第77話 リーチサイト

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生には(後略)



「うわっ、どうしたの宝来さん。そんな不機嫌な顔して……」

「ごめんなさい真奈さん。実は登校中の電車内で若い男性のサラリーマンが……」


 ある朝同じクラスの漫研部員である宝来ほうらいじゅんさんがものすごく怒った顔で登校してきたので理由を聞いてみると、どうやらサラリーマンがスマホで海賊版サイトの漫画を読んでいる姿を通学中に目撃してしまったらしい。


「正当な対価を払わずに漫画を読んでるだけでも許せないのに、そのサラリーマンは私が大好きな『安浦鉄勤家族』や『きゃぷてん翼賛よくさん』の海賊版を読んでたんです! こんなのがまかり通ってるのは許せないのであります!!」

「まあまあ落ち着いて。確かにうちの学校でもリーチサイト? とかいうのを使ってる子は結構いるけど……」


 漫画などの創作物をインターネット上で著作権者の許可を得ず公開するサイトは一般に海賊版サイトと呼ばれるが、最近ではそういった海賊版サイトに大量のリンクを張ることで広告収入を得るリーチサイトの続出も社会問題になっていた。


 リーチサイトは海賊版サイトと同等かそれ以上に悪質である一方海賊版サイトそのものではないため中高生も手を出してしまいがちで、私はそこまで多く読まないこともあり正規の手段でしか漫画を読まないが、校内でリーチサイトから漫画を読んでいる生徒はよく見かけていた。


「宝来さんの気持ちは分かるけどさ、アニメの定額配信サイトが月額400円とか1000円だったり、少し前の大作ゲームが2000円で買えたりするこの時代に漫画1冊が400円とか800円はぶっちゃけ高いよ。俺はゲームが趣味だから海賊版の漫画なんて読まないけど、適正な価格っていうのは出版業界も考えるべきなんじゃない?」

「伝治君の言うことも理にかなってますけど、それでも違法なものは違法ですし……うーん……」


 具体的な比較対象を持ち出しつつ口を挟んだ梅畑うめはた伝治でんじ君に対し、宝来さんは十分な反論が思いつかない様子で黙り込んだ。



「そういうことでしたら、ちょうどプロジェクトが進んでいますよ。大手出版社と有名なフリマアプリが協力して始める取り組みで、私も少し関わらせて貰っていまして」

「まひるさん、それタブレット端末ですよね? なるほど、サイト内だけで通用する電子マネーを使って漫画の電子書籍を買える仕組みなんですね……」


 話に加わってきた柔道部員の国靖くにやすまひるさんはプログラミングの心得を活かして企業のプロジェクトにも関与しているらしく、私たちにタブレット端末の画面上の説明図を見せてくれた。


「例えば中学生や高校生が不要になったゲームソフトをフリマアプリに出品し、1000円で売却したとします。この1000円はフリマアプリで何かを買うのにも使えますが、大手出版社の協力により電子書籍を買う場合のみ定価の半額以下に割り引きされるのです。こうすればクレジットカードなどを使えない中高生でも電子書籍を買えますし、漫画1冊を200円や300円で買えるので海賊版対策にもなるという訳です」

「素晴らしいじゃないですか。そうだ、商品の売買だけじゃなくて、仕事の請け負いなどでも利益を得られるようにするのはどうですか? そうすればより利用者が増えて……」


 宝来さんは目を輝かせながら国靖さんと新プロジェクトについて話し込み始め、私は彼女が納得のいく漫画の販売サービスができそうでよかったと思った。



 その翌月……


『有名フリマアプリと大手出版社の提携により鳴り物入りで始まった電子書籍の格安購入サービスですが、開始当初より問題が発生しています。特に売るものがない女子中高生が使用済みのティッシュペーパーや古い衣類を高額で販売して電子書籍を買う事例が続出しており、警視庁はサービスの停止も含めて対応を検討中です』


「えっ、私がおでこを拭いただけのウェットティッシュが500円で売れるの!? すっごーい、これで漫画を読み放題かも」

「朝日さん、そういうのは流石にやめた方がいいと思うよ……」


 ラーメン屋のテレビで流れているニュースを見ながらフリマアプリの出品物を調べて歓喜している朝日あさひ千春ちはるさんに、私は違法行為の根絶の難しさを実感した。



 (続く)

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