第76話 国際ロマンス詐欺

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。



「久々の朝シャワーは最高~。あ、ハムリンの餌替えてあげなきゃ」


 ある日曜日の朝、久々に朝からシャワーを浴びた私、野掘のぼり真奈まなは下着姿から部屋着を身に着けようとしていた。


「失礼します、最近この辺りで怪しい地球人を」

「ギャー変態!!」


 脱衣所のドアをガラガラと開けて入ってきた弟の正輝まさきの顔面に大容量ハンドソープのボトルを投げつけて気絶させると、私は上下の部屋着を着てから正輝をリビングまで引きずっていった。



「この度は申し訳ありません、私たちの母星では全裸以外を恥じらう文化はないのですが……」

「そちらの母星がデリカシーのない社会でも変態の巣窟そうくつでも何でもいいですけど、今回は何のご用ですか? 怪しい地球人って一体?」


 目の前にいるのは正輝に憑依した外宇宙の異星人であるローキ星人であり、今日は人探しのために地球を訪れたらしい。


「実は冥王星人になりすました隣接星系の男性が私たちの星系の女性たちからお金を騙し取り、宇宙警察の追跡を逃れるために地球へと逃亡したというのです。私は宇宙警察の関係者ではないのですが、地球人に憑依できる能力を買われて協力を要請されました」

「冥王星に知的生命体がいるって話は驚きですけど、わざわざうちの弟を選ばなくても……」


 それはそれとしてローキ星人は私の目の前に映像を投影すると一般的な冥王星人の外見を見せてくれて、髪の毛がないこと以外は地球人とほぼ変わらない外見らしかった。



「この惑星にも似たような手口の犯罪があるようですが、地球人をはじめとする太陽系の種族は外見的に人気が高くて、特に冥王星人の男性と結婚したい女性は少なくないのです。犯罪者はそれを狙って冥王星人を詐称したという訳です」

「国際ロマンス詐欺って最近よく聞きますよね。適当にくつろいでくださって結構ですけど、気が済んだら正輝の身体返してくださいね」


 もちろんです、という返事を聞きつつ私はリモコンを手に取るとリビングのテレビを点け、ちょうど設定されていた民放のチャンネルでは日曜日恒例の歌番組が放映されていた。


『ワタシはここニホンでもカツヤクをお見せしたいと思ってイマス。皆サン、新曲をぜひ聴いてクダさい』

『今回はゲストとして最近話題のハーフタレントが登場です! 洋楽のみならずJーPOPにも挑戦する彼女にご注目ください!』


「あの歌手はあまり歌が上手には聴こえませんが、有名な方なのですか?」

「私はあんまり知りませんけど、外国人同士のハーフタレントで日本語が話せるのでよくテレビに出てますね。雑誌の表紙とかも飾ってますよ」

「何だって、あの程度の美しさと歌唱力で一流芸能人のような扱いをされているのか!? もっと才能のあるタレントがいくらでもいるのに、これでは日本人全員が国際ロマンス詐欺に遭っているようなものでイッーーーー」

「そういうこと言わない!」


 頭から生えている不自然に太いアホ毛を勢いよく引っこ抜くと、異星人に憑依されていた正輝はいつも通り失神した。



「あれっ、俺何やってたんだっけ? あっ、俺あのハーフタレントさん好きなんだよね。外国出身なのに頑張って日本語話してるのは偉いなーって思う」

「正輝、あんたが真っすぐな子で良かったよ……」


 笑顔で歌番組を楽しんでいる正輝を見て、私は国際交流は何事もポジティブでありたいと思った。



 (続く)

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