第6話 トス、シュート

 深海地方、豊原県星ノ宮市には県が運営する巨大温水プールがある。

 常夏をイメージしたという、その施設には人工の砂浜やヤシの木まで生い茂っている。

 周りには流れるプール、ウォータースライダー、波の出るプール、滝まである。

 当然、休日には近くの市はもちろん、関東近県からも客が押し寄せてくる。

 しかし、冬の平日は流石に人は少ない。

「きゃーーーー!」

 ウォータースライダーから楽しげな悲鳴が上がった。

 白を基調にした水着に身を包み、サーフボードに乗った長谷川綾子が宙に舞った。

 だが、すぐ重力によって落下。

 水柱を上げる。

「あー、楽しい」

 全身水にまみれて楽しそうに陸に上がる。

「綾子さんって勇気があるのですね。私だったら、怖くて足がすくむかも……」

 妊婦用のパレオにパーカーを着たナターシャが言う。

「えー、楽しいですよぉ。元気な子を産んで安定したら、一緒に乗りましょう」

 二人の女性のやり取りを石動は穏やかにグラスに入ったアイスコーヒーを飲みながら眺めていた。

 というより、石動も妻のナターシャも会話こそしているが綾子本人よりも彼女が来ている水着が気になる。

 白い水着は分かる。

 だが、模様が異様だった。

 ユニコーンは分かるが髑髏がいたり、それらが目からビームを出して人を撃つというかなりシュールなものだった。

「あの、その水着は……」

 綾子はナターシャがおずおず聞くのにあっけらかんと答えた。

「うちの元旦那が誕生日プレゼントに買ってくれたんですよ」

――やっぱり……

 思わず石動は頭を抱えた。

 ナターシャも内心頭を抱えているだろう。

 まあ、送るほうも送るほうなら平然と着こなす妻も妻だろう。

 と、不意に石動が手を上げた。

 その瞬間、ピーチボールにしては剛速球が飛び込んでいた。

「ねぇねぇ、石動クン、あーそーぼ‼」

 元をたどると普段のふんどしではないトランクス型水着を着た秋水が体を左右に揺らしながら近づいてきた。

「いいですけど、正行はどうしたんです?」

「あー、あいつは一人でトスの練習」

 秋水が振り返る視線の先には父同じ水着姿の息子、正行がボールに翻弄されながら一生懸命一人でトスの練習をしている正行がいる。

「なぁんで、あいつは球技がダメなんかねぇ? 野球をすればバットのほうを場外ホームランにしちゃうし、サッカーをすれば後ろのほうに蹴っちゃうし……」

 秋水は愚痴る。

 正行の額にビーチボールが当たる。

「うーん、やっぱり俺、球技に向いていないのかな?」

 批判する正行に母は近づいてこう言った。

「正行。あなたは料理もできるし、少し見たけど大分上達しているじゃない。大丈夫よ……それに私、鳳中学の元バレー部部長だから、教えてあげる」

 その言葉に石動の眉が動いた。

「綾子さん、鳳中学だったんですか?」

「え……ええ」

「俺、劉生中学が母校です」

「!?」

 今度は綾子が驚いた。

 ただならぬ雰囲気に正行は父の側により小声で聞いた。

「親父、どういうこと?」

 父もしばらく考えていたが、指を鳴らした。

「そうか! 二人は同期だったか!」

「は?」

「お前が通っていたド田舎の武弦は論外だが……」

「それって酷くないか?」

「鳳と劉生は文武両道、特にスポーツ面では超有名人を輩出していることもあって力を入れている。だから、ブランド力がある。プライドも高い。まあ、世代的に考えれば石動クンが一つ上の先輩だろうなぁ」

「こぇえ」


 誰もいないことをいいことに白い砂浜にビーチバレーボール用のコートを設営してもらい、石動と秋水、綾子と正行が戦うことになった。

 それは強烈なラリーの応酬だった。

 秋水たちがやることは粛々と可能な限りトスを上げること。

「はい、石動クン」

「食らえ!」

「うわ、うわ!」

「正行、トスを上げて‼……いくわよ!」

 その球はまさに弾丸レベルであった。

 

 結果。

 夕焼けの砂浜でへたり込む四人。

 ナターシャは、とりあえず、四本のスポーツドリンクを買った。

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