第11話 分け合う強さ
「いやぁ、石動さんが同じホテルでお仕事していてよかったですよ」
夕暮れに染まり、帰宅の車で渋滞している街。
その幹線道路から少し外れた道路に石動肇と、愛車のグリフィスは渋滞につかまっていた。
そこの横には安堵した平野平正行が珍しく石動と同じようなダークスーツでネクタイまでしていた。
正行側から見た事の経緯はこうだ。
県を代表する名士だった正行の祖父、平野平春平は色々な人と交流があり、今日は地元の経団連など社長や会長が集まって故人になった春平のことを語る会を催した。
現在就活中の正行からすれば雲の上の人たちの中に一人入ることになる。
最初は否定した。
だが、「たまには、爺様がどんな人だったか見てみろ」という父の命により星ノ宮にある最上級ホテルの会場に着いたときには半ば自棄であった。
みな、自分より年上で明らかに自分より上等のスーツを着ていた
立食パーティー形式で世話になった社長や会長が、時に涙を流し、嗚咽しながら故人の思い出話を披露していた。
会場でも泣く人や頷く人も多くいた。
正行は、最後に名前を呼ばれ壇上に上がった。
「えー、今日は俺の……いえ、僕の祖父のためにお集まりいただきありがとうございます」
これが精いっぱいだった。
問題は、この後だ。
閉会になりバスで帰ろうと、時間が来るまでロビーでスマフォ遊びをしていたとき「正行君!」と呼び止められた。
「は?」
目の前には星ノ宮市を拠点にする会社社長が傘を片手に駆け寄ってきた。
「これ、君のお爺ちゃんに返してくれ」
目の前にいる雲の上の人に、正行はどう返答していいか分からなかった。
その後も、「自分のも」「墓前のお爺さんによろしく」などなど十本以上の傘が正行の腕にあった。
――どう帰ろう……?
途方に暮れた正行に声をかけたものがいる。
「どうした? 正行」
ホテルの別室で契約を交わした石動肇だった。
それまでのことを話した。
グリフィスのトランクの中には傘がたくさん入っている。
「老師らしいなぁ……」
赤信号で止まったのを確認すると石動はポケットからマルボロを出して片手だけ口に咥え火をつけた。
紫煙がオレンジ色に溶けてゆく。
「正行」
「はい?」
「お前、最強の強さって分かるか?」
正行は首をひねった。
「俺の親父ですか?」
「……あの人はある意味では最強だがな……俺は老師だと思っている」
「……まあ、爺さん強かったですね」
石動は一服する。
どうも信号の先で機械トラブルがあったようで緊急の補修用車が通り過ぎる。
「たぶん、お前の思う肉体的な強さ、または精神的な強さと今、俺の言っている強さは意味合いが違う」
「意味合い?」
車は動かず、短気な運転手から場罵詈雑言やクラクションが鳴り始める。
「きっと、老師は雨に濡れている人をほっとくことなんてできない人だったんだ。例えば、それが貧乏人だろうと金持ちだろうと関係なく……それが最強の強さなんだな」
「……よく、わかりません」
素直な正行の言葉に石動は微笑んだ。
「老師は肉体的にも精神的にも強かったのは事実だ。でも、それ以上に凄いのは己の強さを惜しみなく他人に分け与えたことだ」
「助けるではなく?」
「助けるじゃない、分け与えるだ」
車列が動き出した。
石動も煙草を携帯灰皿に入れて押しつぶす。
「その証左があの傘だ」
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