第3話 社長と幼馴染
化け物退治は、その元締めは公安の管轄だが、俺たちは傭兵会社の下請けとして行なっている。政府主導の方針に、公安が全体の統括と命令と大規模な戦闘や掃討など、末端の俺たちは主に限界集落や小規模な戦闘地域へと配属される。
LAP(Love And Peace)が俺たちの所属する会社の名前だ。で、社長が目の前の、
「おかえりユウ君、お疲れ様ぁん」
身体にしなを作って甘ったるい声を出してるロリババアだ。背がやたら低いのに年増感を隠せない言動の数々、正直苦手だ。
「はいただいまです」
帰投早々、社長自らお出迎えというのは異常のように思えるかもしれないが、我が社では平常運転だ。会社規模が小さいのだ。自転車操業なのだ。
「ユウ君のおかげでまた首の皮一枚繋がりそうだよぉエンエン」
「古城さんも頑張ってましたよ」
「良いのよあいつは」
聞けば社長と古城さんは同じ高校の同級生らしい。起業するにあたりそこら辺で暇そうにしてるやつを適当に捕まえたら古城さんだったそうだ。
「取り敢えず怪我も無さそうで安心したわ」
「電話で既に報告済みじゃないですか」
苦笑すると、
「あんたたち戦士は傷を隠したがるから絶対目視で確認する事にしてるのよ。もし面会を嫌がって寮に直帰したら医療チームが突撃するので覚悟しててね」
アニマも同行するわよ、と付け加える社長の目は本気だ。なんでアニマもついてくるんだよ…
「それはそれは、気をつけます」
「そうして頂戴」
そうして自分の、書類が山積みになったデスクに腰掛けると、紙の山越しから質問が飛んでくる。
「レイとはうまくやれそう?」
「今のところはよくわかりせん。ただ……」
苦手だ、と言おうか迷ってると、
「レイは男嫌いだから苦労するかもねぇ」
同情じみた苦笑が返ってくる。
「ま、なんとかなるわよ」
細かい事は語らず、社長はわからん、と呟いて書類の山を脇のゴミ箱へ全部捨てた。机の上がスッキリしたのはいいが、わからないからって捨てちゃまずいものもあるでしょうに。
「この後は研究棟の方にも寄るんでしょ?」
「はい、アニマ…先輩から立ち寄るようにと言われてますので」
「やれやれ、モテる男は辛いですなぁ」
「そんなんじゃないですよ」
思うに、ここでは命の価値は高いのだ。仲間思いという言い方を出来るが、単純な話、人手が足りなくなったら、無い穴を自分たちで補填しなければならなくなる。自衛の為には、生きてる人間、働ける人間は少しでも多い方が良いのだ。つまり、保身の為の協調。俺にとっては、なんとも気楽な話である。
「最後にハグしてくれない?最近異性がご無沙汰で……」
「セクハラですよ」
腕を広げる社長に、苦笑して背を向ける。しかし、思い立って振り返り、尚も腕を広げたままの社長をそっと抱きしめる。
「……おっ!?」
「何驚いてるんですか……」
催促したのはそっちだろうに。
「いや、本当にしてくれるとは……でへへ照れますなぁ」
無遠慮に背中やケツを撫で回してくる。ため息を溢してから、耳元で囁く。
「社長、いつも僕らのために頑張ってくれてありがとうございます」
「ほにゃっ!?」
「社長のおかげで今の僕らがあるんですから」
「い、いや、それはちょっと大袈裟じゃないかね」
ゴニョゴニョと何か言っているが耳まで真っ赤だ。なんなんだこの人、意外とピュアなのか。優しい言葉に飢えてんのか。
身体を離して緩く敬礼する。
「では僕はもうひと仕事行ってきますので、社長も無理はなさいませんように」
「あ、う、うん……」
くるりと踵を返し、研究棟へ向かう。目指すはアニマが待つ実験室…とは別の。幼馴染がいる武器製作工房の方だ。召喚魔法は便利な代物だが、しかし手入れ無しで無制限に使える代物ではない。定期的なメンテナンスは欠かせない。そして連日戦闘が重なる日もあるから、手入れを出撃の度に行うには限界がある。使用者とは別に、手入れしてくれる助手が必要になってくるのだ。
「おいでませー」
適当に挨拶しながら研究棟内部の武器工房へ足を踏み入れる。炉があったり金床があったりして熱気に包まれている…わけでもなく、ただ飾り気のない白い部屋に無骨な武器の数々が陳列されてるだけ、の部屋だ。
「来たのはおまえじゃいっ」
奥の開発室から顔を出してズビシっと指をさしてくるのは幼馴染のイツキだ。会社専用のユニフォームを真面目に着ているが、そのわがままな胸元だけは素行不良にも飛び出している。この子、専用のユニフォームが必要では?
