第84話 激おこ、シノアリス(1)

女郎蜘蛛の死の呪詛を受けたはずだった。

どう足掻いても逃げられない距離で、死にたくないとシノアリスは恐怖で目を閉じたはずだった。だけど襲い来るはずの衝撃はなく、むしろ守るように包み込まれた暖かさしかなくて。


「暁さん?」


シノアリスは今だ自身を抱きしめる相棒パートナーの名を小さく紡いだ。

いつもであればシノアリスがその名を呼べば、彼は優しい眼差しを向けて返事を返してくれるのに、暁は何も答えてくれない。

ズルリと暁の体が崩れるように地へと倒れこむ。

シノアリスの視界に映ったのは衣服が焼けこげ、むき出された背中に黒い模様が浮かび、じわじわと肌を侵食していっている光景だった。


「・・・あッ」


その光景に、ようやっと暁がシノアリスを庇って死の呪詛をその身に受けたことに気付いた。


「や、薬神!!“薬神の眼”!!」


シノアリスは即座に病気や呪いだけを見ることのできる薬神の眼を発動させた。

暁の全身が赤く光り、同時に文章が現れる。


【“死の呪詛”により汚染されています】

【危険度:レベルMAX】

【呪詛により汚染中、心臓に到達するまで残り時間三十分】

【濃度な聖水、上級の光魔法や時の魔法により時間を遅延することが可能】

【解呪方法:検索不可】


浮かび上がった文面にシノアリスは息をのむ。

直ぐにホルダーバッグからありったけの聖水を取り出し、直ぐに暁の背中へとかけた。


ジュワ、とまるで肉が焦げるような音と匂いがあがり、微かに呻く暁の声にシノアリスは思わず顔を歪め自身の温度が下がっていくのを感じた。

再び表示されている文面を見れば、心臓までの到達時間が五分ほど増えている。

だが五分程度では全く意味がない。


シノアリスは布巾に聖水をかけ、水浸しになるほど濡らした状態にし呪詛の痕となっている箇所に張り付ける。ジュウゥゥと肉が焦げる音と匂いが暁の背中からあがり、苦痛に満ちた声シノアリスは泣きそうになった。


「暁さん・・・ごめんなさい、暁さん」

「ごしゅじんさま!ご無事ですか!?」

「!くーちゃん!お願い!!呪いを緩和させる光属性の魔法を暁さんに!!!」

「にゃにゃ!?お、お、お待ちください!」


シノアリスの願いにより慌てて脳内の魔法リストを検索し始めたくーちゃんだが、魔術師と回復術士ヒーラーは全く別物である。どちらかといえば、魔術師寄りであるくーちゃんは回復術士ヒーラーの知識がないため、どれが暁に適しているのか分からなかった。


グルグルと目を回しだすくーちゃんだったが、勢いよくその場に飛び込んできた存在に尻尾を膨らませた。


地母神の慈悲よエスフィリスト!!」


飛び込んできたのはセレーネだった。

セレーネが唱えた“地母神の慈悲よエスフィリスト”は神官になった者だけが取得することができる上級の光魔法である。

この魔法は体内の毒物や呪いを中和できる魔法。通常の呪いであれば“地母神の慈悲よエスフィリスト”で解呪できるのだが、女郎蜘蛛の死の呪詛は全く解呪する様子さえ見せない。


「く、やはり私の力では・・・」


この呪いにかかったものは、どんな状況にあろうと必ず死ぬ。

死の呪詛を解呪できるとすれば、光の巫女として名高い聖女でなければ難しいだろう。

いまセレーネにできるのは、死の呪詛を少しでも遅延させることしかできない。

くーちゃんはセレーネの魔法を見て、魔法リストの中から似た魔法を見つけ出したのか、暁の体に触れ小さく呪文を唱えば治癒魔法らしきものを掛け始めた。


くーちゃんが唱えた呪文にセレーネは聞いたことのない名に驚きつつも今は治療が優先だと、意識を切り替えた。セレーネとくーちゃんの懸命な処置のおかげか、今一度表示された内容を見れば死までの制限時間が三日ほど時間が延長されていた。


