第5話 ダレモイナイ 第5夜

かなり歩いたが病院に着いた。

車なり公共交通機関があればあっという間だったんだろうに、足が痛い。


なんか飲み物が欲しい。ふと、思った。


病院が近づくにつれ、周りとの違いがはっきりしてくる。

電気が昼間のように周囲を照らしていた。


病院内にも電気が昼間のように明るく照らしていた。そして、数人の人が動いていた。


……入るべきかな?


どうしようかと中を伺いつつうろうろしていたら中から声をかけられた。


「先生、どうしました?入らないんですか?」


サエコによく似た女性が言う。自分以外誰かいるのかと周りを見る。いや、自分しかいないのはわかってはいた。いたが、先生?


「あ、先生。お帰りなさい」


更に何人かが声をかけながら近づいてくる。皆がみな、自分に対して先生と呼んでいる。親しみを込めて、『先生』と。


改めて今更ながらに気づくのだが自分に対する記憶がすっぽり抜け落ちている。

自分に対する記憶がない。どこの誰なのか全くわからない。いや、ココは夢の中なんだ。



「先生、お疲れでしょ。こちらへ」


サエコによく似た女性に案内されスタッフルームに通された。コーヒーと軽い食事が出される。コーヒーは苦くもなく甘くもなく好みの味、だった。


「本当は昼間の時間なんですがいつまでも夜のように暗いでしょ?街には誰もいないし、今までは凄く不安だったのではないですか?」


まずは食べてください、話はそれからでも、と女性は笑ってトレイをグイっと押し出す。言われて、自分が空腹だと気付いた。夢の中でもお腹はすくんだな、とぼんやり考えながらトーストを口にする。


「名前を教えてもらえないでしょうか」


食事をしながら前の女性に声をかける。

コップの飲み物を一気にあおって


「分かりませんか?」


と聞き返す。顔は笑っているが何故か背筋が冷たくなる。


「貴方はムラオカカズヒコ。私はヤマノサエコ、貴方の助手です。先生」


トーストを食べ終えてコーヒーを飲んでいるところだった。あやうく吹き出しそうになった。ヤマノサエコ?同じ名前じゃないか!同じ顔の女性が同じ名前。夢の中だから、か?いや、それなら俺のはどうなるんだ?向こうっていうか、現実の方はムラタヒロシだぞ。しかも普通のヒラリーマンだし。あわねえよ。


グダグタ考えていて、ふと前をみたらサエコと目があった。相変わらず優しい笑顔でコチラをみている。


「お腹も落ち着いたようですので詳しい説明をしたいと思います。先生、キレイサッパリお忘れのようですので」


サエコは咳払いを1つ。コップの中身をきれいにあけてから


「先に1点だけ。こちら側が現実です」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る