第79話 ダンジョン “微睡みの楽園”(6)

明星のメンバーと分かれ、調査するために遺跡に近づくシノアリス一行。

改めて遺跡を見上げれば商業ギルドや冒険者ギルドみたいな大きさだが、朽ち具合からして年月はそこまで経ってはいないようだ。

ペタリと遺跡の壁に触れる。

シノアリスは二年も世界を旅していたが、遺跡自体にはあまりお目にかかることがなかった。

思わず探求心で“鑑定”と遺跡にむけてつぶやいた。


【作られた遺跡】

ダンジョンから生まれたのではなく人工的に作られた遺跡。


「人工的に作られた遺跡?」


即座に表示された内容にシノアリスは、思わず驚き小さく内容を復唱してしまう。

勿論その声を暁やマリブ達が聞き落とすはずがなかった。


「人工的に?この遺跡が?」

「シノアリス嬢の鑑定はそんなことまで分かるのか?!」

「え?普通に鑑定すれば表示されますよ?」


シノアリスはなんてことのないように発言しているが、基本そこまで情報は開示されない。

鑑定にもレベルがあり、レベルの数値によって開示される情報が違う。

明確な情報が出るには鑑定スキルを極めなくてはいけない、だが鑑定を限界まで極めた者は冒険者ギルドや商業ギルド、魔術協会で把握している情報では世界で十数人しか存在しない。


シノアリスの鑑定スキルは既に上限カンストしているが、これはロゼッタさえも知らない。シノアリス自身もそれを公言することもなかった。

だが、放浪の錬金術士の名を持つ彼女ならばそれは当然かとマリブ達は自然と納得し、改めてシノアリスの凄さにマリブは慄いていた。


「人工的、ならより怪しいな」

「先行にカシスと俺が、マリブはアリスちゃん達をお願いするよ」

「あぁ、暁はシノアリス嬢達と離れないように傍に寄ってくれ」

「分かった」


警戒しつつ遺跡へと足を踏み入れ、ランプに火を灯す。

最初は導きの灯を提供しようとしたが、ダンジョンが作った遺跡でないのであれば何が罠か分からないのでと断られた。


遺跡内は、二人並べるくらいの広さがあり足元に微かな光が足元を照らしている。

その明るさは光源石と同じくらいの明るさで、シノアリスは後で採取できないだろうかと考えながら暁の背を追う。


「・・・」


どれほど歩いたのか、遺跡の大きさからしてここまで道が続くのはいささかおかしい。

カシスもルジェも、この遺跡内にも幻術が施されているのだろうと察した。

もう一度幻術を解いてもいいが、それが敵に伝わってしまう可能性もある。考えた末、カシス達は変身を解き獣人へと戻り、匂いで遺跡内を把握することを選んだ。


「・・・特に異臭はしないな」

「あぁ、だが・・・異質な匂いはする」


彼らのやり取りを聞いていたシノアリスは、足が止まったのをチャンスとばかりの足元で微かに光を放つ場所に視線を向けた。

小さな声で鑑定をかければ、それは“灯り苔”と名が出てきた。


見たこともないのに物珍しさを感じなかったのは、前世の記憶で“ヒカリゴケ”を知っているからだろう。

調べた限りでは、特に薬にもならない素材だが何かの調合に役立つかもしれない。

シノアリスはカシス達の迷惑にならないように、静かに灯り苔を採取していく。

この緊張感が漂う空間ではしゃいだりはしない。


常日頃やらかすシノアリスも流石に空気は読めている。彼らの会話からして、この遺跡はなにやらよろしくない物だというのは理解した。

だがなにを隠しているのかはシノアリスにも分からない。

下手に騒がず大人しくしていようと、せっせと灯り苔を採取するシノアリス。


「   」


不意に聞こえた声に、シノアリスは顔を上げ視線を向けた。

聞こえた声の先へと視線を向ければ、灯り苔の光によってぼんやりとその先が見え始める。

目を細めながら、その先を見続ければ見えたのは、大きな石ころの影に隠れるように転がっている生首・・


思考停止しかけたシノアリスだが、その生首の瞳がグリンとシノアリスへと視線をとらえた。

生首との視線が絡み合う。



「おんぎゃぁあああああ!?」


視線が重なりあった数秒後、シノアリスから心の底から何かが生まれたような絶叫をあげた。

それは遺跡内全体に響き渡るほどの大絶叫を。

反響した絶叫は、獣人の耳やくーちゃんの耳に大打撃を与えた。


ただ叫ぶだけならよかったが、反射的に恐怖でその場を飛び退いたシノアリスは通路の壁にぶつかった。壁にぶつかった瞬間、シノアリスの体は壁の中へ沈んでいき、唯一耳への打撃が軽傷であった暁が慌てて手を伸ばすも、それは空を切るだけだった。