そのままトトトと駆け寄ってくるとイツキは屈託なく微笑む。
「おかえり」
「ただいま」
微笑みあうと、イツキは見上げて、俺はイツキを見下ろす形になる。イツキはちっちゃいのだ。そういえば社長もちっちゃいが、イツキとどっちがちっちゃいだろう?パッと見、同じくらいに見えるが胸の豊かさでイツキの勝ちだな。いや、別にそこは争ってない。
「ちゃんと修理しといたよー」
「助かる」
イツキは誇らしげに巨剣の収納棚を見る。見上げるほどの剣の形をした鉄の塊、という方が表現として相応しいのではないかと思う。あるいは、巨人の剃刀、なんて表現の方が似合いそうだ。この剣は100%、普通の人間が扱う事を想定されていない。まず持ち手からして巨大すぎるのだ。そして重すぎる。並の人間には到底持ち歩けないし、振り回せない。そんな規格外の武器を扱えるのも、召喚魔法の良いところだ。
「魔力の補充だけはユウが直接やらなきゃなのがネックだよねぇ」
「まぁそうそう使う機会も無いから、この程度の不便は我慢するさ」
武器召喚は基本的に呼び出したら呼び出しっぱなしで、元の場所に自動的に帰るという事は無い。戻す為には物理的に搬送するか、呼び出した時とは逆の術式で魔力を使わなければならない。そして、その魔力が存外膨大なうえ、予め術者の魔力を流し込んでおかないも瞬時には使えない。普通に佩くサイズの剣ならば10回程度、読んだり戻したりする事が出来るが、巨剣は精々、呼んで、返すのが精一杯である。
「今研究班の方で、魔力のバッテリーが開発研究されてるんだってさ。アニマちゃんも関わってるはずだけど、なんか聞いてない?」
イツキの問いに俺は首を横に振る。そういう話は聞いてない。
「だよねー。アニマちゃんそーゆー話するの嫌いだもんねぇ」
「やれやれ仕事の連絡くらいちゃんとして欲しいもんだ」
ため息を溢すと、それは違うよとイツキは指を立てる。
「アニマちゃんは人一倍、他人の気持ちとか心とか、内面を大事にする人だからね」
「……そうなのか?」
それにしては随分と初対面の時からズカズカ踏み込んできたような気がするが。
「戦いに身を置く人が、笑顔を忘れたらヤバいって言ってた」
「……なるほど」
そう言われてみれば思い当たる事はある。彼女はいつも屈託なく笑うし、真面目な話の後は弁えつつもちゃんと愉快な話に軌道修正しようとしてくる。気がする。良い方に考えすぎのような気もするが。
「それで?ユウはこの後用事ある?無いならちょっとここに映画のチケットが……」
「ああ、ごめん。研究棟の方に顔出せって言われてるんだ。だから映画はまた今度な」
「ええー……」
イツキは口を尖らせるが、すぐに仕方ないかと肩を落とした。
「わかった。いってらっしゃい」
「うん。いってきます」
踵を返そうとすると、肩を掴まれた。
「……んっ」
「……ん?」
目を閉じて唇を突き出してくるイツキ。なんだどうした。
「キスしれ」
「……どっかで聞いたセリフだな」
「一回言ってみたかったの。元ネタではこの後キスはしません」
「……じゃあしなくていい?」
「してっ!」
「はいはい」
イツキの小さい身体を優しく抱き寄せ唇を重ねる。短い接吻の後、至近距離で見つめ合ってから再びキスをする。
こういう時、きっと普通の奴は興奮するんだろう。相手の体温とか、唇の感触、溢れる吐息にいちいちドキドキして、柔らかい身体、腰、尻なんかに触れて、あるいは触れられて、多幸感に包まれるんだろう。
別にホモとかじゃないんだけど、俺はこういう時、相手を気持ちよくさせようとするばかりに、逆に頭が冷えてしまう。相手の上気した頰や、体に触れた時の微かな痙攣、身を捩る方向、唇の動き。そういうのをいちいち観察して、神経を尖らせて、より良い状態を模索しようとしてしまう。例えるなら、小道具や調度品の精緻な細工を行なっている時のような感覚だ。女性を花や鳥に例える人は多いが、俺は宝石が1番近いと思う。こうして目の前の女性を最高に美しくするのは、細やかな気遣いと巧みな愛撫なのだから。
「……名残惜しいわ」
「俺もだよ」
少し荒くなった息を落ち着かせるように、イツキは視線を落とした。首にぶら下がるようにして捕まっているから、俺の目の前には彼女の額がある。
いつまでもそうしていそうな気配があったから、俺は優しく手を振り解いた。
「また明日」
「……うん。また明日」
囁くようにお互い言った後、軽く抱擁して別れる。
背を向けてすぐに反省会をした。なんだか今日のイツキの反応はいまいちだったような気がする。なぜだ。社内だからと思って服は脱がせなかったがその事が原因だろうか、しかし着衣の方が興奮するとは言っていたしな……。もしかして胸を触らなかったのがいけないかもしれない。いや、会社でイチャイチャする分には今日くらいのスキンシップが限界だろう。というか既にアウトかもしれない。
などと悩んでる後ろ、去っていく男の姿を見つめながら
「女の匂い……」
と表情を険しくしていたイツキの姿に、俺が気がつく事は無かった。
闇夜の狩人 柊ハク @Yuukiyukiyuki892
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