第82話 予期せぬ魔物の襲来!(2)

突如響いたカシスの声。

その声に皆が視線を向ければ、ベア・ゴーレムがいるトンネルの入口へと勢いよく駆け出す暁の姿に目を見開いた。


「暁!ダメだ!!」


咄嗟にマリブが暁を引き留めるように叫ぶが、その声に足を止めることなく限界まで集中強化ブーストさせた右手をベア・ゴーレムの顔面に拳を叩きつけた。


「ゴァア!?」


集中強化ブーストの衝撃によって、ベア・ゴーレムの体は十メートルほど吹き飛んだ。

間合いを詰めようと両足に集中強化ブーストをかけようとするが、先ほどの俊敏さとベア・ゴーレムの大きさを考えれば集中強化ブーストさせた脚力でも間に合うかは分からない。

チャリ、と暁の視界に飛空魔道具タッセルが揺れるのが見えた。


「“飛べレヴィオ”。これが呪文です、これなら魔力を使用せず飛べます」

「速度は馬と同じくらいの速さが出ると思いますよ」


飛空魔道具タッセルを渡すシノアリスの言葉が脳裏によみがえる。

仰向けに倒れこんだベア・ゴーレムに、暁は飛空魔道具タッセルに触れながら「飛べレヴィオ」と呪文を唱えるとふわり、と暁の周囲に風が巻き起こり体が浮き始めた。

宙を浮く際に少しだけバランスを崩しかけるが、シノアリスが言った通り暁は直ぐにコツを掴み、宙を駆ける。


「起き上がるな!」

「ゴォォ!?」


素早くベア・ゴーレムの頭上へと飛び上がると同時にベア・ゴーレムが起き上がろうとしていたので、暁は再び集中強化ブーストさせた両手で交互に胴体を殴り続けた。

避ける隙も逃げる隙も与えることなく。

真正面から襲い来る激しい衝撃にベア・ゴーレムの体はどんどん地にめり込むように沈んでいく。


「これで最後だ!」


最後の一突きによりベア・ゴーレムの体は、凹んだクレーターの最奥へと叩きつけられた。

だがベア・ゴーレムは泥人形なので物理攻撃にそこまでダメージを食らってはいない。暁の攻撃が止んだことに大穴から起き上がろうとするも、今度は穴の上から赤とオレンジ色が混合したような石がパラパラと大量に降り注がれてきた。


「ゴァアアァアアア!?」


頭上から降ってきた石、発火石はっかせきがベア・ゴーレムに当たり簡単に砕け散った。

だが石が砕けると同時に爆発するように激しい炎を噴き出し、ベア・ゴーレムの全身を包み込む。これが火だと気付き慌てて穴から逃げようとするが、ベア・ゴーレムが埋まるほど深く凹んだ穴の中では身動きが上手く取れず、また激しい炎によって水分が吹き飛びパキパキと全身がひび割れていく。

ベア・ゴーレムは脅かされる命の危機により一層慌ててしまい、無様に穴の中でもがくだけしかできなかった。


全身の水気がぬけ、パラパラと乾燥した土によりベア・ゴーレムは指一本すら動かせない。

ふと、ベア・ゴーレムのいる穴の頭上にて黒い影が映りこむ。


水の牢獄アクア・プリズン!」


くーちゃんが呪文を唱えれば、大量の水が一斉にベア・ゴーレムへと襲い掛かり瞬く間にその身を包み込む。牢獄という名に相応しく、水は巨大な球体となりベア・ゴーレムを閉じ込めた。

球体の中で水と水分を失った土が交じり合う。

本来であればベア・ゴーレムは、水があれば体が再生できるのだが、逆に水が多すぎると逆に泥が流されてしまう。

再構築するはずだった体は大量の水によって再び崩れ、ただの巨大な泥水の塊となった。


「ごしゅじんさま!」

「はーい!いっくよー!」


くーちゃんの掛け声にシノアリスは大きく手を振り、巨大な泥水の塊へと蒼い石を投げつけた。

蒼い石が水に触れた瞬間、パキンと一気にその箇所が凍り付いた。

シノアリスが投げたのは、毎度お馴染みの水属性を圧縮させた石“冷気石れいきせき”である。

冷気石れいきせきは水に触れた瞬間、凍らせる石であり一個だけでも五十メートル範囲の川さえも凍らせることができる。

勿論、これがあればいつでもスケートを楽しめプリンセスになれますとロゼッタに売りに出したが「良く分からないのでダメです」と秒で断られお蔵行となった一品である。

カチカチに凍った泥水の氷石に、くーちゃんは暁の方へと放り投げた。


「暁!お願いしますにゃー!」

「あぁ」


暁は再び、右手へと集中強化ブーストさせ、飛んでくる氷へと拳を叩きつけた。

氷に瞬く間にヒビが入り、細かく砕け散った氷の破片が周囲へと飛び散る。シノアリスは足元に落ちた泥水の欠片をジッと観察するも溶けた氷からベア・ゴーレムは再生することなく自然に溶けていった。


