第12話 夢と傘
平野平正行は夢の中にいた。
土砂降りの雨の中だ。
少し先の様子も分からない。
暗い。
弾丸のような雨粒が体を叩く。
その中で正行は特に何もしなかった。
服も靴も髪もびしょ濡れだが、「まあ、しょうがないよね」とぐらいにしか思ってない。
と、雨が止まった。
いや、誰かが傘を差してくれたのだ。
「よう」
声の元、横を見ると亡くなった祖父が傘を持っていた。
その傘で正行を雨から防いでくれたのだ。
立派な紳士傘である。
「死んだんじゃないの?」
「うん、死んだ。でも、まだ四十九日までには間があって、今は現世の色々なところに行っている。霊体になるとテレポートが使えるんだぞ」
「どこに行ったの?」
「世界中色々さ。世界遺産は制覇した」
「すげえ!」
「テレポートで一瞬だぞ!」
「いいなぁ! いいなぁ!」
「……お前のダダのこね方が段々秋水に似てきたな」
不意に春平の顔に影が差す。
「でも、一瞬なんだ。あれだけ夢見たリドー運河の川下りやシアン・カアンの海底探検、アムステルダム寺院に行っても、全部何もしてないのに分かってしまう。歴史も仕組みも過去も未来も……」
正行は辛そうな祖父に戸惑っていた。
そして、困惑した。
「正行、お前は死んだ俺にも優しいな」
「え?」
「もう一つ。死んで分かったことがある。死ぬと人の心の中が分かるんだ。流れ込むと言っていいな」
「そうなの?」
「お前の強さは他人の痛みを自分の痛みとして感じ、その他人の痛みを癒すために自分のどんな犠牲をも問わないところだ」
滅多に自分をほめなかった祖父の言葉に正行は別の意味で戸惑った。
「問題は、それにも関わらず対峙する相手すら情けをかけてしまうこと。そして、自分を傷つけてしまう」
「……」
「あの雨も自己批判や悔いだった。だから、お前は濡れていた」
「爺ちゃん、俺、優しくない。強くない。親父と石動さん、爺ちゃんに交じって仕事したけど、上手くいかなくって失敗したり迷惑かけた……」
「お前、最初から上手かったら俺たちの立場がねぇぞ」
土砂降りがますますひどくなる。
正行は泣いていた。
と、春平はこんなことを聞いた。
「今、俺を雨から守っているのは誰だ?」
「?」
いつの間にか、春平の傘はなくなり正行が番傘を持って祖父を雨から守っていた。
傘はぼろぼろだった。
事実、正行の背には雨粒が当たる。
それでも、祖父を守れている。
徐々に雨が弱くなっている。
「お前、幼稚園児の頃に『情けの傘に人は集まる』という話をしたの覚えているか?」
「全然忘れた」
雷が鳴った。
「おい、こら! ……お前は人を引き寄せる力がある。それだけは忘れるな」
春平が正行の腕を叩こうとした。
だが、通り抜けた。
「!?」
「そろそろ、時間だな……もう、俺の傘はいらないだろう」
「嫌だ! 俺は……俺は……」
「大丈夫、お前の傘がちゃんとできるまで守ってもらえる」
春平は正行の後ろを見た。
正行が後ろを向くとそこには父である秋水や石動肇、母の綾子などが傘を差して正行たちを見ていた。
「親父の傘がどうみてもビーチパラソルなんだけど……」
「あいつは無視!」
思わず、笑い合う。
と、正行はある人物に目がいった。
眼鏡をかけ、頭髪が無く、スーツを着た石動と似たような衣服を身にまとっているが、その眼は闇に沈んでいる。
「ああ、彼は俺の代わりだ……最初はちょっと違うかな?」
「?」
目が覚めた。
昨日から深酒をして布団も敷かず寝ていたのだ。
「こらぁ、正行。引っ越しの準備するぞ‼」
部屋の外から秋水の声がした。
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