10日目「見知らぬ電話番号」
「ただいま」
「あ、おかえり。そうそう、それでね——」
家に帰ると、母さんは誰かと電話していた。とても楽しそうというか、頬を赤らめて嬉しそうだ。こんな顔をしている母さんの姿を、アタシはそうそう見ることがない。そう、その顔は、父さんと一緒にいる時の顔だ。
「母さん、誰と電話してんの」
それを理解した途端、アタシは荷物をそこらへんに放り出して母さんの元へ飛んでいく。想定外の反応だったのだろう、母さんは驚きのあまりスマホを落としてしまう。脅かさないでと怒る母さんをよそに、アタシはその電話を拾って自分の耳に当ててみる。
「誰、ですか」
少なくとも、仕事相手のような公的な人ではないはずだと、アタシは割り切って話しかけてみる。そして、案の定そうだったようで、向こうの人は社会の場での話し方というやつをせず、アタシに言葉を返す。
『お、紗奈だ。母さんだぞ〜』
気さくな声に、アタシは不信感を募らせるばかりであった。母さんって、母さんはここにいるっていうのに。
『え、無視? もう、単身赴任中だからって忘れられるのは悲しいね。では自己紹介を、私は長尾遥。瑞樹の嫁であんたの産ませの母だ』
産ませの母、要はそういうことなのだろう。遥さんによって瑞樹、本当の母さんがアタシを身ごもって、遥さんが働きながらアタシたちを支えていると。しかし、全く知らない人だ、聞いたこともない。もう少し身近な世界で完結していると思ったのだが、男が消えた影響で繋がる縁もあるらしい。
「遥さんは、今どこで何をしてるんですか」
興味なのか、行き場のない憤りなのか、それとも不安感なのか、よくわからない感情を渦巻かせながら遥さんとの話を続ける。
『私は今、遠い遠いお米の国で精神疾患の研究に勤しんでおりますとも。あれ、聞いてなかった?』
お米の国、わざわざ回りくどく言うってことは、日本じゃない。アメリカか。国際電話とか料金が高そうだ。なんて呑気に考えている場合ではない。予想以上に世界が広すぎる。なんの縁で母さんと結ばれているんだこの人は。なんだか頭が痛くなってきた。
「全く聞き覚えがないし、ちょっと想像つかないかな。まあいいや、がんばってね」
最低限の娘らしさを装いながら、そう言ってスマホを母さんに返す。長尾遥、覚えておこうとは思うけど、それでどうにかなるんだろうか。少なくとも、男が消えた一件はどうしようもなさそうだし、解決したら下で関係が消えてしまう。覚えておくことに、意味があるのだろうか。
もう一人の母に、アタシは複雑な思いを募らせた。
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