第3話 逃げてきた鳥
「お前さまが、下ばかり見て歩いていたので、命拾いしたよ」
家に帰った娘は、両親がまだ工場から戻っていないのをたしかめて、台所の大きな卓で鞄をあけた。
「大丈夫?」
中から出てきたのは、真っ赤な鳥だった。ハトよりほんの少し小さい。
全身の赤い色が焔のようにゆらいで見えて、翼や尾の先は燃えているように見える。
その左の翼に、手巾が巻かれていた。痛々しく血がにじんでいた。
「傷口を洗って、包帯を替えなきゃ」
「すまないねえ」
娘は画塾からの帰り、この鳥が怪我をしてうずくまっていたところを見つけたのである。
言葉を話し始めたのには仰天したが、世の中には、おしゃべりを覚える頭の良い鳥も時々いるのだし、ここは魔女も住まう町。時として妙なことが起こることに、みな気持ちの準備がそれなりにあった。
「あの男の人は、あなたを探しに来たのね。
でも、魔女さまのお知り合いなら、」
「悪い人には見えない、てんだろう? まったく魔女さまはご立派だよ、こんなに町の人たちに信用があるなんて。
だが、あいつは間抜けななりをしてるが、食わせ者さ。魔女さまを頼ってきた手前、町のみなさんや、あのご婦人がたにご迷惑はかけないだろうがね」
娘は、自分を追い回す者のことを、よく言う者はいないな、と思いながら聞いていた。
「あの男も同じさ。みんな、あたしの翼を切り落とそうと狙っているのさ。この翼には効能書きがあるらしくてね、なんかのろくでもない術に使うらしいよ。
まえの家では、のんびり暮らしていたのに、そんな連中が押し掛けるようになってね。金を積まれたり、脅されたり、毎日気苦労が絶えなくなった。
奥さんも旦那さんも、あたしを好いていて下さったから、なんとか断り続けてきたんだが、だんだんごろつき共の無法が目に余るようになった。
ついに泣く泣く鳥籠を開けて下さってね。なにかの間違いであたしが逃げた、あとは知らない、てえことにしたんだよ」
「まあ。これは、そのときからの怪我なの?」
まさか、さっきの男が。
「前の町から逃げて森の中に隠れていたんだが、なんだかんだで、見つかってしまってね。
奥さんも旦那さんも、家移りして無法者たちからはお逃げなさったと聞いたよ。ご無事ならいいんだが」
ひどい。
「それにしても魔女さまなら、こんな怪我、すぐに治せるんだが、あいつがいてはなあ。
……ああ、この傷はあいつにやられたんじゃないよ、誰かに金を掴まされたごろつきだ」
頼りの魔女が留守とは、どうもツキがない。
「あたしゃあ、巡り合わせが悪くてね」
「まあまあ。食べる?」
娘は、水とパンのかけら、桜桃もいくつか持ってきた。
「ありがたいねえ。桜桃も、今がいちばんうまいからねえ」
ついばむ元気があるようで、娘は安心した。
「おや、どうしたのさ」
両親が工場から帰ってきて、娘と鳥を見つけた。
「怪我をしているの」
「ああ、そうか、」
まず母親が笑った。
「久しぶりだね、お前が生き物を拾ってくるのは」
「傷が治るまで、いいでしょう。明日、魔女さまにお薬を頼みに行くから」
「ツグミだな。カラスにでもやられたかな」
父親が鳥を覗きこんで言った。
「かわいいのに、痛々しいね」
母親が言うのを横目に、娘が何か言いたそうに鳥を見ると、奴は片眼をつむってみせる。
「前にも脚を折った鳥を拾った時に、名人のじいさんが間に合わせに作ってくれた鳥籠があっただろう。あれはどこにいったかな」
(どういうことよ)
娘が小声で。
(ものを食べて、おかげさまで魔力が出るようになった。
ちょっとの間なら、姿をごまかせるんだよ)
やがて父親が、物置小屋から鳥籠を見つけてきた。
竹を組んでこさえた、大きな四角い鳥籠で、ほこりを払って掃除をしてみれば、二本ある止まり木も餌台も水飲み場も壊れておらず、なかなか快適そうな様子だった。
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