「「いぇーい!」」


それを見届けたシノアリスは傍にいるくーちゃんとハイタッチを交わす。

あの時、ベア・ゴーレムの討伐に何か案はないかと思案していたシノアリスに暁は相談を持ち掛けた。

ベア・ゴーレムは泥人形である。

ならば泥の水分を乾燥させ身動きを封じ、体を再構築できなくなるほどの水を与え、最後に極限まで薄めれば倒せるのではないか、と。

暁の提案に試す価値はある。

ふとシノアリスはだが薄めるだけではまた再生するかもしれない危険性を訴え、さらに凍らせて、それを破壊すれば再生できなくなるではないか、と話し合った。


その方法に、暁も頷きシノアリスはすぐにくーちゃんを呼びよせ、魔法で水を出し操ることは出来るかと問いかけた。

勿論、全属性を極めランク関係なしに発動できるくーちゃんからすれば簡単なことだった。

更にシノアリスには対象を消し炭にしてしまうほどの火力を持つ“発火石”と水を瞬時に凍らせる“冷気石”という凶悪な魔石を所有していたため、即座に暁の作戦を決行することを決めた。


ただし、極限まで水で泥を薄めたとはいえ再生しないとも限らない。

正直賭けでもあったが、動くことなく溶けて蒸発したベア・ゴーレムにシノアリス達は勝利を称え合った。


「・・・ベア・ゴーレムが、あんなにも簡単に?」

「これは、夢か?」


その光景を、あんぐりと口を開け呆然と見つめるセレーネとセルザム。

マリブ達は魔物の暴走などで暁やくーちゃんの実力を知っていたので、驚きは少ないのだが現実として受け止めづらいものがある。

本来であればベア・ゴーレムは、金色や白銀のランクでなければ苦戦する魔物なのだ。それをあんなにも簡単に討伐された。

しかも向こうは冒険者でもない。


「マリブ、この調査が終わったら少し休んでもいいかな?」

「奇遇だな、俺も休みたい」


少しだけ傷ついた冒険者としてのプライドに、マリブとルジェは互いを慰めるように肩を抱き合った。




「・・・うそ、だろ」


その光景にズルーは一人肩を震わせていた。

まさかA級の魔物が、冒険者でもないシノアリス達に簡単に討伐されるなど思いもしなかったのだ。ズルーはハッと己の首に触れながら青褪め全身を震わせた。

まるで何かに怯えるかのように。


「だ、めだ・・・こ、このままじゃあ、俺は!!」


ズルーは素早く身を翻し、奥へと一人進んだ。

その姿に気付いたカシスは咄嗟にズルーを捕まえようと手を伸ばすが、ズルーは勢いよく川の中へと飛び込んだ。

突然のズルーの奇行に全員の視線が向けられる。


「ズルー!?」

「ズルー!なにをしているんですか!!」


セレーネとセルザムはズルーを止めるように声をかけるが、ズルーは足を止めずに滝の直ぐ傍まで進んでいく。慌ててその後を追うカシスだったが、一瞬だけ此方を振り返ったズルーの顔にゾッと背筋に冷たいものが走った。


「お前ら、全員道ずれだ!!大人しくしてれば、温情で助けてやったのに!!!」


そう叫ぶと同時にズルーの足元にあった魔法陣らしきものが勢いよく光放った。

爆発が起きたかのように水や地面が吹き飛び、咄嗟にカシスは目を閉じ唸るもゾワリと全身に悪寒が襲い掛かる。

獣人族は身体能力が高いだけでなく、人よりも危機的察知が高い。カシスが悪寒を感じるということはそれほど危機的な何かが出現したことを意味する。

直ぐにそれを確かめるように目を開けた瞬間、迫りくる白い手がカシスの目に映った。


「ぉあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


全身に悪寒を走らせるような不気味な声。

カシスの顔面を掴んだその白い手は軽々とカシスを持ち上げる。掴まれた指の隙間から下を見下ろし、その正体にカシスはギクリと酷く顔を強張らせた。


女郎蜘蛛じょろうぐも

ベア・ゴーレムと同じ、Aランクの魔物。だがAランクと言えど、この魔物は危険指定を受けている最恐の魔物である。

突如現れた危険指定の魔物にセレーネやセルザム、マリブ達も息をのむ。周囲が女郎蜘蛛の存在に衝撃で身動きができない最中、女郎蜘蛛はカシスの顔面を掴んだまま、鋭利の歯でその腹部へと嚙みついた。