「・・・ぐ、ぅ」

「あかつ、きさん」


魔法が使えないことをシノアリスは酷く後悔した。

大切な相棒が、苦しんでいるのにシノアリスには何もできない。

浮かび上がる涙にシノアリスは掌で拭い、黒く変色し始めた布巾を取り外して綺麗な布巾を再び聖水で水浸しにして暁の背中に張り付けた


「このままでは私の魔力がつきてしまいます、だれか・・・!」


その様子を傍で見ていたセレーネは、減っていく自身の魔力を感じ一刻も早くダンジョンを脱出し、教会に行って聖水をもらわねばと助けを求めるように周囲を見渡す。

だが仲間であるセルザムやイグナツィオの姿は何処にもない。

狼の鉤爪はいまだ残っている女郎蜘蛛の討伐に手間取っているようで、救援を呼べる状況ではない。

残された手段としては、シノアリスやセレーネで暁を運ぶしかない。だがいま癒しの手を止めれば、死の呪詛は活動を再開し、暁を死に至らしめるだろう。


どうすれば、と戸惑っていたセレーネはふとシノアリスの背後にイグナツィオが静かに佇んでいることに気付いた。


「イグナツィ・・・!」

「ったく、余計な事をしやがって・・・」


無事であった仲間の姿に名を呼ぼうとした矢先、降り注がれた冷たい声にセレーネは戸惑った。

セレーネの知るイグナツィオは、とても仲間想いでいつも明るい声と子供みたいに笑う優しい男だ。なのに、どうしてもこんなにも憎々し気な声と冷たい目で此方を見下ろすのか。


「おら!こっちにこい!!!」

「おぐぅ!」

「イグナツィオ!?」


イグナツィオは無造作にシノアリスの後ろ首を掴んで、引きずり寄せた。

暁に“地母神の慈悲よエスフィリスト”を掛け続けているので動くことが出来ないセレーネは驚きの声をあげるが、イグナツィオはその手を離すことしなかった。


「!な、にをするんですか!放してください!!」

「うるせぇな!大人しくしてろ!」

「ごしゅじんさまになにをするんですにゃ!」


シノアリスに乱暴するイグナツィオにくーちゃんが立ち上がろうとするが、シノアリスはダメだとくーちゃんに声を荒げた。


「にゃ!?」

「くーちゃん!お願い、暁さんへの治療魔法の手を止めないで!!お願い!!」


くーちゃんやセレーネには見えていないが、薬神の眼を発動させたままであるシノアリスには暁の死のカウントダウンが見えている。

いま治療の手を緩めれば、暁の時間は刻々と削られていってしまう。


シノアリスの懇願にくーちゃんは戸惑いを見せた。

だが、くーちゃんは主人を助けるための助っ人だ。主人の願いをどうしても優先してしまう。

助けることもできないまま、くーちゃんは暁に治癒魔法をかけつづけるしかなかった。


「は、死に際の鬼人を優先するとはお優しいな?嬢ちゃん」

「ん、ぐ!は、なして!!」


動けないくーちゃんにイグナツィオは下卑た笑みを零した。

暴れるシノアリスを片腕で地面に押し付けながら、懐から焼きごてのようなものを取り出した。その表面の紋に気付いたセレーネはサァ、と血の気が引くように青褪める。


「それは、奴隷紋!?イグナツィオ!貴方なにを!?」


奴隷紋、との言葉にシノアリスは少しだけ首を捩らせてイグナツィオを見上げた。


「此処までてこずらせやがって、お前が悪いんだぜ?素直に身柄を寄越してればこんな手間はなかったんだがな」

「いったい、なんのことですか」


シノアリスがイグナツィオに出会ったのはこのダンジョン前が始めてである。

だから彼に奴隷紋を押されそうになっていることが理解できなかった。だがイグナツィオはシノアリスの問いに答える気が全くないのか背中に膝を乗せ身動きを封じ、後ろ髪を持ち上げてうなじを晒す。


