第83話 予期せぬ魔物の襲来!(3)


それは突然だった。

ベア・ゴーレムを無事討伐し、稀にゴーレムから採取できると言われる“サンストーン”と呼ばれる素材が落ちていないかと探していたシノアリスの目の前にその警告は現れた。


【警告】

【凶悪な魔物が出現、すぐに離脱せよ】


「!?」


ヘルプからの自動警報アラートにシノアリスは目を見開いた。

ベア・ゴーレムの出現時には、ヘルプからの自動警報アラートはなかったのに、いまこのタイミングで出てくるなんて何が起きたのか。

だが直ぐに聞こえた魔物らしき声に、シノアリス達は顔を見合わせて即座にトンネルの奥の滝へと一斉に走り出した。

そしてトンネルを抜けた先での光景、目に映った魔物の姿にシノアリスは驚愕で目を見開き青褪めながら魔物の名を叫んだ。


「女郎蜘蛛!?」


遺跡の地下でみた女郎蜘蛛が何故ここにいるのか、と疑問が頭の中を駆け巡った。

だが川の中から新たなに現れた女郎蜘蛛は、奇声をあげてシノアリスに目掛けて突進をしてくる。


「シノアリス!」

「ごしゅじんさま!」


シノアリスが身構えるよりも先に暁とくーちゃんが駆け出してきた女郎蜘蛛を拳と魔法で叩き潰す。

ふと、暁の視界にカシスが映る。

女郎蜘蛛に抑えつけられ首を刈られる寸前の危機に、暁は即座に飛空魔道具タッセルにてカシスの元へと距離を詰めた。

視力が弱い女郎蜘蛛は間合いを詰めてきた暁に即座に反応できなかった。それが幸いとなり拘束する女郎蜘蛛へと集中強化ブーストさせた拳を叩きつける。

飛空魔道具タッセルの速度と集中強化ブーストにより強化された拳の威力に女郎蜘蛛は反撃や回避することができないまま壁に叩きつけられた。

その威力は凄まじく壁に叩きつけられた女郎蜘蛛はグシャリと簡単に潰れてしまう。


「カシス、無事か」

「ぁ・・・つき」


潰れた女郎蜘蛛が動かないことを確認した暁は、カシスの容態へと視線を走らせ声を掛けた。

掠れ声ではあったが反応がある、ということはまだ間に合う。駆け寄ってくるシノアリスの姿に任せようと判断したのか、シノアリスと視線を交わしマリブを抑えつけている女郎蜘蛛の方へと飛んでいく。


「くー、ルジェを頼む」

「はいにゃ!」


くーちゃんは繭に固められたルジェの方へ駆けつけ、拘束する糸を焼き払うために初級の火魔法にて糸を燃やしていた。


「カシスさん!」


遅れてカシスに駆け寄ったシノアリスは、直ぐにホルダーバッグから高品質の回復薬を取り出し、傷口へと振りかける。

じわじわと傷が塞がる状態を見つつ“薬神の眼”を発動させ、カシスの状態に異常がないかを確認し始めた。


女郎蜘蛛には恐ろしい呪いがある。

それがどの条件で付与されるのか分からないためシノアリスはカシスの全身を隅々まで調べていく。幸いなことにカシスには呪いが付与されている様子はなく、重度の貧血しか表示されず、密かに安堵の息を漏らした。


「シ、ノ・・・」

「まだ喋らないでください、これとこれ、あと・・・」


高品質の回復薬のお陰で止血はされたが、抉れた肉と失われた血は戻らない。

薬神の眼では、カシスは重度の貧血状態であることは分かっているので、止血と抉れた部分の修復に特化した薬を選び、ゆっくりとカシスの口へと運びこんだ。


「ぉあ゛あ゛あ゛あ゛!」

「!?」


治療に専念していた所為か背後から現れた新たな女郎蜘蛛の声に気付くことに遅れたシノアリスは、襲い掛かってくる女郎蜘蛛に対しカシスの頭を庇うように抱きしめ身を伏せる。


「ごしゅじんさまに触れるにゃ!」

「ぃぁあ゛あ゛あ゛!」


だがシノアリスに触れるより早く危機に気付いたくーちゃんの魔法が炸裂し女郎蜘蛛を吹き飛ばす。


「ごしゅじんさま、ご無事ですかにゃ!」

「ありがとう、くーちゃん!!」


シノアリスの安否を確認できたくーちゃんは、二人を守るように風魔法を展開する。

ヒュルル、とシノアリスとカシスの周囲に風が舞い始め、シノアリスはくーちゃんにお礼を言いつつ治療を再開した。




暁とくーちゃんが戦いに加わったにも関わらず、女郎蜘蛛が出現する速さはどんどん加速していく。

そもそも女郎蜘蛛は水中に生息する魔物ではない。

ならば何故あの魔物は水中から出没してくるのか、そんな疑問がシノアリスの脳裏を掠める。何体目かの女郎蜘蛛が水中からの姿を見せたとき、シノアリスは水の中で光り放つモノに気付いた。


