第2話 戦闘データ収集係
深夜、無愛想な妙齢の女性が操る車の後部座席で二人の男女が会話を繰り広げていた。
「私は如月アニマって言います。エンジニアです。正しくは研究者です。よろしくユウくん」
「あ、はい。よろしくですアニマ先輩」
「もぉやめてよぉ私アニマちゃんって呼ばれたいの。先輩なんて堅苦しいし可愛くないでしょ?だからアニマちゃん。ね?わかった?」
「わ、わかりました、アニマちゃん」
「敬語も禁止」
「いや、それはちょっと…」
僕とアニマが話している中、不意に不機嫌そうなオーラが漂ってきて運転席に目をやる。
「どうかしたの?レイちゃん」
「ちゃん付けするな」
「レイちゅわぁーんどうしたの?なんか怒ってる?」
古城レイは煙草を大きく吸い込み、たっぷり溜めてからプハーと吐いた。
「私は先輩呼びされなかった」
「…えっと」
僕が悪いんだろうか。確かに初対面の時先輩呼びしなかったけど、あの時は「さん付けで呼べ」と本人が言ったはずだ。
「今からでも古城先輩とお呼びした方が良いですか?」
「いい」
短く拒絶の言葉を口にすると、それきり黙ってしまう。
「もぉーレイちゅわぁんは硬いよねぇ、ミスハードハートだよねぇ、もしかして身体も鉄で出来てるんじゃないの?ほら、上腕のこの硬さ!女子にあるまじき〜!!でもでも、そこがレイちゅわぁんの魅力でもあるよねぇ」
アニマはお喋りだ。苦手なタイプである。それは古城さんも同じようで、何度も話しかけてくるアニマに煙草の煙を吹きかけた。くっさー、と文句を言いつつアニマはちょこんと席に戻る。
「アニマせんぱ…アニマちゃんは今回どうして同行してくださるんですか?」
ブリーフィングで確認してる内容だが、再度問う。雑談は分かりきってる事でも積極的に聞くべし。これは僕の格言だ。
「戦闘データの収集と、新人教育プランの策定のためにぃ、っていう建前」
「建前?」
おや、なんか聞いてた話と違うぞ。
「ねぇユウくん。知ってる?今この部隊って男の子がユウくんしかいないのよ。ユウくんだけ。戦闘員はレイちゅわぁんとユウくんの2人きり。男女が密室で二人きり。なにも起こらないはずないじゃない?」
「いや、なにも起こるわけないじゃないですか」
呆れて言葉を返す。片やロリコン、片やノーマルだ。ババ専でもない僕がなぜわざわざ年上のロリコンを落とさねばならないのか。
「まぁ確かにぃ、レイちゅわぁんは陥落しなさそうな無敵城感はあるんだけどぉ、新人君がどんな子かはわからないじゃない?」
「まぁ、それは確かに」
「だからそれの確認と、唾付けとこうと思って」
「明け透けに言うんですね」
苦笑するとアニマは悪びれずに言う。
「だってその方がお得だもん。徐々に好きあってく恋愛に興味がないわけじゃないけど、こんな仕事してたらまともに恋愛できないし、いざ恋愛しても戦闘員が彼氏だったらある日ぽっくり逝っちゃったりするんだもん。気になる子は片っ端から声かけて関係を持つの。私はいつでもウェルカムなんだよぉ」
「そうですか」
「特にユウくんはもう私のお気に入りだから!」
「…そうですか」
露骨に愛想笑いを浮かべると、それまで胸を強調するように身を乗り出していたアニマはサッと身を引いた。
「…だからね、簡単に死んじゃダメだよ」
「…はい」
急に神妙な声音で言われ、戸惑ってしまった。古城さんは確か過去5年以内に7人の同僚を失っている。その中の誰かが、アニマの恋人だった事もあるのかもしれない。と、そんな事が思い浮かんだ。
「ま、安心しなさいって。私がしばらくはちゃんとデータを積んで適切な訓練メニューを構築するんだから!強い敵はレイちゅわぁんが全部片付けてくれるし大丈夫大丈夫」
殊更明るく言うと、足をバタバタしながら話題を変える。
「ねーユウくんの好きなものはなにー?」
アニマの雑談は俺が僕の好きな食べ物に始まり毎日のルーティンや趣味、得意な事から能力に至るまで、目的地に到着するまで続いた。
廃村、かどうかは見た瞬間にある程度察しがついた。破壊された家屋、人家から引き摺り出されたような血の跡。前回と変わらない、凄惨な現場だ。そんな中を、まるで無警戒にアニマはてこてこ歩く。
「ちょ、先輩、危ないですよ」
「アニマちゃん」
「…アニマちゃん、先行しないでください。危ないです」
「大丈夫大丈夫♪」
先輩と呼ぶなとジト目で睨む以外は能天気にニコニコしながら、アニマはサッサと歩いていってしまう。
「…良いんですか?」
「問題ない」
古城さんは一言、諦めたように言うと、アニマの後を追ってゆっくりと歩き出した。僕もそれに追従する。
「彼女、お喋りですね」
「…そうだな」
「古城さんは苦手そうですね」
「…ああ」
あれ?もしかして機嫌悪い?と顔色を伺うと、平然とした様子だ。返答がおざなりなのはデフォルトなんですかね?
