9日目「ちょっと疲れてきた」
昨日は散々だった。ろくでもない先輩にセクハラをされてしまったし、あの人は正直共通の理解者でこそあっても仲間とは言いたくない。そう思ってしまうくらいにはめんどくさい人だった。結局、骨折り損のなんとやらと言うか、疲れただけである。
「あ、この間の。なんだかお疲れ気味だね」
ため息をつきながらお昼を食べに屋上に逃げ込むと、先週出会ったあの少女、明日花先輩が居た。四時間目が終わってすぐに逃げ込んだのに、どうしてこの人が先にここにいるのだろう。
「お察しの通り、私はサボっていたのでした」
なんとも思っていないように軽口を叩きながら、飛鳥先輩は優雅に昼食を食べている。うちの学校、まともな先輩がいないのだろうか。昨日の紫音先輩といい、なんだか変な人ばかりだ。それとも、アタシに女難の相でも出ているのだろうか。なんにせよ、自分の学校が心配になってくる。
「いつも、一人なんですか」
何も話さないのも気まずいので、弁当に手をつけながら適当な話題を振る。あまりに適当すぎて森が理想にもないけど、そんなことはこの際いいとして。
「そうだね、このところずっとそんな感じ」
賑やかな方が好きなんだけどね、と加えながら、明日花先輩は弁当をつまむ。どこかもの寂しげな顔をしていて、アタシはふと思う。元の世界の記憶がない人々にとって、それまでの関係はどのように感じられるんだろう。もし、明日花先輩に大事な人が、友人がいたとしたら、そんな人との記憶が失われても、感じられるものがあるのではないか。なんて、思うのである。
「だから、紗奈ちゃんといると、ちょっと楽しいかな」
明日花先輩はそう言ってアタシに微笑みかける。一人じゃなくなった、私が、彼女の空白を埋めたのだとしたら。そう思うと、悪い気はしない。
「なら、よかったですけど」
でも、それで本当にいいのだろうか。アタシが満たした空白は、確かに存在したはずの男の人の場所で。私がそこにいるのは、間違いなんじゃないかとも、思うのである。
「なんか悩んでるの?」
明日花先輩は弁当を食べ終えると、アタシの隣に座って問いかける。悩んでるといえば、悩んでるけど。だからと言って、話せば解決するわけでもないし、むしろアタシが変な子だと思われるだけだ。だから、アタシは何も言わずに黙り込む。
「うーん、まあ無理に言うことはないか。その気になったらでいいからね」
そう言って明日花先輩は立ち上がり、伸びをする。午後の授業は出るのだろうか。
「わかりました。えと、ありがとうございます」
明日花先輩は変な人だけど、とてもいい人だ。
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