第85話 激おこ、シノアリス(2)

※注意※

少しグロテスクな描写がございます、ご注意ください。


ーーーー



セルザムの言葉に、顔の半分が禿げたイグナツィオは大きく舌打ちをし、残りの半分の皮を剥ぎ捨て、全貌を見せた。

それはイグナツィオとは似てもつかない全くの別人の顔が現れる。


「「!?」」


セレーネとセルザムは、イグナツィオではない別人であることに酷く戸惑いを見せた。今まで共に行動をしていたのが偽物であるなら本物のイグナツィオは。


「お、まえ・・・イグナツィオは、俺の仲間はどうした!?」

「さぁな、いまごろ女郎蜘蛛のメシにでもなってるんじゃないか?」


ヘラヘラと笑う男にセルザムは怒りに身を震わせた。

いつから騙されていたのか、その怒りでセルザムは再び足を強化させ、男に殴りかかるべく拳を振り上げた。

だが満身創痍であるセルザムの拳は、男にとっては見切れてしまうほど弱い拳で簡単に避けることができた。


「お前は暗部ギルドの人間か」

「・・・」


何度か拳を打ち込んでも、全く当たることのない違和感にセルザムは顔を歪めながらつぶやいた。

だが男は何も答えなかった。


沈黙は肯定ともいえる。

つまり目の間の男は間違いなく暗部ギルドの“影”のメンバーなのだろう。


冒険者ギルドに所属している者であれば暗部ギルドの存在は知っている。

彼らは報酬さえあればどんな雇い主だろうが依頼を請け負う国からも黙認された組織だ。中には国の極秘を担っているらしく構成人数もどんな奴が所属しているのかさえ謎に包まれている。

謎に包まれてはいるが、実力は銀と金クラスだという噂だ。


「やはり貴族絡みか」

「!獣人!?」


突如セルザムの隣に現れた黒毛の狼の獣人に肩を跳ねた。

だが続く茶毛と赤毛の狼の獣人に、セルザムはもしかして彼らは狼の鉤爪ではと言葉をさ迷わせる。

まさか、冒険者ギルドで一目置かれている存在の正体が獣人だったことにセルザムは驚きを隠せない。対しマリブは、怒りを露わにした状態で男を睨みつけていた。


さきほどの男の反応が全て物語っていた。

つまりこの一連の騒動には冒険者ギルドも絡んでおり、完全に奴らの掌で踊らされていたのだと殺気立つ。


「覚悟は、できてんだろうなぁ」


怒りで唸り声を漏らすカシスに、男はその威圧に頬を引き攣らせた。

離れているはずなのに、近距離で威嚇されているような錯覚に陥ってしまう。

獣人とはいえ女郎蜘蛛との戦いで体力は消耗しさらに負傷も追っている。まだ勝算は此方にある、と男はこの状況を打破する手段を駆け巡らせた。



「・・・ライナギンズ」

「「!!?」」


ふと緊迫した空気の中で、その声は酷く響いた。


「暗部ギルド第三部隊所属、クラスは銀。エクストラスキル“変化”をもっている」

「なっ!?」

「魔法は風魔法以外取得してない、毒耐性はあるけどまだ他の異常耐性は取得進行中」

「なんで!?お前が俺の情報を!」

「出身地はナストリア国から北部離れた地にある“アルゲルの村”。けど二十年前の大規模の疫病にて両親を失い、暗部ギルドが運営する孤児院に引き取られ育成を受けた」


スラスラ、とシノアリスの口から語られる己の過去にライナギンズは恐怖に震えた。

暗部ギルドに所属した場合、最初に行う任務は己の過去は抹消することである。ライナギンズも教えに従い過去は全て抹消した。

それなのにエクストラスキルだけでなく出身地や両親の死の事さえも知っているのか。


「上からの命令により、召喚士である少女に奴隷紋を刻むこと・・・あぁ、上はまさかのお国の人なんですね」

「!?」

「なお鬼人に関しては生きていれば奴隷に落とすよう命じられている、ですか」

「ど、して・・・」





「ふざけないで」


ゆっくりと顔をあげたシノアリスの表情は感情がそぎ落とされているかのように無だった。

だがジッとライナギンズを見つめる瞳はとても冷たくて。

普段能天気に笑い、騒動を起こすシノアリスの姿とは思えない様子にマリブ達は思わず息をのんだ。


「覚えたから」


怒っている、あのシノアリスが。


「貴方たちのしたこと、忘れない。勿論その後ろで高みの見物をしている人たちも」


シノアリスは冒険者ではない。

見た目からしてひ弱な子供にしか見えないのに。


「絶対に、許さない」


怒りに染まり睨みつけてくるその眼差しに、言いようのない恐怖が這いよってくる。まるで何処まで逃げても許さないと言わんばかりの執念さを感じた。


「・・・ッ」


ライナギンズは言葉に出来ない恐怖に体を震わせた。

シノアリスに関しては召喚士の少女、としか情報はない。

なのに、何故シノアリスはライナギンズの情報を、依頼主をすべて知っているのか。焦りや動揺を顔に出してはいけない基礎さえも忘れ震えた。


暁への失態から人様には決して使用しないと決めていた“妖精の眼”

