第75話 非代替性トークン

 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は(後略)



 ある日の昼休み、高校の中庭を通りがかった私は野ざらしのベンチで2年生の金原かねはら真希まき先輩がカラフルな表紙の本を読んでいるのを見かけた。


「お疲れ様です。先輩、それお菓子作りの本ですか?」

「あら、野掘さん。もうすぐバレンタインデーだから、今年は手作りしてみようかなって考えてるの」

「ということは、プレゼントしたい相手がいらっしゃるんですね? 裏羽田先輩とかですか?」


 金原先輩には現在彼氏がいないはずなのでチョコレートなどを贈る相手は従兄いとこ裏羽田りばた由自ゆうじ先輩ぐらいだろうと思い、私はそう尋ねた。


「由自にもあげるつもりだけど、実は本命の男の子がいるの。宇都木うつぎ君っていう他校の2年生なんだけど……」

「へえー、いいじゃないですか」


 先輩の話によると現在通っている大学受験予備校の同じクラスに気になる他校の男子生徒がいるらしく、普段はあまり話しかけられていないのでこの機会に仲良くなりたいらしい。



「チョコレートは放課後までに融けちゃいそうだから代わりにクッキーを贈りたいんだけど、宇都木君はいつも男子生徒のグループにいて、彼だけにあげると気まずくなりそうだからグループ全員に渡すつもり。ただ、それだと全員義理チョコみたいになるから、本当は宇都木君だけにあげたいんだけどね」

「なるほど……あっ、いいやり方がありますよ。今朝の新聞で読んだNFT非代替性トークンの概念に近いんですけど、ハートマークを2つに分けたような形の2つのクッキーを作って、宇都木さんにあげたクッキーだけ金原先輩の持ってるクッキーとつながるようにするんです。その場でつなげてみせたら受けるんじゃないですか?」

勘合かんごう貿易みたいで面白いわね。よかったら今度私の家で一緒に作ってくれない? お礼にご飯おごるから」

「私もバレンタインデーは誰かにあげますし、お礼はなくていいですよ。ではよろしくお願いします!」


 話が弾んだ勢いで私は金原先輩の自宅で一緒にクッキーを作ることになり、バレンタインデー前日の2月13日は放課後そのまま彼女の自宅を訪れた。



「心配だったけど綺麗にできてよかったわ。味も申し分ないし」

「本当ですね。これで明日宇都木さんにクッキーを渡せますよ」


 夕方19時ぐらいまでかかってクッキーは完成し、私と金原先輩は明日に備えてクッキーを冷蔵庫に保管していた。


「ところで壁のカレンダーに明日は休講って書いてますけど、あれ大丈夫ですか?」

「あああああああああ!! 忘れてたああああ!」


 その日作ったクッキーは友チョコにして、宇都木さんには後日市販品のクッキーを渡したらしい。



 (続く)

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