第21話 求める手
「……だからね、俺は『手』が欲しいのさ」
「そうですか……」
「君、俺がこんなに話しているのに
ここは市内の某コーヒーチェーンのカフェエリア。
夕暮れ時。
パソコンで作業するサラリーマン、おしゃべりをする学校帰りの学生、黙々と読書をする老人……
様々な人が思い思いの時間を過ごす。
その端に、石動肇と猪口直衛はいた。
お互いを隔てるテーブルの上には食べかけのドーナッツと、石動はホット、猪口にはアイスのコーヒーが置かれていた。
熱心に語る猪口の前で石動はぼんやり窓の外を見ていた。
そろそろ、寒さのピークを越えたがまだまだ寒い日は続く。
木々を見れば、木枯らしが舞う。
――学校が春休みになったら気分転換にナターシャと子供たちを連れて近場をドライブするかな?
そんなことを思う。
「……だからね……正直に言う。俺は石動君を自分の部下にしたい」
この言葉に石動はわずかに猪口へ顔を向ける。
「俺は公僕になるような人間じゃなぁ無いですよ」
「何も公務員になれとは言ってないさ。俺の依頼を受けて解決してくれ」
「それは今でもやっているでしょう?」
「秋水君経由でね。俺は『日本の大掃除』をしたい。そのためには、自分の手ごまが必要だ。確かに秋水君は俺の無理難題を君と正行君を巻き込んでチームで解決する。それも、死者を出さずに……これは凄いことだ」
「その分、悲劇も生んでいますが……」
石動は眉を寄せる。
「それはしょうがないさ。物事はうまくいかない……」
と、猪口はにんまり笑った。
「そうだ、石動君……ナターシャさんと赤ちゃん元気?」
その言葉に石動は立ち上がった。
今までの余裕は吹き飛んだ。
突然のことに客やスタッフの数人が見る。
そんなの気にしない。
まるで、禁忌に触れられたように石動の肩は怒りと恐怖で震えていた。
今度は逆に猪口が余裕だった。
「いいんだよ、断っても……でも、『遠い親戚』である俺が全部バラしたら……」
アイスコーヒーを飲み、ドーナッツを食べる猪口。
「やめ……」
怒鳴ろうとした瞬間。
「はぁい、店の中で大きな声ださなぁい」
と、大きく温かい手が石動の肩を叩いた。
「!?」
いつの間にか、猪口の後ろに大男がマイタンブラー片手に立っていた。
「おやっさん」
「秋水君!?」
秋水は猪口の席をテーブルから離す。
そして、親が子供を抱きかかえるように猪口の両脇を持って自分と同じ視線になるように持ち上げた。
店内からどよめきが起こる。
流石に人間、地上から足が離れれば不安になる。
何より猪口を恐怖に青ざめさせたのは秋水の目だった。
普段の明るい陽気な目ではない。
人を殺すことに
「猪口さん」
その声は地獄から聞こえるような低さだった。
「多少は目をつぶります。でも、俺とあなたの約束を忘れないでください」
「……分かった」
ゆっくり席に戻す。
椅子にもどった猪口は急いで残りのコーヒーとドーナッツを食べると「じゃあ、後で」と店から足早に出た。
「あの……おやっさん……」
「なぁに、あの人だって本当に本気で言ったわけじゃない。猫がじゃれる感じだよ。ま、ちょっと噛み過ぎて『めっ!』って叱った感じ」
そう言いながら、今度は秋水が石動の前に座った。
黒のスリーピースの自分に対して目の前の秋水は寒い中、相も変わらずアロハシャツに短パン、今日はビーチサンダルという見ているほうが寒く感じる服装だ。
猪口は普通のスーツだったので余計非常識さが際立つ。
だから、怖かった。
猪口を見た時の目に石動は秋水が人を
「どっした?……ああ、これアイスモカに蜂蜜とアーモンドミルクを『これでもか!』と入れたんだ」
かなり甘そうだ。
それをうまそうに秋水はストローから楽しそうに啜る。
いつもの明るく優しい秋水だ。
店内もいつも通り。
個々が個々の時間を楽しんでいる。
「……あの、おやっさん」
「大丈夫だって……本当に石動クンを脅してきたら、ボクに言いな。そうしたら、こうするから……」
そういうと秋水は手刀を作り軽くトントンと首を叩いた。
笑っているが、こういう時の秋水こそ本気の時だ。
石動は、先ほどまであれほど怒っていた相手なのに、今度は猪口が心配になった。
「それに一緒に献血、したんだろ?」
驚いた。
「何で知っているんです?」
「だって、俺、奥のほうで成分献血でいたんだよ」
「! ……」
「だから、こうしてコーヒーとドーナッツのタダ券、もらえたんだろ?」
「はい……」
偶然なのか、何処から聞きつけたのか、石動は時々献血をする。
簡単な健康チェックのためだ。
今のところ異常はない。
「まぁ、さぁ……猪口さんも色々な事件に追われているから裏でも顔の通じる人間が欲しいんだろうよ。考えれば、同情の余地はあるな……」
「そういう人、いないんですか? 毎回、ああだと……」
「大丈夫だと思うよ……」
秋水は言った。
「ふぇっくしゅん!」
ポー・ストークスマンは石動たちがコーヒーを飲んでいる上の本屋で近隣の地図を買うため本屋に来ていた。
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