第13話 夢で会いましょう
フィンランド北部の地方都市。
ポー・ストークスマンは表向きの司書の仕事を定時で終えて公共交通機関を使い家に戻った。
整理整頓された、いささか生活感のない部屋に戻りポーは手早く就寝の儀式をしてベットに入った。
ポーは豪華絢爛なラウンジでチョコレートケーキを一人で食べていた。
華美な装飾に対して、ここには誰もいない。
客はもちろん、ボーイも受け付けもいない。
恐ろしいまでの静寂がポーを包んでいた。
その中でポーはチョコレートケーキを丁寧に食べていた。
不意に香ばしい匂いがした。
目の前に武骨な湯飲みが置かれていた。
湯気が出ている。
中を覗いてちょっと驚いた。
湯呑に入っているのは緑茶でもなければ抹茶でもない。
茶色い液体から湯気が出ている。
湯呑に触れると熱い。
火傷に気を付けながら啜ってみる。
驚いた。
甘ったるくなっていた舌にほろ苦く香ばしい茶が清めてくれる。
前を見ると、対座する形で見慣れぬ老人が自分と同じようにスーツを着ていた。
少し、大きいようだ。
「よう、俺の淹れたほうじ茶を気に入ってくれたようだね」
「ほうじ茶というか……」
ポーは少しずつ飲み、飲み終えた。
「あなたは?」
老人に問う。
「なぁに、夢の中の話だ。起きれば忘れちまうよ」
真面目なポーに対して老人はけらけら笑った。
「ただ、まあ、息子が昔、君に世話になったからご挨拶にね」
記憶を探る。
ポーの脳裏に一人の日本人が思い浮かんだ。
「霧の巨人……の尊父ですか?」
「尊父って言うほどえらかぁねぇな」
「『ご挨拶』とは何でしょう?」
「……ああ、近々、君は大きな選択をする。その選択をするときに『後悔しないように』って言いに来た」
薄くポーは笑った。
彼は殺し屋であった。
それも、裏社会では「暗闇の蝶」と呼ばれる実力者である。
でも、ポー自身の感想とすれば仕事をしているに過ぎない。
表沙汰にできる・出来ないはあるにせよ、依頼された仕事を自分の可能な限りの力でやり遂げる。
それが彼の信念であった。
そこに自己意識の介入はない。
だから、後悔もあろうはずもない。
珍しく柱時計が鳴った。
「そろそろ、俺は消える時間だ」
老人は立ち上がった。
立ち上がると余計に分かるが、ダブダブだ。
「君の中にある秋水の記憶で作ったんだが、やっぱり、あいつ大きいなぁ」
「ご老体、お茶と助言をありがとうございました」
ポーは立ち上がり頭を下げた。
目が覚めた。
ベットサイドに置いたスマートフォンが鳴っている。
スマートフォンの画面は深夜を示し、相手は非表示である。
だが、ポーには相手が誰だか分かっている。
ベットから上半身を起こし応答する。
「はい、ポーです」
『仕事の依頼だ。来月、日本に来てくれ……』
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