものを調達しに来ている。


「僕一度も行ったことがないから、楽しみだな」


 とご機嫌な僕。しかしこの後、痛い目に合うのであった。


 やがて村に着く。僕とソフィアは地面に降り立った。


「とりあえず昼食を食べようか。お腹がすいた。何かおすすめの場所はあるかい?」


「さあ、どうでしょう。私はほとんどこの村は素通りしますから、分かりません」


「そうなのか」


 僕らは村の中を歩いていく。村人たちは、僕たちを見て何やらコソコソと話している。

 もしかして、僕が美しすぎるということを噂しているのかな? いや、そもそも日光を遮るためのフードを被っているから、顔が見えないか。もしや、顔が見えずとも美しいとわかるオーラが出ているのか?


「ブラッド様、ありましたよ」


「おお!」


 そこは、こじんまりとした建物だった。なんか美味しそうな匂いがする。

 僕とソフィアはドアを開けて店の中に入り、木でできたテーブルについた。今はお昼時だから、お客さんは結構いる。


「何を頼みますか? ほら、メニューです」


 ソフィアがテーブルの上に置いてあるメニューを差し出してきた。僕はそれを開いてじっくりと見る。


「ふむふむ……これが庶民の食べ物か……」


「ブラッド様、マントを脱いでください。行儀が悪いです」


 気がつけばソフィアは、ちゃっかりマントをぬいで、机の下にあるカゴに入れている。


「……そういうことはメイドがやってくれるんじゃないのかい?」


「何を言っているんですか。甘えないでくださいよ」


 すごく厳しいのだけど。そんなに僕に恨みを持っているのか? そんなに僕と旅に出るのが嫌だったのか? ソフィアは僕の忠実なメイドだろ!

 僕はしぶしぶマントを脱いだ。


 メニューを見ていると、オムライスというものに目がついた。味のついたご飯が、とろとろの卵に包まれていて、上には血のように赤いトマトソースがかかっている。


「ソフィア、これ食べたい!」


「分かりました」


 ソフィアは店員を呼ぶ。「はーい」という返事がして、しばらくするとエプロンをつけた若い男の店員がやってきた。


「ご注文はなんでしょ……」


 店員はそこで言葉を止めた。僕を見ている。じっと見ている。声が出ないほど、僕の美貌に惚れてしまったのか? だから僕はとびっきりハンサムに、歯を見せて笑った。


「あっ……」


 店員の顔がみるみる青ざめていく。逆効果だったのだろうか。少しずつ僕から離れていく……

 そして叫んだ。


「吸血鬼だあああああ!」


 それを聞いた店にいた人たちは一斉に逃げ惑う。どういうこと? 僕はメイドの方を見る。ソフィアは立ち上がって、急いでマントを手に取った。


「ブラッド様、お逃げになった方がいいですよ」

 

「おいソフィア! どういうことだ!?」


「思ってたより、大変なことになりそうです」


 ソフィアはさっさと出ていこうとする。

 

「どういうこと!?」


「今はとりあえず、別々で逃げましょう。まあ、頑張ってください」


 そう言ってソフィアはご主人様に手を振る。

 これは早速やばい状況だ。僕はマントを手に取り、急いで店を出る。やばい、焼ける。僕は急いでマントを羽織り、村の中を駆け抜けていく。ふと後ろを見ると、なんということだ。体の大きな男たちが追いかけて来ているではないか。

 このままでは追いつかれてしまう。だから空へ逃げようとした。しかし、地面から足が離れた瞬間に、大きな男に足を掴まれ、僕は大事な顔面を地面にぶつけることとなった。


「捕まえたぞ!」


 大きな男たちは僕の腕を背中で縛り、布で口を塞ぐ。足掻いたが、こんなでかい体の人たちから僕が逃げられるはずがない。僕は男たちに呆気なく引きずられていくのであった。



 僕は薄暗くて汚い小屋に入れられた。腕はロープで縛られ、そのロープを目でたどっていくと、柱にぐるぐる巻きにされていた。ついでに足もロープで縛られている。立てない。そして逃げられない。


