第22話 猪口さんがやって来た
東京。
警視庁。
第一取調室。
猪口はコンクリート打ちっ放しの寒々しい部屋で、賄賂事件の容疑者の取り調べをしていた。
「……ですから、私は自分の意志で企業からの融資を……」
熱心に動機を話す容疑者。
――何で自供した犯人の話を聞かなきゃいけないんだろう?
昨日、孫が体調を崩し家族総出で看病して猪口は眠かった。
幸い、一回嘔吐して胃の中身を出すと薬も効いて今日が明日になるころにはだいぶ落ち着いた。
「
と息子の嫁に言われたが心配で眠れなかった。
今日は確か孫は幼稚園を休んだはずだ。
――まあ、空気は悪いわなぁ
猪口は相手を見ながら脳は別のことを考えていた。
細い目がさらに細くなる。
眠い。
気を抜くと首が下がる。
「……分かってくださいますか?」
容疑者は勝手に猪口の居眠りを相槌や頷きだと勘違いしている。
脳が痛い。
脳の酸素不足。
と、耳障りな音がした。
目の前に蠅が飛んでいる。
文字通り、
ロクに酸素を与えられなかった脳みそはもう、夢と現実の境目が薄くなっていた。
蠅を追っ払いたい。
できれば、叩き潰したい。
そのチャンスはすぐにやって来た。
ある所に蠅が止まった。
猪口は素早く手で叩いた。
激しい衝撃音がした。
手のひらに叩き潰された蠅の死骸を見た。
その時、ようやく、猪口の脳に現実が現れた。
ひっくり返った机とパイプ椅子。
床に転がり赤くなった頬をかばう容疑者。
猪口の発した言葉は一つ。
「あ」
――やっちゃった?
だが、その後の展開は予想外であった。
「申し訳ありません、俺は……有名政治家の依頼で詐欺まがいの融資話を企業に……」
ドアが開き、多くの刑事や警察官が入ってきた。
だが、容疑者は猪口を見て言った。
「ありがとう。あなたは正義と真実のために自らを省みず私の罪を吐き出させた」
「んなわけないじゃん!」
数か月後。
庭先の桜の木に桜がちらちら咲き始めた頃。
平野平家の居間で秋水は最近ハマったアイスコーヒーを飲んだ。
立て替えて時間が過ぎていないのか、い草の匂いが気持ちいい。
「だろう?」
猪口も他人事のように頷き出されたアイスコーヒーを飲む。
「警察は正義のためにあるわけじゃない。あくまでも法に則っているかがミソなんだよなぁ」
「でも、よく
猪口と対面する形で座る正行は、母が作って送ってくれた不格好なクッキーをモリモリ食べていた。
「ポーとの一件があったからねぇ。まあ、相殺じゃないの?」
「まあ、孫もここの空気は体にいいみたい……最近はよく近所の子供と遊ぶよ」
猪口は嬉しそうに笑う。
「ここで手柄を立てて一気に頂点を目指す」
「楽しみにしていますよ、主殿」
秋水もクスクス笑う。
と、一気に猪口はダレた。
「でもさぁ、そうなるとやっぱり手ごまが欲しいなあ……秋水君、誰か適当に強くて物わかりのいい人知らなーい?」
「俺たちじゃなダメなんですか?」
正行が不服そうに口を曲げる。
「駄目だとは言ってない。むしろ、君たちは大事な戦力。でも、足りてないじゃん、人がさぁ……」
猪口の愚痴は止まらない。
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