第80話 ダンジョン “微睡みの楽園”(7)
女郎蜘蛛のいた部屋を抜け、薄暗い通路を歩くデュラハンの後を追いながらシノアリスは彼を観察していた。
実物にあったことがないので本で得た知識だが、
以前ロロブスの森で出会った
ただし、一度目をつけられたら何処までも追いかけられるという噂は聞いたことがある。
だがこれだけは分かる。
そんな噂を持つデュラハンが、頭に壺を乗せたりするようなお茶目な魔物ではないのは確かだ。
更にその恐ろしい魔物が人助けしたことが信じられなかった。
まるで道が見えているかのように歩くデュラハンに、シノアリスはデュラハンの背中を軽く叩いた。
勿論、音が響いたりしないように軽く。
シノアリスに呼ばれたデュラハンは、歩くのを止め振り返る。
声を出そうとした瞬間、再びデュラハンに口を塞がれた。女郎蜘蛛の部屋は抜けたのにと考えたが、下手な行動が命取りになるかもしれないとセレーネに言われたことを思い出す。
シノアリスが口を閉じたことが分かったのかデュラハンの手が外されるが、どう会話するかと悩んだ。ふと先ほどデュラハンとの指文字での会話を思い出したシノアリスは、デュラハンの腕を掴んで彼の掌に文字を綴った。
--魔物なのに、何故助けてくれたのか。
その問いにデュラハンは答えた。
--自分は魔物ではない、と。
その答えにシノアリスは驚いた。魔物でないのなら目の前の存在はなんなのか。
--貴方はだれ?
その問いにデュラハンは答えてはくれなかった。
代わりに彼は自身の頭を探している、と言われシノアリスは落ちる前に見た生首を思い出した。
あの時は驚きでどんな生首だったかは曖昧だったが、シノアリスはもしかしたらそれがデュラハンの頭ではないかと、見たことを伝えた。
「!!」
シノアリスが伝えた情報に、嬉しそうに両腕を上下に揺らすデュラハンにお礼が出来たようで安堵する。
結局デュラハンは魔物ではないことしか分からなかったが、敵意はなくシノアリスを助けてくれたことは確かだ。
なら彼を信じてみようと、シノアリスは歩き出したデュラハンの後を追いかけた。
薄暗い通路では時間の感覚が上手く掴めずどれほど歩いたのかさえ分からない。
だが、ふと遠くで微かな光が見えた。
思わず光に向かって走ろうとしたシノアリスをデュラハンは落ち着かせるように肩を掴み、光の下へと歩き出す。
辿り着いた先は行き止まりだが、天井付近には小さな光が差し込んでいる。
ふと壁一面に蔦が根強く生えており、シノアリスが引っ張っても簡単には千切れそうにはない。
もしかして、これを登ればとシノアリスが考えるも、デュラハンは再びシノアリスの掌に言葉を綴った。
--この蔦を登っていけば外に出られる。
シノアリスはデュラハンを既に信頼しているので、ありがとうと言葉を返しすぐに蔦に足を引っかけてよじ登ろうとした。
だが、ふと今一度デュラハンの方を振り返る。
「?」
不思議そうに首を傾げているが、差し込んだ光にてデュラハンの姿がはっきりと目に映った。
煤汚れた白シャツに茶色のベルト、黒の手袋も所々破れて穴が開いている。
だが、よく見れば腹部が赤黒く変色していることから怪我をしているのだと分かった。
シノアリスはホルダーバックから高品質の回復薬を取り出し、デュラハンに握らせた。途端焦ったように驚くデュラハンにシノアリスは「お礼」とだけ指文字で書くと同時に素早く蔦をよじ登り始めた。
これで下手に手を伸ばせばシノアリスが落下する恐れがあるので、きっとデュラハンは止めることはできないだろう。
微かな光を頼りにシノアリスは光が差し込む天井に向かってよじ登っていくも、ふとデュラハンが居た方へと視線を落とした。
だがデュラハンの姿は、闇に溶けて姿が見えなかった。
もしかしたら既に何処かに去ったのかもしれない。
一体彼は何者だったのだろうか。
何故あの恐ろしい魔物がいる部屋にいたのかさえ分からない。
だが、彼がいなければシノアリスは命を落としていた可能性が高かった。こればかりは本当に運がよかったとシノアリスは自身が生きていることに安堵する。
彼が無事回復薬で元気になり首を見つけられますようにと心の中で願いつつ、シノアリスは蔦をよじ登る。
ふと無我夢中でよじ登っていた所為か天井にまで達したことに気付いた。
僅かな隙間から漏れる光の暖かさにシノアリスは天井を押しあげれば、ゆっくりと一部の石が浮き上がる。
「っぷは!!」
シノアリスが出た場所は遺跡の外壁のすぐそばだった。
暗闇から明るい場所に出たので眩しさに目が痛むが、シノアリスは光の下に出られたことで肩の力が抜けるのを感じた。
ダンジョンの中とはいえ、明るい場所がこんなにも安心するなんて。
シノアリスは微かに浮かんだ涙を拭いつつ、埃や汚れを払いながら立ち上がった。
「シノアリス!!」
さて、これからどうしようかと考えた矢先に聞こえた相棒の声。
シノアリスが反応を示す前に、暁によって抱きしめられた。
「よかった!無事だったんだな」
「暁さん、ご心配をおかけしました」
申し訳なさそうに暁の肩を叩きながら、シノアリスは相棒の温もりに少しだけ安堵する。
どうやら暁は気配探知でシノアリスの気配を辿りながら歩いていたが、遺跡の外に出たと同時にシノアリスの気配に気づき駆け出したそうだ。
「ごしゅじんさまー!」
「くーちゃん、心配かけてごめんね」
くーちゃんも涙目でシノアリスに後ろから抱き着く。
マリブ達もシノアリスの無事な姿に安堵の息を漏らしていた。
「それでなんでいきなり悲鳴なんかあげたんだ?」