シノアリスは怒りにより、相手の全てを覗いた。


妖精の眼は、対象のステータスを全てみられる。

中にはステータスを隠蔽することが出来る“偽装”というスキルもあるだろうが、それさえも打ち破り全てを見ることが出来るのが妖精の目である。



「・・・ひっ」


ライナギンズの視線がシノアリスに釘付けとなり、恐怖に震えることでカシス達への警戒が緩んだ隙を彼らは逃さない。

近づく気配に慌てて逃走を図ろうとするが、その時点でカシスの手がライナギンズの首をとらえていた。

仰向けに叩きつけられ、苦しさに咳き込んだ。

逃げ出そうと体を動かそうとするよりも早く、ライナギンズの胴体に馬乗りになったカシスが首を押さえつけたまま下顎を掴み、マリブは足を、ルジェは両手首を拘束した。


「ぁ、が?!」

「援護や自害されるのは困るからな、手足は勿論、顎も外させてもらうぞ」

「!?」


その言葉に思わず目を見開かせた。

だが見下ろす六つの眼差しはとても冷たく本気なのだと冷や汗が伝った。


逃れられない。

そう悟った瞬間、ライナギンズの結末は決まってしまった。



ズキリ、と腹部に走る痛み。

そしてライナギンズの腹部から青白い光が発し、カシス達はその手を止めた。警戒しつつ様子を伺うも、青褪めたライナギンズは腹部から発せられる光に悲鳴をあげた。


「あがぁあああ!?や、やへほ!!」

「・・・ッ!なんだ?」

「いやだ!いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!?俺はまだ失敗していない!だから止めてくれ!!いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!」

「おい!?」


火事場の馬鹿力と言わんばかりに暴れ、カシスの下から這い出ればライナギンズは焦ったように服をまくり上げ自身の腹部を晒した。

そこには青い魔法陣が描かれ、先ほどよりも強く光っている。

ライナギンズは必死に魔法陣に光るなと怯え泣きながら怒鳴るが光は止まる様子さえない。


シノアリスはライナギンズの腹部に描かれたその魔法陣にひどく見おぼえがあった。

それはまさしく、さきほど暁が壊した魔法陣とそっくりで。




「う、ぶッ・・・」


引き裂くような破裂音と同時にライナギンスの体に刻まれた魔法陣が輝き、真っ白な手が飛び出す。

ライナギンズは口から吐血をし、腹部から出てくる腕に体を震わせた。


「た、たすけ・・・」


助けてくれ、と周囲に懇願するが、それを遮るかのようにライナギンズの腹部から女郎蜘蛛が上半身を突き破るように出てきた。


「いやぁあぁぁぁああ!?」


あまりの光景にセレーネは思わず悲鳴を上げてしまう。

セルザムもその無残すぎる光景に目を逸らした。


「マリブ!早くあの魔法陣を破壊しないと!」

「分かってる!」


女郎蜘蛛が出てくる前に、魔法陣が描かれた皮膚を引き剥がそうとマリブは駆け出すが、女郎蜘蛛の口から黒い炎、死の呪詛が放たれ、三人は慌てて女郎蜘蛛から距離をとった。

これでは迂闊に近づけない。

このまま女郎蜘蛛が召喚されれば、再びこの場所に女郎蜘蛛が溢れかえってしまう。


ようやく魔法陣から女郎蜘蛛の下半身が出てくると同時に、その声は響いた。




交換リプレイス


ライナギンズと女郎蜘蛛の姿が消えると同時に、全身を縛られたズルーがその場から落ちてきた。

顔面は殴られたのか酷く腫れあがり気絶している。

セレーネとセルザムは声がした先を振り返れば、そこには顔や頭は埃に塗れ全身汗だく状態のイグナツィオがいた。


「イグナツィオ?」

「ギ、リギリ間に合った」


「お、まえ生きてたのか!!」

「イグナツィオ!!」


セルザムとセレーネは即座にイグナツィオの元へと駆け出し、歓喜余って抱きしめた。

普段であれば、余裕で受け止める体力もつきかけているのでイグナツィオはセルザムとセレーネに抱き着かれたまま、その場で倒れこんだ。


一体どうなっているのか、とマリブ達は目を白黒させた。

シノアリスも突然現れたイグナツィオに驚くが、ふと煤汚れた白シャツに茶色のベルト、所々破れて穴が開いた黒の手袋。

そして赤黒く変色した腹部に、ある姿が脳裏によぎった。


首無しの騎士デュラハン?」


シノアリスのつぶやきにイグナツィオは即座に振り返り、ニカッと子供のような笑みを浮かべた。


「首から下は久しぶりだけど、顔を合わせるのは初めてだね」

「じゃあ、やっぱりあのときの」

「あの時は首の場所を教えてくれてありがとう」


その言葉に、彼が本物のイグナツィオだということになる。


「まさか仲間に嵌められるなんて思わなかったよ」


イグナツィオは、最初ズルーから隠しルートの話をされたときに、まずは現場を見に行くべきだと冒険者ギルドに依頼を出そうとするズルーの手を止め現場に向かった。

ライナギンズからすれば、余計な手間だったのだろうか。

ズルーは女郎蜘蛛のいる遺跡へとイグナツィオを案内し、罠に嵌めた。ライナギンズにより首を跳ねられそうになったところをエクストラスキル“交換リプレイス”により首と視界に映っていた壺を交換させ、隙をついて遺跡の奥へと逃げさ迷い続けたが、いつの間にか女郎蜘蛛のいる地下へと迷い込んだらしい。


交換リプレイスって?」

「イグナツィオの交換リプレイスは、直前に触れていたものと視覚に入っているものと交換することができるスキルなんです」


その言葉に、ライナギンズが消えてズルーがこの場に現れた理由を理解する。

だがふとシノアリスは何かに気付いたのか縋るように声を荒げた。


「!イグナツィオさん!お願いします!暁さんの呪いを、死の呪詛を交換リプレイスで取り除けませんか!?」






****

本日の鑑定結果報告


交換リプレイス

明星のリーダー“イグナツィオ”が所有するエクストラスキル。

直前に触れていたものと視覚に入っているものと交換することができる。



****

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければブクマやコメントを頂けると大変活力となります(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。


普段滅多に怒らない人を怒らせたときって、怖いですよね。

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