第2話
バラは僕のように美しく咲いていた。見事なものだった。
ただ、日光が辛い。僕ら吸血鬼は日光に弱いのだ。直射日光を浴びれば、体が焼けるように痛くなる上に、体力が低下する。長時間浴び続けると、灰になってしまう。
だから吸血鬼は夜に活動することが多く、昼間外に出る時は日傘やマントを愛用している。
今僕が着ているこのフードつきのマントは、ちゃんと直射日光を遮ってくれる。
「ああ、なんて美しいんだろう……」
僕は赤いバラの花の匂いを嗅ぐ。
「何をしていらっしゃるのですか、ブラッド様」
葉っぱの陰からソフィアが出てきた。
「ちょっと様子を見に来ただけだよ。このバラたちはすごく美しいね、僕の次に」
「何を言ってらっしゃるのですか? バラの方が美しいに決まっています。これは奥様が、大事に育てていらしたものですから」
そう、これは僕の母さんが昔、愛情を込めて育てていたものなのだ。母さんが死んだ今でも、こうしてソフィアが大切に育て、守ってくれている。
「珍しいですね、ブラッド様が外に出るなんて」
「まあね、たまには外に出るのもいいかなって思って。……本当はアルバートに追い出されただけだけど」
ソフィアは鼻で笑った。
僕はソフィアと会話をした後、広い庭を歩いてまわる。バラだけではなく、他にもたくさんの花々が咲いている。全てソフィアが育てたものだ。僕は感心する。
僕はしばらく歩いた。館の領地は随分と広いから、建物の周りを一周するだけでもものすごく時間がかかる。
僕はずっと、この館に閉じこもって生きてきた。僕はインドア派だから。だけど、こうして自然に触れていると、外の世界もいいなと思う。
甘い匂いを漂わせる綺麗な花。太陽の光が反射してきらきらと輝く池。大空を自由にかけていく鳥。
もっと外の世界を見てみたい。狭いこの場所に閉じこもっているだけではなく、広い世界を知りたい。
その時、ふと思ったんだ。
旅に出たいと。
*
「というわけで、僕は旅に出ようと思うんだ」
待ちに待ったランチを食べている時、僕はソフィアとアルバートに宣言した。
「どうしたんだい、二人とも。世界一間抜けな顔をしているよ」
ポカンと僕を見つめる二人。
「……いえ、あれだけ外に一切出らずに部屋に引きこもっていたブラッド様が、旅に出るだなんて。阿呆すぎて言葉がでなかっただけです」
「おいソフィア、僕が阿呆? 僕はご主人様だぞ!」
「そうなんですね、初耳です」
その時、鼻のすする音が聞こえてきた。アルバート?
「坊っちゃま……私は、泣きそうでございます」
いや、もう既に泣いているではないか。
「ついに旅立ちなるのですね。ジョゼフ様も、亡くなった奥様も、大変お喜びになるでしょう」
そう言いながら、アルバートは鼻を勢いよくかんだ。
「やはり坊っちゃまには、ジョゼフ様の血が流れているのですね」
まあ、そうなのかもしれない。ほとんど父さんに影響されているから。
「ということでソフィア、もちろん僕についてきてくれるよね?」
「え、嫌ですけど」
なんでそんな当たり前のように断るんだ。さすがに少し傷つく。
僕は父さんの手紙をソフィアに見せた。
「……なんですか?」
ソフィアは手紙を読む。だんだんと表情が曇っていった。
「ジョゼフ様……どうして私がこんなことを……こんな手のかかるブラッド様のお世話を旅先でもしなければならないとか、ダルすぎる……なんでブラッド様に旅を促すうえに、私をついて行かせようとするのですか……あー、でもジョゼフ様は恨めない……ジョゼフ様は偉大なるお方だから……そうよ、悪いのは全部ブラッド様! ブラッド様が世間知らずで一人じゃ何も出来ないくせに旅に出ようとするのが悪いのよ!」
と唸った上に、よく分からない結論を出すソフィア。
