第86話 激おこ、シノアリス(3)
「・・・え」
シノアリスの言葉にイグナツィオは戸惑ったように声を漏らした。
イグナツィオのエクストラスキル“
「お願いします!暁さんを助けて下さい!!」
「イグナツィオ、一か八かやってみましょう」
「・・・分かった」
イグナツィオはセレーネと位置を交代するように座り、蠢いている黒い影に恐る恐る触れた。
指先がジクリと痺れるような感覚に少しだけ顔を歪めつつ、イグナツィオは呪いを移す先を何処にするかと視線をさ迷わせる。
「あれにでもいいんですよ?」
「え?あ、あれは・・・うん、ちょっと困る、かな」
シノアリスが指さした先は、気絶したズルーであり一瞬冗談を言っているのかとイグナツィオは顔を上げるが、シノアリスの目は本気だった。
咄嗟に視線を逸らし、女郎蜘蛛の死骸に移すことを決めた。
暁に蔓延る呪詛に触れたまま、女郎蜘蛛を見据えイグナツィオは深呼吸を幾度か繰り返しスキルを発動させる。
「
スキルを唱えた瞬間、バチリとイグナツィオの手が弾かれる。
思わず弾かれた自身の手を見れば、まるで焦げたかのように白い煙があがっている。やはり失敗かと暁に触れていた箇所に目を向ければイグナツィオは驚きで目を見開いた。
さきほど暁に触れていた箇所を見れば、ポッカリと蠢く黒い影の中に空間ができていた。
慌てて女郎蜘蛛の死骸へと振り向けば黒い影が微かにだが映り、しばらく蠢いていたが既に対象が死骸なのかそのまま消滅するように消えていく。
「成功、した?」
「!!」
イグナツィオの呟きにシノアリスは、暁に残された時間を見る。
「・・・伸びてる」
先ほどよりも、暁の死の時間が伸びていた。
シノアリスは縋るようにイグナツィオを見れば、イグナツィオもまた自身の力で呪詛から救えるかもしれないことに暁の呪詛へと触れた。
「
「ッ・・・ぅ、ぁ・・・」
ジュゥゥ、とイグナツィオの手と暁の肌から焼けるような匂いと煙が上がる。
まるで肉が焦げているようだとセレーネは、その匂いのきつさに袖で鼻を覆ってしまう。苦痛で呻く暁にシノアリスは暁の手を掴んだ。
苦痛に耐えようとしているのか、シノアリスの手を強く握りしめる。ミシ、と骨が軋む音に痛みが走るがそんなもの今もなお呪詛と戦う暁の苦痛と比べれば大したことなどない。
どうか暁を助けてくれ、と普段は信じていない神に祈った。
「
「イグナツィオ!!」
何度目かのスキルを発動させるがイグナツィオ自身に限界がきたのか、暁の背中から手を放し尻もちをつくように倒れこんだ。
セレーネはイグナツィオの傍に駆け寄り手を見れば、イグナツィオの手袋は焼け焦げており中の掌は酷く
焼け爛れていた。余りの怪我のひどさに息を飲みながらも、セレーネは回復呪文をイグナツィオにかけはじめた。
シノアリスは暁の背中を覗き込むように見れば蠢いていた影はなくなっているものの、黒い斑点のようなものが残っており、再度暁へと薬神の眼でみた。
【“死の呪詛”により汚染されています】
【危険度:レベル5】
【呪詛の種が潜伏しています、種が開花し心臓に到達するまで残り九十七日】
【解呪方法:世界樹の花の蜜より可能】
死の呪詛は解呪されていない、だが内容が大きく変わっていた。
危険度は減り、暁に残された時間も長く伸びている。そして一番最後の項目、解呪方法が検索不可だった内容が変化していた。
「世界樹の花の蜜?」
聞いたことのない名に、シノアリスは自身のヘルプにて検索をかける。
【世界樹の花の蜜】
【世界の中心に存在する伝説の木に咲く花からとれる蜜。その葉は失った欠損を取り戻し、花は屍人を蘇らせ、花の蜜は病や呪いの根本を打ち消す効果がある】
【穢れに弱いため、長き間妖精とエルフの住む“妖精郷”に管理されている】
「それがあれば・・・暁さんが助かる」
希望が見えた。
シノアリスは先ほどよりも苦しみから和らいだ暁の表情に、目尻に浮かんだ涙を拭った。
「イグナツィオさん、ありがとうございます!!」
「え、そ、れは死の呪詛が解呪されたのか?!」
「いえ、解呪されたわけではありません。でもイグナツィオさんのおかげで解呪方法が見つかったんです」
「解呪方法が!?」
死の呪詛は光の巫女として名高い聖女の力でも解除は出来るか、賭けになるほどの厄介な呪いであり解呪方法は未だ解明されていない。
だからシノアリスの言葉にセレーネは信じれない思いだった。
イグナツィオのスキルにより死の呪詛の汚染をほぼ取り出すことに成功したが、呪詛の呪いを解呪するに至らなかった。
だがほぼ穢れを取り出した事で暁の体には呪詛の種だけが残された。
勿論時間が経過すれば、再び呪詛の種は開花し呪いが体の中を円満してしまう。だから開花する前に世界樹の花の蜜があれば呪いの根元を打ち消すことができるとヘルプが教えてくれた内容を説明した。
「世界樹の花の蜜?」
「そんなもの、聞いたこともない」
セレーネ達やマリブ達さえも世界樹などお伽噺でしか知らない。
だけどヘルプが、この世に存在しない物を回答するはずがない。検索結果に出てくる、ということは必ず世界樹は存在するという事だ。
そしてお伽噺とも言われる世界樹が存在する場所は“妖精郷”にある。
「妖精郷・・・」
不意にシノアリスの脳裏に、ある人物の言葉を思い出した。
『愛し子。もしまた出会えるなら我らが故郷に招待しよう』