「おまえは苦手じゃないのか?」
と思ったら質問が飛んできた。珍しい。
「えっ、と、今のところ苦手かなぁと思います。でも、訳あってのことかもしれませんし」
「そうだな」
短く返答すると、古城さんはそれきり黙る。僕も特に適当な話題も思いつかなかったので喋らなかった。
「おーい居たよぉ」
目の前で手にしたカンテラをブンブン振る少女の姿があった。なんでこの人は化け物のいる現場でこうも快活なのか。
「じゃ、データ取るから、あとよろしくね」
スチャリ、とどこからかカメラを取り出して録画ボタンを押す。ハンドサイズの小型カメラだが、その性能は赤外線を捉えたり熱源や音波を捉えたりと様々らしい。近年の技術力の粋を結集させているとかいないとか。そんなもんあってなにに使うんですか、とは言わない。索敵に使ってた様子は無かったけど、色々用途があるんだろう。たぶん。
今回は古城さん監督の元、僕が化け物たちを相手取る。数は3体。少数だ。とりあえず拳銃を呼び出して構える。1体をヘッドショット。近接してきた1体を呼び出した短刀ですれ違い様に斬りつけ、残る1体に今度は大剣を叩きつける。自分の能力を見てもらうには十分な戦いだっただろう。召喚した拳銃と短刀、大剣を消滅させると、アニマがてこてこ駆け寄ってきて朗らかに言う。
「すごいね!とっても頼もしいよ!召喚魔法にはこんな使い方もあったんだね!感心だよ感心」
「あはは、ありがとうございます」
ぴょこぴょこ飛び跳ねるアニマの背後で、古城さんは腕を組みつつ言った。
「召喚から攻撃までのラグの少なさ、見事だ」
「あ、ありがとうございます」
褒められると思ってなかったのですこしたじろいでしまう。絶対ダメ出しされると思ってた。
「おやおやぁ〜レイちゅわぁん今日はご機嫌ですな〜?どうしてどうして?ユウくんが有能だってわかったから?それとも私が一緒だから〜?」
「うるさい離れろ。あとレイちゅわぁんと呼ぶな」
ダル絡みしてくるアニマを心底鬱陶しそうに相手取る。その表情は嫌悪感で歪められていたが、僕がそこに抱く感情は着任事とは違い、やや好意的なものになっていた。
「(ちゃんと褒めてくれるんだ…)」
僕はにやけるのを自覚して、慌てて頬の筋肉から力を抜いた。スッと真顔に戻る。頬を触って表情が戻った事を確かめると、僕は二人は促した。
「さあ、後処理して帰りましょ、う?」
背後に気配を感じて咄嗟に巨剣を召喚する。人が持てる大きさでも重さでもない。単にガード用に存在する3メートル程の鉄塊。それを呼び出すと同時に鈍い金属音がなる。巨剣はビクともしないが、音は凄まじいものだった。
「どうやら、デカいのが1匹、隠れていたようですね」
振り返り、見上げると、真っ黒の化け物が憎々しげにこちらを睨みつけている。赤い目玉は殺意に漲り、手にした棍棒で殴り殺さんとしてくる。
退避行動に移った僕と古城さん、だが反対にアニマは赤目の方へと飛び出す。
「せ、先輩…!?」
声をかけるも、時すでに遅し。アニマに向かって横薙ぎに繰り出された棍棒は彼女の身体をとらえ…
なかった。彼女はなんでもないような動作でしゃがむと、それから繰り出されるありとあらゆる棍棒の殴打攻撃をすべて華麗に回避した。カメラを構えながら。素晴らしい回避能力だった。
「す、すごい…」
「…」
素直に感嘆の言葉を吐く僕とは対照的に、古城さんは不愉快そうに煙草を燻らせていた。そしてチラとこちらを睥睨すると、短く言う。
「あれもおまえ一人でやれ」
「えっ」
「できるだろ?」
「…はい」
どうやらデカいのも僕の仕事らしい。古城さんがやれば簡単だろうに。しかし仕方ない。戦闘データの収集が目的なんだし、デカいの相手に戦えるか否かの判断基準となるデータも大事なのだろう。
サブマシンガンを取り出して、アニマに当たらないように化け物を狙う。が、避けるまでもなく、アニマの方がこちらの臨戦態勢に気がついて化け物と距離を開けた。
乱射。