「あれは・・・」


川の底に掛かれ青い光を放つ魔法陣は、酷く見覚えがあった。

此処に来る前に首無し騎士デュラハンと出会った遺跡をシノアリスは思い出す。

そして落ちた先でみた魔法陣の傍にいた女郎蜘蛛の姿を。


もしかするとあの遺跡は女郎蜘蛛の巣だったのではないだろうか。

女郎蜘蛛がベア・ゴーレムより危険視されるのは呪いだけではなく、驚異的な繁殖力を持っているからでもある。

コックローチと引けを取らず、女郎蜘蛛は一つの卵から約百匹もの女郎蜘蛛が生まれる。


そして、あの魔法陣が女郎蜘蛛の巣と繋がっているのではないのか。そうでなければ水中から次々と女郎蜘蛛が現れるはずがない。

あの魔法陣を壊さない限り、女郎蜘蛛の巣と繋がったままになる。そうすれば数の暴力で此方が押しつぶされてしまうのも時間の問題だ。


「暁さん!くーちゃん!!」

「「!!」」

「川の中にある魔法陣を壊してください!あれが女郎蜘蛛の巣と繋がっています!」

「分かった!」

「わかりましたにゃ!」


シノアリスの助言に暁とくーちゃんはそれぞれ女郎蜘蛛を薙ぎ払いながら魔法陣へと近づいた。


「ぎぃあ゛あ゛!」

「アリスちゃん!」

「!これでもくらえ!虫バスター!!」


近づいてきた女郎蜘蛛がくーちゃんがかけた風魔法を破ろうと攻撃をしてくる光景に慌ててルジェは二人を守るために駆け出す。

だがそれよりも早くシノアリスはホルダーバッグから黄金色の液体を女郎蜘蛛の顔にむけて噴射した。

プシュッと液体を顔面に食らった女郎蜘蛛は両手で顔面を抑えながらジタバタともがき苦しみだした。

奇声をあげ顔についた液体を地面や水で拭おうとするも、ビクンビクンと大きく痙攣を繰り返したのち、しばらくすると動かなくなった。


「え゛?」

「よし!試作品だけど“虫バスター”の効果が試せてよかった!」


虫バスターは、シノアリスの前世の記憶とヘルプの力によって作られた殺虫剤である。

殺虫石とは違い、液体を噴射するだけで害虫が駆除できないかと試行錯誤の末、作られた一品で出来れば地球産のスプレー缶使用にしたかったが、スプレー缶自体の製法を調べている最中なので液状での仕上がりとなっている。

黄金色の液体は、蜂蜜のようで綺麗だが中身は猛毒だ。


女郎蜘蛛は半分人が混じっているので効き目に不安があったもののバッチリ効いている様子にシノアリスは満面の笑みを浮かべた。

これならば、とシノアリスは即座にカシスの衣服に向けて虫バスターの液体を満遍なく噴射する。


「カシスさん、私は暁さんたちの援護に行ってきます!これなら暫くは女郎蜘蛛も近づかないはずなので!!」

「待て!シノアリス!!」

「試作品の虫バスターの予備、置いておきますね!!」

「だから行くな!シノアリス!!」


引き留めるカシスの声を無視して、シノアリスは虫バスターを女郎蜘蛛達に噴射しながらその場を駆けだした。

咄嗟に手を伸ばすが、僅かなところで指先が掠る。

掴めないまま駆け出す背中にカシスは、大きく舌打ちをした。止血と修復剤を飲んだとしても直ぐには効能は現れないことにカシスは傷を負ったことを悔やんだ。

嫌な予感がする。

このままシノアリスをあそこに近づけたら取り返しのつかないことになるような、そんな予感が。




「いやぁああ!」

「セレーネさん!!」


女郎蜘蛛の群れへと近づく最中、響いた悲鳴にシノアリスは囲まれているセレーネに気付いた。

シノアリスは即座に女郎蜘蛛達に向け、虫バスターを噴射する。

微かな匂いに嫌悪感から仰け反りセレーネから離れた瞬間を逃さず、シノアリスはセレーネの腕を掴みその場を離れる。


「セレーネさん!こっち!!」

「は、はい!」


シノアリスはセレーネを背に庇い、プシュプシュと周囲に虫バスターをまき散らす。あまりまき散らせば、自身も猛毒を吸い込んでしまうので沢山は撒くことはできない。


「セレーネさん、これを!」

「これは?」

「シノアリスちゃん特製“虫バスター”こと殺虫剤です!これを女郎蜘蛛に噴けば避けてくれます!こんな感じに!!」


説明より直接見せますと言わんばかりに、シノアリスは躊躇なく女郎蜘蛛の顔面に殺虫剤を振りまいた。

もがき苦しむ光景にセレーネは青褪めつつも、その殺虫剤の威力にもドン引いていた。


「本当だわ、でもいいの?」

「勿論です、なので私の代わりに仲間の皆さんを・・・」


試作品の為、シノアリスのホルダーバッグには残り一つしか虫バスターはない。

だがセルザムやイグナツィオ、ズルーの姿が見えない、本来ならセレーネと一緒にセルザム達を探すべきなのだろうが、シノアリスにとって彼等より暁とくーちゃんが優先である。