「・・・
そう、いつぞや森で出会った
そもそも妖精郷は、エルフや妖精により頑なに隠された楽園である。
妖精狩りという残酷な事件があった所為で、楽園は閉ざされた。その楽園に辿り着いたものはいないと言われているが、風の噂では“妖精郷に招かれた者”であれば楽園に足を踏み入れることが出来るらしい。
妖精や
残るはどうやって移動した
「
シノアリスの呟きに、周囲は確かに長寿の
「オレーシャなら
「!そうか、オレーシャの周囲の森、“ウリエン”は
セルザムの提案にイグナツィオは良い案だと頷いた。
「だが、オレーシャまで相当の日数がかかるはずだ」
「では、神殿に援助を求めましょう。早馬を用意してくれるはずです」
「神官のセレーネが居れば、神殿も無化にはしないはずだ」
「よし、じゃあ今すぐに」
暁を救う手立てに希望が見え始めたのか、周囲の声に活気が少しずつ溢れ出す。
「オレーシャには、行きません」
が、それを遮るかのようにシノアリスは拒否を示した。
普段のシノアリスとは考えられないほど冷たい返答に、思わず周囲の眼はシノアリスへと向けられる。
シノアリスがイグナツィオたちの提案を断ったのにも理由があった。
それは、オレーシャはつい最近ナストリアと同盟を結んだからだ。
シノアリスは深く怒っていた。
元を辿れば暁が死の呪詛を受けたのも、全てシノアリスが原因だ。
過去に何度もシノアリスは権力者に狙われてはヘルプに頼り、難を逃れてきた。だが今回はシノアリスだけではない暁やカシス達だって巻き込まれた。
ナストリアには恩がある。
ロゼッタと出会えたこと、おっちゃんの串焼きと出会えたこと、カシス達と出会えたこと。暁やくーちゃんとも出会えたのもナストリアにいたからだ。
でも、その国の頂点がシノアリスの大切な仲間を傷つけた。
そんな国を、どうやって信用できようか。
すでに仲間を危険にさらしたこの国に、これ以上関わりたくなかった。
「くーちゃん、暁さんを運ぶことできる?」
「はい、おまかせくださいにゃ」
くーちゃんは即座に暁に浮遊魔法をかけ、その身を浮かす。
シノアリスはホルダーバッグから転移の灯の魔道具を取り出せば、カシスは焦ったようにシノアリスへと声をかけた。
「おい、シノアリス!?どこに」
「暁さんの呪詛を解くために先に帰らせてもらいます」
「シノアリスさん、それならまず神殿へ」
「いいえ」
ゆっくりと振り返ったシノアリスは、少しだけ悲しそうな顔で笑っていた。
「申し訳ありません、私たちは先に離脱させてもらいます」
「え、ダンジョンで離脱なんて」
普通ダンジョンを離脱することなど出来ない。
だが、ヘルプは教えてくれた。
ダンジョンの心臓に意思がなければ、転移の灯でも離脱はできることを。
その疑問にシノアリスは答えないまま、申し訳なさそうに明星とマリブ達を見やった。
「暁さんを助けてくださりありがとうございました。いままでお世話になりました」
「シノアリス!!」
そう言い残すと同時に、シノアリスは人数分の高品質の回復薬を残し転移の灯にてその場から消えた。
咄嗟に手を伸ばしたカシスの手はシノアリスやくーちゃん、暁を掴むことなく空を切る。
残された狼の鉤爪と明星達は呆然としてしまうも、いち早く我に返ったカシスはすぐさまシノアリスが残した回復薬を一気に飲み干した。
「マリブ!急いでボスを倒して地上に戻るぞ!!!」
カシスの掛け声にマリブとルジェも慌てて回復薬へと手を伸ばす。
嫌な予感がしていた。
もう二度とシノアリスと合えなくなるようなそんな不安が。
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本日の鑑定結果報告
・世界樹
世界の中心に存在する伝説の木。
その葉は屍人を蘇らせ、咲く花の蜜は病や呪いの根本を打ち消す効果がある。
穢れに弱いため、長き間妖精とエルフの住む“妖精郷”にて管理されている。
・妖精郷
妖精、エルフ、
過去の妖精狩りという残酷な事件があったため、楽園は閉ざされた。その楽園に辿り着いたものはいないと言われているが、風の噂では“妖精郷に招かれた者”であれば楽園に足を踏み入れることが出来るとのこと。
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最後までお読みいただきありがとうございます。
数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。
少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければブクマやコメントを頂けると大変活力となります(*'ω'*)
更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。
口約束って結構忘れられがちですよね。
わたしも「今度焼肉おごってやるよ」と口約束をしましたが忘れられていたので、録音しそれをつきつけたところ二度と私の前で奢る発言はしないと言われました。
【お知らせ】
来週の更新はお休みします。
次回更新は【7月14日】となります。
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