主に頭部目掛けて弾を撃ち込む。硬質な音がして、何弾かは弾かれているようだ。だが、化け物は微かに悲鳴をあげて頭を片腕で隠す。有効だ。だが決定打に欠ける。
動きの止まった化け物に今度は巨剣を叩きつける。勿論持てないので、その化け物の頭上に召喚する。やや訓練が必要なのだが、召喚の瞬間に叩きつけるように腕を振る事で巨剣もその動きに追従して加速する。バン、と軽い地鳴りがして、化け物は沈黙した。
「素晴らしい働きだったねぇ」
後部座席で、アニマはしきりにカメラ内の動画を見ながらキャッキャと騒いでいる。本当は助手席に座りたかったのだが、後ろに座りなさいと怖い笑顔を向けられたので泣く泣くだ。そんな先輩は今僕の膝枕に大変ご満悦の様子なのだ。
「あの、勘弁してもらえませんか」
「ダメです。非戦闘員の私を巻き込んだのでこれは罰なのです」
「そうか、罰じゃ仕方ないな」
珍しくアニマの意見に古城さんが同調した。いや、マジで勘弁してくれないか。そもそも巻き込んだというより進んで巻き込まれにいっただろうこの人は。
「レイちゃんも!後で一緒にお風呂に入る事!」
「やなこった」
ズビシィと擬音を立てて指差されながらも古城さんは峻拒した。なぜ彼女には拒否権があって僕にはないんだ。後輩だからかそうなのか。
「それで、アニマちゃん、今日のデータは役に立ちそですか?」
「うーんまぁ役に立つとは思うよ。でもねぇ、ユウくんってば割と戦闘スタイル確立してるからこっちから口出しする事なんてあんまり…、ああああ!」
「な、なんですか?」
飛び起きてまじまじと顔を睨みつけてくるアニマにたじろぐ。なんなんだ一体。
「デカいのが出た時先輩呼びしたでしょ?」
「え?」
「緊急の時でもアニマちゃんって呼ばなきゃダメでしょ!」
「え?は?言いましたっけ?」
すっとぼける。確かに先輩呼びした。どうにかお茶を濁されてくれないか。
「言ったよー!確かにこの耳で聞いたもの。よってユウくんには罰を追加です!休日私のデートに付き合う事。わかった?」
「…それはパワハラというやつですか?」
「…‼︎」
図星だったのか絶句した。珍しく笑顔以外の表情を浮かべている。
「罰じゃないなら同伴してもいいです」
「…そ、そうか、そうよね。では罰は別にしてデートしようそうしよう」
「いや、罰は無くして欲しいんですけど…」
僕の主張を聞いてか聞かずか、大腿の上に再び置かれた頭は機嫌よくグリグリと動いた。小動物チックなものを感じる…
「そういえばコハルちゃん、やっぱり魔眼持ちだって」
何気ない感じでアニマが呟いた瞬間、車が大きく揺れた。古城さんが、慌てて車を制御する。どうやら運転中に動揺させるのはNGらしい。今ので頭打ったぞこの野郎…
「やっぱり、か…」
なにか諦めたような表情で、古城さんは言う。バックミラー越しに目が合い、睨まれて視線を外す。
化け物に襲われた村で生き残る条件、それは大抵特殊能力が関わっている。コハルちゃんもその例に漏れず特殊能力持ちだったのだ。それも、目に関する能力。瞳術の類はこの世界では希少かつ強力だと相場が決まっている。遅かれ早かれ、彼女は戦線に駆り出される事になるのだろう。きっと古城さんは、まだ未来ある無垢な子供を、戦闘用に育てる事を憂慮してるのだ。あるいは、もっと違う、ろくでもない事を考えてる可能性もないではないが。
ふと、アニマが起き上がって、古城さんに抱きついた。
「大丈夫だよ、レイちゃん。あの子は大丈夫」
呆気に取られていると、やや沈黙があって、声が返ってきた。
「うるさい。離れろ」
いつもの、他者を遠ざけんとする語調。しかしその声は震え、直後に鼻を啜った。え?この人泣いてんの?と思わずバックミラーを見そうになり…
「見るな!!」
怒鳴られて俯いた。こ、怖い…こんな大きな声出せるんだこの人…大きい声の人、苦手ですぅ…後部座席の隅で縮こまる。
それからしばらく、アニマが大丈夫と繰り返しながら、古城さんの頭を撫でていた。
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