殺したいほど
平 遊
殺したいほど
夢を見た。
アオイを殺す夢だ。
この手をアオイの首にかけ、じわじわと力を込めてゆく。
アオイは微笑んでいた。
微笑みながらおれを見て、そして一言呟いた。
「好きだったよ・・・・ヒカル。」
涙が零れてきた。
後から後から止まることなく。
アオイが好きなのに。
殺したくなんてないのに。
それでもおれは、泣きながらアオイの首を絞めたんだ。
最後まで、微笑を浮かべていたアオイの体から力が抜けて。
おれは。
まだ温もりの残っているアオイの体を抱きしめて、泣きながらキスを繰り返していた・・・・
(はっ・・・・)
飛び起きた拍子に、首筋を冷や汗が伝った。
パジャマが汗で肌に張り付き、心臓は飛び出しそうな程に激しく脈打っている。
(・・・・なんつー夢だよ、ったく・・・・)
額に張り付いた髪を掻き上げて、ひとつ大きく息を吐く。
手元の時計は、午前3時。
草木も眠る、丑三つ時。
「ちっ」
小さく舌打ちをし、おれはベッド降りて部屋から出た。
「何だ、お前も起きてたのか。」
「・・・・アオイ・・・・」
さっき、この手で殺した男が、ほぼ時を同じくして隣の部屋から出てきた。
何だか変に意識してしまい、視線が泳いでしまう。
「あ、あぁ・・・・変な夢、見ちまって、さ。」
「奇遇だな。オレもおかしな夢を見て起きたんだ。」
「へぇ。」
「お前を殺す夢だ。」
(・・・・何だって?!)
言葉も無く、アオイを見つめる。
闇に浮かび上がるアオイの白い顔は、微かに笑ってはいたが、どこか寂しげで・・・・苦しそうに見えた。
「この手でお前の首を絞めて、殺す夢だ。オレに首を絞められながら、お前は笑って言うんだ。『お前の事、好きだったぜ、アオイ』ってな。別に、殺したい訳じゃないのに、それでもオレはお前の首を締め上げて・・・・お前を殺してしまうんだ、泣きながら。」
2人並んでリビングのソファに座り、冷たい水を飲む。
フッと顔を曇らせ、アオイは吐き捨てるように続けた。
「ひどい、夢だった・・・・」
「アオイ・・・・」
苦しげに眉根を寄せるアオイの頭をそっと引き寄せ、抱きしめる。
「そんなに、夢に見るまでおれを殺したいのか?」
冗談まぎれに発した言葉は、同時に自分自身への問いかけ。
答えが見つからないから、アオイに答えを求めている。
おれに分からなくても、こいつにならわかるかもしれない。
教えて欲しいんだ。
あの夢の、答えを。
「そうだな・・・できれば殺してやりたい、今すぐに。」
腕の中で、アオイが低くくぐもった声で呟く。
「えっ」
思わず腕を解いて頭を解放してやると、アオイは顔を上げて、そのままおれの首に手を掛けた。
「アオイ・・・・?」
「いつだって、殺してやりたい欲求に駆られるよ・・・・お前を見てると。」
僅かに、手に力がこめられる。
(・・・・アオイ・・・・っ?!)
息が、苦しい。
だが、それ以上、おれの首が絞められることは無く。
代わりに唇で、呼吸を遮られる。
「んっ・・・・」
最初は、触れるだけ。
一度離れて、また触れて。
角度を変えながら、アオイのキスは何度も繰り返された。
繰り返される毎に深くなる口づけに、体から力が抜けてゆく。
「・・・・はっ・・・・」
「殺したいよ、ヒカル、お前を。」
「なん、で・・・・だよ?」
おれの体を支えながら、アオイはうっすらと笑った。
「今殺せば、永遠にオレだけのものになるからな。余計な嫉妬に苦しめられずに済む。」
「・・・・お前らしいな。」
答えながらおれは、心の中だけで深く頷いた。
そうか。
だからおれも、あんな夢を。
「まったく、いったいどっちが楽なんだろうな。今すぐお前を殺して嫉妬から解放される代わりに、お前のいない味気の無い人生を歩んでいくのと、嫉妬にかられながらも、お前と飽きることのない未来へ進んでいくのと・・・・」
「さぁな。でも・・・・」
アオイの首に腕をまわし、耳元でそっと囁く。
「おれは、未来に賭けたいね。殺されるのは、ごめんだぜ。まだまだ生きていたいからな、お前と一緒に。」
「未来に賭ける、か・・・・大博打になりそうだな。」
「言ってろよ。」
お互い、顔を見合わせ、小さく吹き出す。
わかってんのか、アオイ?
おれだって、お前と同じなんだぜ。
殺したい程、好きだってこと・・・・
【終】
殺したいほど 平 遊 @taira_yuu
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