「ぐ、ぁああああ!?」

「カシス!」


防具を貫通し、突き刺さる歯に痛みで絶叫するカシスにマリブは咄嗟に変身を解いた。獣人へと戻ったマリブはカシスを捕らえる女郎蜘蛛へと飛び掛るも、再び水面から光が放たれ現れたのはもう一体の女郎蜘蛛。


「なっ!?」


驚きで目を見開くマリブに、女郎蜘蛛は飛びつき地面へと叩きつけた。

カシスだけでなくマリブまで捕まりルジェも同じく獣人に戻り、カシスを助けるべく女郎蜘蛛へと飛び掛かる。


「カシス!!」

「うあ゛あ゛」


油断をしていたわけではない。

だが目の前で仲間の腹の肉を貪る女郎蜘蛛にルジェは“引き離さなくては”という思考に強く囚われていた。

齧りつく女郎蜘蛛の首筋に牙を向けるルジェに、女郎蜘蛛は太い足を振り上げルジェの腹部を抉るように叩きつけた。


「ぅぐ!?」

「ル、ジェェ!!」


防具をつけているとはいえ、まるで太い針に貫かれるような衝撃にルジェは胃液を吐き出してしまう。

衝撃に耐えきれず地面に崩れ落ちれば、女郎蜘蛛は尻より糸を噴き出しルジェを地面に縫い付ける。慌てて身を捩るも糸はどんどん絡まり繭のようにルジェを閉じ込めた。


「皆さん!?」

「く、そぉ!」


抑え込まれたマリブ達にセレーネやセルザムは引け腰になりつつも、戦闘準備へと切り替えた。

女郎蜘蛛もベア・ゴーレムは、明星や狼の鉤爪の手には負えないランクの魔物である。正直に言えば勝てる見込みが全くなかった。

だが、このまま狼の鉤爪を残して退却をするわけにはいかなかった。


「セ、セレーネ!補助バフをくれ!!」

「はい!」

「うわああぁ!?」


セレーネがセルザムに補助バフを唱えるよりも早く、現れた三体目の女郎蜘蛛がイグナツィオへ襲い掛かる。

目の前で見る女郎蜘蛛の威圧にセレーネも戦意喪失してしまい、恐怖によりその場に座り込んでしまった。


「ぐっそ・・・」


グチュリ、と腹部から溢れる血に喉を鳴らしながら飲む女郎蜘蛛にカシスは痛みと苦しさに呻きながらも変身を解除させ鋭い足の爪先で女郎蜘蛛の顔を引っ掻いた。


「ぎぃあ゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛」


血肉を夢中で啜っていた所為か、避けることもできずに顔を裂かれ悲鳴をあげカシスを放り投げた。

その痛みに悲鳴をあげる女郎蜘蛛に仲間達は共鳴するかのように鳴き始める。

ギィイ、ギィイ!と超音波のように響く声は、まるで黒板に爪を立てるように嫌な音で獣人であるカシス達には脳を揺さぶられるほどの衝撃だった。


「ッ!」


ただでさえ腹部に深手の傷を負っているカシスは反撃することもできず膝をついてしまう。カシスに顔面を切り裂かれた女郎蜘蛛は崩れ落ちるカシスの頭を腕で押さえつけた。

腹部の痛みと未だ脳内に響く音に身動きが出来ないカシスは、大きな牙を剥き出しにして首へと噛みつこうと迫る女郎蜘蛛に此処までかと目を閉じた。


「カ、シス!!」


悲鳴に近い声で仲間を呼ぶマリブに、女郎蜘蛛はその反応が面白がるかのようにゲラゲラと嘲笑う。

女郎蜘蛛の牙がカシスの首元に食い込む寸前、突如横から現れた拳が女郎蜘蛛の横面を殴りつけた。


ドゴン、と重たい衝撃音が響くと同時に女郎蜘蛛は滝の壁へと叩きつけられていた。だが勢いがあまりにも強かった所為なのか全身はグチャリと潰れてしまい女郎蜘蛛は静かに命を落とし崩れ落ちる。

カシスは自由になった体でゆっくりと首だけ振り向けば、見知った後ろ姿が目に飛び込んだ。

そして。


「カシスさん!!」





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本日の鑑定結果報告


冷気石れいきせき

蒼色の石。

水属性を圧縮させた石。水に触れた瞬間、凍らせる石であり一個だけでも五十メートル範囲の川さえも凍らせることができる。

前世の知識で、アイススケートをする青年の夢を見た所為か、これがあればいつでもスケートを楽しめプリンスになれますとロゼッタに売りに出したが「良く分からないのでダメです」と秒で断られお蔵行となった一品である。



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最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければ応援やコメントを頂けると大変活力となります(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。


【更新停止のお知らせ】

5月下旬まで更新を一時停止させていただきます。

理由は作者が利き手を怪我をしギプス生活となり誤字脱字チェックなどがままらないためです。

更新再開日につきましては、後日記載させていただきます。

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