第14話 夢で会いましょう その2

 平野平春平は巨大バスターミナルのような場所のベンチでぼんやりしていた。

 多くの人がいる。

 ただ、共通しているところもある。

 みんな白い着物を着て天冠をしている。

 子供もいれば、老人もいる。

 男もいれば女もいる。

 四十九日を迎え、自分の死を受け入れた者たちはここから地獄やら天国やら極楽に行くことを告げられ、そこに行く。

――まあ、俺なんざ、煉獄行だろうなぁ

 喪服姿のスタッフがアナウンスやら子供たちの世話を焼く姿を懐手で眺めながら手首を数回回す。

 すると、煙草に火のついた煙管を持っていた。

 死ぬと色々なことができる。

 ただ、現世や生きている者に関わることはできない。

 ぷかり、ぷかりと煙草を吹かす。

 ここでは、やれ副流煙だの禁煙ブームだの口うるさい輩はない。

「ご老体」

 横を見ると意外な人物が座っていた。

 傭兵だった息子が世話になった、通称『暗闇の蝶』だ。

 本名は知らない。

 向こうも知らないはずだ。

 まして、夢の話なのだから忘れられて当たり前。

 なのに、横の男は自分の居場所に来た。

「お久しぶりです」

「お。おう……ってどうして、ここにいる? ここは死んだ……」

 彼は、周りに見えないようにこっそりブラウスのボタンをはずし左胸を見せた。

 銃弾の跡があった。

「うちの息子関係か?」

 煙管を消して傷を見る。

 心臓を直撃せず致命傷ではないが痕にはなるだろう。

「いえ、あなたの弟子……いや、息子さんの弟子に撃たれました」

「息子の弟子……石動君か⁉」

 これにも驚いた。

 師匠の秋水自身、石動肇に暗殺技を教えようと思ったことがある。

 だが、石動は固辞した。

 代わりに護身術を徹底的に教え込んだこともある。

 どうも、『殺し』に対しての嫌悪感があるらしい。

 裏社会の人間なら持つべき拳銃すら嫌悪していた。

 そのことを秋水は心配していた。

 だから、驚いた。

「当然の、私が望んだ結末です」

『暗闇の蝶』は自嘲気味に笑った。

「しかし、その様子だと君はまだ、こちらに来ることは無いだろう?」

「ええ……」

 裏社会最高の狙撃能力を有する男は毛のない頭を抱えた。

「私は死にたい。死ねば妻に会える。会いたい。そこが地獄でもいい……このさい、あなたに代わって私が死ねば……」

「だったら、なおのこと、現世で生きなさい」

 苦悶する男に春平は告げた。

 ある意味、残酷な言い方だった。

 男のとび色の目から何粒も涙が溢れた。

「君の奥さんのことは知らない。でも、俺は君に言った『後悔しないように』。その選択は後悔はないかい?」

「そんなもの、俺には……」

「君は妻だけしかいなかったかい?」

「!?」

――パパ

 娘がいた。

 小さい、小さい、抱きかかえるほど小さい娘。

 忘れたわけではない。

 でも、どこかで幸せに暮らしているはずだ。

 自分のことをとっくの昔に忘れて……

 男の中に様々な思いが渦巻く。

「……それが生きている証だ」

 春平は男の背中を軽く叩いた。

 その瞬間、男は消えた。

 アナウンスが響く。

「星ノ宮市平野平春平様。第一案内所へ来てください」

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