「ま、王命だと思って人生あきらめてくれや」


ゆっくりと近づく焼きごてに、熱くないはずなのに熱を感じはじめる。

慌てて治療の手を止めて駆け出してくるセレーネに対し、シノアリスの意識は未だ倒れる暁にしか向いていない。


セレーネが治癒魔法の手を止めたため、暁の死のカウントダウンがゆっくりと刻み始める。

シノアリスはもがいた。

だがそれは奴隷紋を押されることからの抵抗ではない。

いままさに自身が奴隷紋を押されそうになっていることよりも、彼女の脳内を埋め尽くすのは早く暁に聖水をかけ続けなけばという思いで、もがいていた。



「止めろ!イグナツィオ!!」


シノアリスのうなじへと奴隷紋が押される寸前、怒鳴るような叫び声が響く。同時に誰かの蹴りがイグナツィオの顔面へと命中し、その場から吹き飛んだ。


「!セルザ・・・ム」


セレーネは、聞こえた声に歓喜の表情を見せたものの、目の前に現れた全身血まみれで片耳を失い、肩や腹部の一部が抉れ失われているセルザムの姿に声を失いかけた。

抑え込まれていたシノアリスでも満身創痍のセルザムに目を見開き言葉を失う。



「お前は、なにを考えているんだ!?」


一方セルザムは酷く混乱していた。

あのとき、セレーネがセルザムやイグナツィオを探して虫バスターを振りまくっていたおかげで、セルザムは命からがら女郎蜘蛛を押しのけることができた。

セレーネに回復をしてもらおうとした仲間の元に向かった矢先、視界に飛び込んできたのはシノアリスを拘束し奴隷紋を刻もうとするリーダーの姿だった。

慌てて自身の足をスキルで強化させ、間合いに飛び込み阻止をしたのだが状況が全くつかめない。


「こんなもの!」


足元に落ちている奴隷紋を刻む焼きごてを強化した足で粉砕する。

そもそも奴隷紋など普通の冒険者が簡単に入手することも扱えることもない。

なのに、なぜそれをイグナツィオが持っており、尚且つシノアリスにそれを押そうとしていたのか。


「セルザム!早く治療を!!」

「俺はまだ大丈夫だ、それよりも彼の治療に専念してやってくれ」


駆け寄ってきたセレーネに、後方へと視線を向ければイグナツィオの拘束から逃れたシノアリスが暁の元に戻り聖水を躊躇なくかけ続けている姿が目に映る。

奴隷紋を押されそうになっていたというのに、シノアリスの目には暁しか映っていない。

確かにセルザムも満身創痍ではあるが、この状況の中で一番命の危険に晒されているのが暁だ。

セルザムの言葉にセレーネはグッと唇を噛みしめ、躊躇するがセルザムの言葉通りに暁の元へと戻り治癒魔法を再度かけ始めた。



「・・・どいつもこいつも、邪魔ばかりしやがって」


セルザムに蹴り飛ばされたイグナツィオはゆっくりと起き上がる。

だが起き上がったイグナツィオの顔をみたセルザムは驚きで目を見開いた。なぜなら顔の半分の皮膚が剥がれその下に別人の顔があったからだ。


「お、まえは・・・だれだ?イグナツィオ、じゃないのか?」




****

本日の鑑定結果報告


・死の呪詛

この呪いにかかったものは、どんな状況にあろうと必ず死ぬ。

聖水や光属性の強い地域に居れば延命は出来るであろうが、呪い自体を解除することは現時点では解明されていないので出来ない。

光の巫女として名高い聖女の力でも解除は出来るか、賭けになるほどの厄介な呪い。



地母神の慈悲よエスフィリスト

体内の毒物や呪いを中和できる魔法。

職業が神官になるとこの魔法を使用することが出来る。


****

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければ応援やコメントを頂けると大変活力となります(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。


サブタイトルは「激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム」です。

本当はタイトルに入れようかと悩みましたが、長すぎるので変更しました。

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