だがら、残り一つの虫バスターをセレーネに託したのだ。

セレーネもシノアリスが誰を優先したいのかが伝わったのか、シノアリスから虫バスターを受け取り二手に分かれ走り出した。




爆炎の舞フレア・ロンド!!」


詠唱と共に巨大な火柱が噴きあげ、女郎蜘蛛を瞬く間に飲み込んでいく。

一掃したかと思いきや、次々と出てくる女郎蜘蛛にくーちゃんは密かに舌打ちをした。これでは全くキリがない。

あとどれだけの数がいるのか。

またペンダントに入った魔石がいつ朽ちてしまうのかという不安もある。

一刻も早く魔法陣を壊さなくてはいけない、くーちゃんは暁へと視線を向けた。暁もまた襲い来る女郎蜘蛛を叩き潰しながら、少しずつ魔法陣へと近づいている。


「暁!わたしが道をつくりますにゃ!その隙に魔法陣を!!」

「!分かった!!!」


暁の声が届き、くーちゃんは瞬時に空へと飛びあがる。

捕えようと女郎蜘蛛の口から糸が吐き出され、咄嗟に避けながらくーちゃんは方位と数を確認し、瞬時に詠唱を唱えた。


聖なる審判ホリージャッジメント!!」


複数の聖なる十字架の刃が一斉に女郎蜘蛛の体を貫いていく。

暁の周囲などの女郎蜘蛛が十字架の刃に貫かれ、道が開ければ暁は女郎蜘蛛の体を踏み台にして、魔法陣の元へと飛び上がった。

川の底で光放つ魔法陣を捉え、暁は集中強化ブーストさせた拳を叩きつけた。


ドォンと激しく上る水柱と抉れた土。

だが暁の拳は魔法陣に届く寸前に防御壁なようなモノに守られ、壊れることなく未だ光放っている。


「!!解除キャンセル!」


防御結界だと気づいた暁は、直ぐに集中強化ブーストを解除させ、もう一つのスキル“解除キャンセル”を発動させ拳を叩きつけた。

本来であれば防御壁を破る場合は、防御壁を上回る魔力を叩きつけなくてはいけないが最恐の弱体魔法デバフである解除キャンセルにより簡単に打ち破られる。

ようやく剥き出しになった魔法陣に、暁は再度集中強化ブーストさせた拳を魔法陣へと叩きつけた。


激しい衝突音と抉れた土が浮かび上がる。

パキン、と音を立てて壊れた魔法陣。女郎蜘蛛の巣と繋がりが切れたのか、出現する様子がないことにシノアリスはようやく安堵した。


残るは数体の女郎蜘蛛しかいない。

これならこの危機を無事脱出することが可能だろう。


「暁さん!くーちゃん!!」


シノアリスは、暁とくーちゃんの元へ駆け出した。だがゾワリと突如背筋に走る悪寒にシノアリスはヒュッと息を飲み込んだ。

それはまるで首元に刃物を添えられているような、そんな悪寒。


「シノアリス!?」


不意に耳に届いた暁の焦りに満ちた声と表情に、シノアリスは自身の後ろを振り返った。

そこには、いつの間にか背後に迫っていた女郎蜘蛛が大きな口を開け、禍々しい黒い炎をシノアリスへと向けていた。

その禍々しい黒い炎を見た瞬間、シノアリスの脳裏に女郎蜘蛛の恐ろしい呪いが頭をよぎった。


“死の呪詛”


それは本能的な直感だった。

きっとあの禍々しい黒い炎が女郎蜘蛛の持つ呪いなのだと。


完全に油断をしていた。

この近距離ではどう足掻いても、呪いの直撃は免れない。


まるで走馬灯のように時間の流れをゆっくりと感じた。

暁やくーちゃん、カシス、マリブ、ルジェたちが必死にシノアリスの名を叫んで此方にむけて手を伸ばしている。


「・・・ぁッ」


死にたくない。

目の前に迫る黒い炎を見ながら、頭の片隅に生の執着を思いながらシノアリスは反射的に目を閉じた。














襲い来る衝撃に目を閉じたのに、気付けば暖かな温もりに包まれていることにシノアリスは閉じていた目を開いた。

そして真っ先に視界に飛び込んできたのは黒と白の髪。

シノアリスの全身を包み込む大きな体と、嗅ぎなれたその匂いにシノアリスは呆然とその名を呟いた。


「・・・暁、さん?」



****

本日の鑑定結果報告


・虫バスター

シノアリスお手製の殺虫剤。

殺虫石とは違い、液体を噴射するだけで害虫が駆除できないかと試行錯誤の末、作られた一品。

出来れば地球産のスプレー缶使用にしたかったが、スプレー缶自体の製法を調べている最中なので液状での仕上がりとなっている。

黄金色の液体の為、見た目は蜂蜜のように綺麗だが人にも猛毒である。



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最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければ応援やコメントを頂けると大変活力となります(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。


アー〇製薬はまじで神だと思います。

ハエもハチもカメムシのコロリですので、愛用しています。でもコックローチだけはしぶとい。

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