16日目「慣れるという恐怖」

「時に紗奈ちゃん、今日はやけに蒸し暑いね」

 放課後、急に紫音さんに呼ばれてパソコン室に連れてこられたアタシは、彼女の隣の席に座って何をするでもなくその話を聞いていた。これでくだらない用だったり面倒臭い用だったりしたらすぐに帰ろうと、カバンを抱えているわけだが、一体何のつもりか。

「あれ、もしかして私、警戒されてる?」

 アタシの態度に紫音さんは首を傾げながら問いかける。むしろ自覚していなかったことが驚きなのだが。アタシは恐る恐る頷く。

「そんな、どこにそんな要素があったというのさ。今日だってせっかく涼めるようにこの部屋を取ったのに」

 紫音さんは項垂れながらエアコンのスイッチを押しに席を立つそんな配慮をするくらいならいっそ帰らせて欲しいのだが、ついてきてしまったアタシの負けだと諦めよう。

「それで、何の用ですか」

 このまま話が進まないと帰れないかもしれないので、さっさと本題に入ってもらう。じゃないと美咲にも申し訳ないし。あいつ、アタシがどんなに残っていても待っているから迂闊に居残りとかできないんだよな。

「いやいや、深い用はないんだけど、最近どうしてるかなって。その調子だと、だいぶ慣れたみたいだけど」

 紫音さんの言葉に、アタシは今の自分をちょっとだけ自覚する。いつの間にか、今の世界に違和感も不信感も忘れてしまって、それなりに満喫してしまっていた。慣れというのは、なんと恐ろしいものだろうか。

「私は、この世界に未来がちゃんと残されているなら、このままでもいいと思ってるんだけど」

 紫音さんはアタシの方を見ては値踏みするように話す。未来があれば、このままでもいい。それは、ある意味真理かもしれない。人類が行き詰まらなければ、いたはずの男たちには悪いがこのままでも問題はないのだ。

 でも、だからといってアタシはそれを諦める理由にはしたくない。すっかり慣れてしまった後でいうのは嘘くさいが、アタシはノンケでこの世界はおかしいとおもっているのだ。だから、このままでは良くないと思う。

「どうにかできる方法があるなら、とっくにやってますよ」

 そう、だからと言ってただの女子高生にできることなんてないのだ。言い訳くさくても、だから慣れるしかなかったと、言わざるを得ない。

「それを、探してみないかい?」

 アタシが不貞腐れたように放った言葉に、紫音さんは答えた。それが、どんなにその場限りの妄言だったとしても、その時のアタシには魅力的に聞こえたのだから、不思議だ。

「まだ、世界はちゃんと回ってる。狂う前に、見つけられるといいけどね」

 そう言うと紫音さんはぺろっと舌を出す。まったく、照れ屋なんだかお茶目なんだか。とにかく、どこかで頼りにすべき仲間なのかもしれないと、アタシは彼女の評価を改める。


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