「私はあくまで、ジョゼフ様に恩があるのです。ジョゼフ様に忠誠を誓っているのです。ブラッド様の世話は、ジョゼフ様に命じられて、しょうがなくやっているだけなのです!」
「ソフィア、諦めなさいな。ほら、手紙にもちゃんと書いてあるでしょう? ソフィアについてきてもらいなさいって」
アルバートがなだめるように言った。
「そうだよ、ソフィア。僕は君のご主人様だぞ」
そう言うと、ものすごく怖い目で睨まれた。
「頼みますよ、ソフィア。ジョゼフ様と、坊っちゃまのためです」
「そんなに言うなら、アルバートさんが行けばいいではないですか」
「とんでもない。私はもう歳ですから。そんな体力がございません。私が行っても、坊っちゃまの足でまといになるだけです。それに、私の方がこの館をお守りできます」
「それなら私にもできます。館を守るくらい。それに、私には庭の植物のお世話があるので」
「じゃあソフィア、この館の隠し扉を知っていますか? 知らないでしょう。これはジョゼフ様が私だけに特別に教えてくれたのですから。私の方がこの館について詳しいです。庭の手入れも、私にお任せ下さい」
「……絶対嫌ですよ。だって旅とか、面倒じゃないですか。それにずっとブラッド様と一緒にいなければならないとか、最悪すぎて死にます。年下である私に面倒見てもらうとか、情けないにも程がありますよ。一人で行けばいいのに」
アルバートとソフィアの言い争いはしばらく続いた。ちょこちょこ僕を貶すような言葉が聞こえてきたが、気にしないことにしよう。というか、隠し扉があるなんて初耳だ。
その後、結局ソフィアはついてきてくれることになった。上手くアルバートに言いくるめられていた。さすがのソフィアでも、年長者であるアルバートには勝てないんだなと少し嬉しくなる。あ、でも、僕の方がソフィアより年上なのに、いつもコテンパンにやられてしまうのは何故だろう。
「それで、いつ出発になるのです?」
ソフィアが機嫌悪そうに尋ねた。
「明日」
「は?」
ソフィア、やめて。怖い。
「それは随分とお早いですね」
アルバートは驚く。
「うん。思い立ってすぐじゃないと、多分やる気がなくなるから」
横でソフィアが鼻で笑った。聞かなかったことにしよう。
「それなら、早く準備しなくてはなりませんね。早速取りかかりましょうか」
ソフィアとは対照的に、ご機嫌そうにアルバートは言った。
*
次の日。僕とソフィアは、旅に必要な最低限の荷物を持って玄関に並んだ。
僕は、いつもの格好に黒革のブーツを履く。髪はオールバックにして、ワックスで固めている。相変わらずイケメンだ。
ソフィアもいつも通りの丈の長いメイド服だ。
そしてマントを羽織る。このマントは、いつものとは少し違い、空を飛ぶことが出来るのだ。裾の方が、コウモリの羽のようになっている。もちろんフードもついているから、完全に直射日光を避けることが出来る。
これは、吸血鬼一族に伝わる優れものらしい。ソフィアの分もある。
「さあ、坊っちゃま、ソフィア。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
アルバートが見送ってくれた。
「うん、行ってくるよ」
「必ず、元気な顔で帰ってきてください。そして、旅の話を聞かせてくださいね」
「もちろんだよ、アルバート」
僕は元気よく答えた。
「ソフィア、坊っちゃまのことを頼みましたよ」
「はーい」
ダルそうに返事をするメイド。
「それでは、行ってきます!」
僕はアルバートに手を振った。住み慣れたこの館とは、しばらくお別れだ。少し寂しい気もするが、自分で決めたこと。これから先、どんなことが待っているかワクワクする。もしかしたら旅の途中の父さんとも会えるかもしれない。
こうして、僕の旅が始まるのであった……
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