「あ、それはですね」
シノアリスはあのとき見た生首と通り抜けた壁の先で見た女郎蜘蛛とデュラハンの説明をマリブ達にした。
隠された遺跡の中に女郎蜘蛛がいたことに彼らは一瞬だけ信じられないような顔をしたが、シノアリスが嘘をつくメリットはない。
「・・・シノアリス嬢」
「はい?」
「この遺跡内で見た内容は、明星には言わないでくれ」
「?わかりました」
なぜ明星には伝えてはいけないのか、シノアリスにはマリブの考えは分からない。
だが彼らの中で何か引っかかる事があるのだろう。
シノアリスは素直に頷いたことで、マリブ達はシノアリスに異常はないかを軽く問診する。
冒険者ではない子がダンジョンの遺跡の中で迷子になったのだから、こればかりは仕方ないのでシノアリスも素直に問診に応じた。
問題ないと判断され、遺跡は他の冒険者が入らないようにとギルドで支給されたのであろう立ち入り禁止の看板とテープを張り付けた。
もしこの忠告を見ても入った奴に関しては自己責任らしい。処理を終え明星達が待っている場所へとシノアリス達は歩き出した。
「シノアリスさん!!」
明星達が待機している場所に辿り着けば、彼らは思い思いに休息をしていた。
見張りで立っていたセレーネは、シノアリスの姿が見えた瞬間に名前を呼び直ぐに傍に駆け寄ってきた。
「あぁ、よかった。遺跡に向かってからなにも音が聞こえてこないから心配していたんですよ」
「え?そうなんですか?」
少なくともシノアリスが、獣人族の耳に大ダメージを与えた悲鳴が聞こえていなかったことに素直に驚いた。
シノアリスもあのときは本当に腹の底から絶叫を上げたので外にまで響いていると思っていた。
「なにか収穫はありましたか?」
「いや、なにもなかったよ」
「恐らく隠蔽魔法の他にも複数魔法が遺跡自体に施されていた可能性もあるな」
「あぁ、詳しく調べるには一度地上に出てギルドに要請を出さないと」
イグナツィオの言葉にマリブ達は
その言葉に明星は当然だろうと頷いた。
高度な隠蔽魔法で隠された遺跡なのだ、一般の冒険者では簡単になにかが発見できるなど奇跡的な展開が起きない限りありえないだろう。
「ならズルーの方が見た隠しルートを確認しに行くか」
「そうですね」
セルザムとセレーネは休息に使用していた道具を片付けながら準備をするのを見つめつつ、シノアリスはこっそりとマリブ達へ視線を向けた。
やはり何か思っていることがあるのかその視線は何処か厳しい。
「シノアリスちゃん」
「?はい、なんですか?イグナツィオさん」
「本当になにもなかった?」
「・・・なかったですよ、寧ろ暗すぎてなにがどうなっていたのか」
「そっか」
シノアリスの解答をどう受けとったのか、イグナツィオは無事でよかったと笑みを浮かべてセレーネ達の元へ戻っていく。
その後ろ姿を見つめていたシノアリスは、ふとなにか違和感をもった。
「・・・あれ?」
感じたのだがその違和感が、なにかシノアリスには分からなかった。
ただ、なにかがシノアリスの心に引っかかる。
思うように言葉が見つからなくて、まるで喉元に骨が引っかかったようなもどかしさを感じた。
「シノアリス?どうかしたか?」
「暁さん」
もどかしげに唸るシノアリスに暁は直ぐに声をかけ、くーちゃんも同じようにシノアリスの傍に駆け寄った。
だがシノアリス自身もこの違和感をどう表現していいのか分からなかった。
何度か言葉を紡ごうとすれば口籠ってしまい、結局どういえばいいのか分からず申し訳なさそうに謝り何でもないと告げ、六階層へと向かうマリブ達の後を追うように歩き出した。
暁はそんなシノアリスの変化に違和感をもった。
もしかしたら、先ほどの遺跡での出来事がなにかシノアリスに違和感を持たせたのかもしれない。
あのとき、もっと早く反応していればと少しだけ暁は後悔する。
暁の横を通り過ぎようとしたくーちゃんは、あ!と思い出したように暁を見上げた。
「そういえば、気になったのですが」
「なんだ?」
「遺跡で合流したとき、ごしゅじんさまからイグナツィオさんの匂いがしたんです」
どこかで会ったんですか?と訊ねるくーちゃんの声は、六階層へと足を進めたシノアリスの耳には届かなかった。
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本日の鑑定結果報告
・
死霊系の魔物の一つ。
首のない姿をした騎士。主に墓地などに生息していることが多い。
ただし、一度目をつけられたら何処までも追いかけられるという噂はある。
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最後までお読みいただきありがとうございます。
数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。
少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければブクマやコメントを頂けると大変活力となります(*'ω'*)
更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。
指文字や背文字って一時期流行りませんでした?
当時、友達に背文字を書いてもらうと高確率で「エビチリ」と書かれました。
いやエビチリは作者の大好物ですけど、なんで?
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