第5話 カレーショップにて
本場インドに『カレー』がないことに驚いたのは極最近であった。
猪口直衛にとって『カレー』の本場はインドであり、いつかは本場のカレーを食べようと思っていた。
それがインド料理に置いて『カレー』とは日本の煮込み料理のようなもので野菜や魚の煮込みに『○○日本』というのに近いらしい。
「海鮮スタミナカレー、お待ちどう様でした」
某大手カレーショップで猪口は一人でカレーを食べていた。
いや、目の前には、茶髪の生真面目そうな男が生真面目にスーツを着て、先についたソーセージカレーを食べていた。
非番なので猪口は自宅でのんびり朝風呂に入っていた。
秋水がいたら
――朝寝、朝風呂……浪曲の会津磐梯山なら金持ちの道楽ですな
と言っていただろう。
そこに『高校時代の後輩』と称する人物が訪問してきた。
一瞥して分かった。
仕事の部下である。
公に出来ない情報が出たときに内密で教えてくれる頼れる部下だ。
「で、葛木。今日はどうした?」
半分ほど残ったカレーにソースをかけて再び猪口はスプーンで口に運ぶ。
「……今日は、あの名無しの事が分かったのでご報告に来ました」
すでに食べ終わり食後のコーラを飲んでいた葛木は背筋を伸ばして応えた。
「あれだけ架空のパスポートはほとんど無意味だったんだろう?」
あと数口になったカレーを食べながら聞く。
普通、漫画や小説などではそれなりのバーなどが定番だが、そういう場所こそ店主が裏社会と繋がっていたり隠しマイクなどが置かれて狙われる。
むしろ、清潔第一の大手チェーンなどのほうが安全なのだ。
「ええ、でも、架空のパスポートで何をやっていたか気になりまして面白い事が分かりました」
「何よ?」
猪口も水を飲む。
「彼、ある分野の産業スパイでした」
「ある分野?」
「火力発電です」
胸を張って答える葛木。
「原子力とかじゃないの?」
目を細める猪口。
「いえいえ、日本の高度な火力発電システムは決して安くないです」
「……まあ、いいさ。で、その火力発電の産業スパイさんが何で日本に来たの?」
「他の部署も別件でさる人物、仮にA氏としましょうか? A氏と接触しようとしていました」
「A氏?」
「外務省の友達も最大限に話せて、ここまでだそうで……まあ、ヒントはくれましたよ。経済産業省関係のお偉いさんだとか……」
「お偉いさんなんて公官庁には履いて捨ているほどいるぞ」
「で、これも友達経由ですが、そのA氏がある国に、その火力発電を売り込もうとして彼を使ったようです」
「そのA氏はどうなっている?」
「友達たちが頑張って明日にでもスパイ法でお縄ですよ」
「あと、分かったことはあるのか?」
猪口の問いに不意に葛木は言葉を止めた。
「これはオフレコでお願いします……猪口警部。あなたは石動肇の遠い親戚を装っていますね」
この言葉にマンゴージュースを飲んでいた猪口の顔が引き締まる。
「……どこまで知っている?」
「ある程度までは……俺はそれを咎めようとは思っていません。でも、今回は最悪のシナリオの場合、あなた自身の立場はもちろん、日本の国際的立場も危うくなるかもしれません」
猪口は何を言っているか分からなかったが、ある言葉で全てが氷解した。
「まさか、名無しが火力発電を売り込もうとしていた国はツンドラ王国?」
葛城は頷いた。
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