「村長さん、捕まえました」


 小屋の入口の方で声がした。


「よくやった、君たち」


 声が近づいてくる。僕の目の前に現れたのは、さっきの大きな男たちと、村長と呼ばれたおっさんだった。


「君が噂の吸血鬼だな」


 おっさんが僕に話しかけてきた。


「そうだよ。僕がその美しくて天才でクールな吸血鬼だよ」


「……野蛮で哀れで阿呆な吸血鬼の間違いでは?」


「なっ……」


 この人、なんという無礼者だ。


「さあ、さっさと吐きたまえ。俺の娘をどこにやった?」


 おっさんは僕の髪をひっ掴む。折角整えたオールバックが崩れるからやめてほしい。


「お前が俺の娘をさらって行ったんだろ! 分かってるぞ。それなのに、のこのこと村に現れやがって」


 話が全く掴めない。このおっさん、何を言っているんだろう。


「あの、さっきから何の話?」


「とぼけるな! 昨日、俺の娘を誘拐したのはお前だろ! まさか、殺してなどいないだろうな?」


 誘拐だの殺すだの、意味がわからない。そんな恐ろしいことするわけが無い。それに、僕は昨日まで館にいて、この村に来たのは今日が初めてだ。


「僕じゃない! 僕は今日旅に出たばかりだ!」


「嘘をつくな! 吸血鬼の話なんか、信じられるか! 若い女をさらって血を吸ったり、人を切り殺したりしてんだろ?」


 そんな酷いことってある? 旅へ出て早々、なぜこんな目に合わなければいけないのだろう。僕は人を殺さないし、血だってほとんど吸わない。まあ、我慢できない時はちょっとソフィアに頼むけど。血は美味しいからしょうがない。

 血は飲まずとも、ご飯さえ食べれば生きていける。でも、少量の血を飲めば、一日は何も食べずに過ごせる。


 僕は早速、途方に暮れた。


「あの、ちょっといいですか?」


 大きな男たちに囲まれて動けないでいた時、小屋の入口の方で声がした。


「誰だお前?」


 おっさんがジロっと睨んだ。


「通りすがりのメイドでございます」


 この声は、ソフィアだ。


「今はどういう状況ですか?」


「こいつが俺の娘をさらった犯人なんだ。だから捕らえているんだ」


 とおっさんが答えた。


「その方が犯人だという証拠はあるのですか?」


「証拠……はないが、こいつに決まっているだろう。この野蛮な吸血鬼以外に、誰がやるって言うんだい」


 その時、ソフィアの眉がピクリと動いた。


「野蛮な吸血鬼?」


「ああ、そうだ。こんな怪物なら、平気で嘘をつくだろうし。ほら、さっさと吐け。俺の娘は何処だ? 早く言わないと、裸で外に放り出すぞ」


 それは酷すぎる。丸焦げになってしまうではないか。

 するとソフィアはおっさんに近づいて行った。そしてにっこりと笑った。


「吸血鬼を悪くいうのはやめてください。何も知らないくせに。このクソ野郎」


 怖っ。だけど、ソフィアが僕を守るために強く言ってくれるのは嬉しい。


「吸血鬼の中にも、素晴らしい偉大なるお方がいるのです。一概に吸血鬼を貶しているようでは、あなたもまだまだですね」


「なんだと? この生意気娘!」


 とおっさんがソフィアにつかみかかろうとした時、大きな男の一人が小屋に入ってきた。大きな男、いったい全部で何人いるんだ? ざっと数えて五人くらい。みんなごつい。

 そしておっさんに耳打ちした。するとおっさんはニヤリと笑った。


「お前、こいつと食堂にいたそうだな? お前もグルだろ?」


「……ええ、確かに一緒にいましたよ。でも、村に入る前に出会ったばかりで、ほぼ初対面です」


 息をするように嘘をつくソフィアに、感心してしまった。


「彼が吸血鬼だとは、知りませんでした」


「ふん、どうだか」


 このおっさん面倒くさい。


「じゃあ、こうするのはどうですか。この吸血鬼に、一日だけ時間を与えるのです。そしてその間に、本当の犯人を見つけさせるのです」


「本当の犯人も何も、犯人はこいつだろ?」


「それを証明するために言っているんです。もし一日以内に犯人を見つけられなかったら、この吸血鬼を串刺しにでもなんでもしてください」


 おいソフィア、どうして少し嬉しそうなんだ?

 おっさんは少し迷っていたが、やがて許可をした。


「……分かった、そうしよう。じゃあここに、お前の大事なものを置いていけ。逃げられないようにな」


「分かりました」


 そう言うと、ソフィアはずっしりとした布の袋を取り出した。


「これを置いていきます。私の全財産ですから。あ、横取りなんていう卑怯な真似はしないでくださいね」


 そこには金貨が沢山入っている。それ、僕たちの旅の資金ではないか。アルバートが持たせてくれたやつだ。いいのだろうか、そんなものを置いていって。


「それでいい。さあ、そいつの縄を解いてやれ」


 そう言ったおっさんの顔は厭らしかった。

 僕の腕と足が解放される。自由って素晴らしい。


「いいか、明日のこの時間までだからな」


 おっさんが念を押した。


「分かってます。それで、娘さんがいなくなったのはいつです?」


「昨日だ。昨日の夕方にはもう居なかった。俺が目を離している隙にいなくなっちまった」


「娘さんの特徴は?」


 ソフィアは質問をする。


「あの子は十二歳で、小柄で、髪は肩くらいまであって花の髪飾りをつけている。服は、薄いピンクのワンピースを着ていた。可愛いからすぐにわかるさ」


「分かりました。それじゃあ、行きますよ」


 ソフィアが僕の方を見て、ついてくるように目配せをした。




 






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