「シノアリス!?」


暁はすぐにシノアリスが消えた壁に手をつき後を追おうとするが、シノアリスのときのように沈むことはない。

慌ててその壁に集中強化ブーストさせた拳を叩きつけるが、まるでなにか障壁に守られているかのように攻撃を無効化させ、これも幻術の効果なのかビクともしない様子に暁の焦りは募った。


「シノアリス!シノアリス!!」

「暁、落ち着け!」

「だが!」

「少し黙りなさいにゃ!」


くーちゃんの叱咤する声に男どもの肩が揺れる。

黙った男たちにフンと鼻息を鳴らし、未だ痛む耳を撫でつつ静かに目を閉じて何かを確かめるように尻尾を揺らした。

だが、数秒後にはくーちゃんは安堵の笑みを浮かべた。


「大丈夫です、ごしゅじんさまは無事ですにゃ」

「「「「!!」」」」


くーちゃんはシノアリスに作成された助っ人である。

もしシノアリスになにかあれば、それはくーちゃんにも直ぐに伝わる。

くーちゃんは自身とシノアリスの繋がりを確かめたが、シノアリスとの繋がりが消えた感覚や衰弱した感覚はない。


今もなお、くっきりとシノアリスとくーちゃんは繋がっている。


「ですが場所までが把握できませんにゃ」


現時点でシノアリスは無事であることはわかったが、彼女自身がどこにいるかまではくーちゃんには分からなかった。


「暁、貴方の気配探知でごしゅじんさまを探せませんか?」

「やってみよう」


暁はシノアリスが消えた箇所に手をつき、周囲の気配を探り出す。

シノアリスの無事を願って、くーちゃんやマリブやカシス達にはそれを見守るしか出来なかった。




「おぎゃぎゃぁー!?」


一方シノアリスはというと段差のような物を一方的に横転がりに落ちていた。

視界も真っ暗なのでなにかを掴もうとしても掴めない。


「んべ?!」


叩きつけられるように顔面から着地したシノアリスは魂が半分抜けかけている。

視界はグルグルと周り、顔面を強打したためか指一本さえ動かせないままシノアリスは静かに気絶した。




どれほど気絶をしていたのかズル、ズルとなにかを引きずる音に、シノアリスの意識はゆっくりと浮上する。

未だ視界は暗いが気絶していたことで暗闇に少しだけ目が慣れたのか、灯り苔の微かな明りに周囲をみることができた。


「・・・?」


ぼんやりとした意識のまま、シノアリスは自身の状況を直ぐに把握することができなかった。

ゆっくりと先ほどまでの出来事を思い出すと同時に自分の上半身を誰かが持ち上げ引きずられていることに気付き、慌ててその手から身を捩って離れた。


「ッ!!?」


誰だと声をあげようとしたが、瞬時に口を塞がれる。

大きな掌からして男だと判断し、視線を上に動かし相手の顔を見ようとしたがシノアリスの視界に飛び込んできたのは壺だった。


目の前にいたのは、首の上に壺を乗せた首無しの騎士デュラハンらしき人物がシノアリスの口を塞いでいた。


「ーーーー!?」


思わず悲鳴をあげたが、口を塞がれていたので不発に終わる。

だが、シノアリスの口を塞いでいた首無しの騎士デュラハンは酷く慌てた様子で静かにと言わんばかりの仕草を繰り返していた。


普通、魔物とは意思疎通はとれない。

シノアリスが知る限りでは、意思疎通がとれた魔物といえば鮮血将軍猪人族ぐらいしかいない。


だが全く危害を加える様子のない首無しの騎士デュラハンに気付いたシノアリスは叫ぶのを止め、戸惑い気味に見上げた。

シノアリスが叫ぶのを止めたことに気付いた首無しの騎士デュラハンは、安堵する仕草をし、ゆっくりと指先を上へ指す。

指先の視線の先へとシノアリスは視線を向け、再び悲鳴をあげそうになるのを咄嗟に飲み込んだ。



「・・ぅ・・・・ぁ・・・・ぁぁ・・・」


天井に描かれた青く光る魔法陣の傍に、とある魔物が何かを探すように蠢いている。

その魔物の姿に、シノアリスは何処かの図書館でみた危険指定の魔物一覧にあった存在だと思い出させた。



女郎蜘蛛じょろうぐも


女郎蜘蛛は、上半身は女体の体を持ち、下半身は蜘蛛の体をした魔物だ。

視力が弱い所為か、基本暗い場所で眠っていることが多い女郎蜘蛛だが音にはとても敏感である。

同じ蜘蛛であるブラックタランチュラからすれば半分以下の大きさではあるが、この魔物はAランクと指定されるほど凶悪な魔物だ。

なにが危険かと言えば、この魔物は驚異的な繁殖力と“死の呪詛”という特殊な呪いを持っているからだ。


“死の呪詛”とは、その呪いにかかったものは、どんな状況にあろうと全身が黒く蝕まれ必ず死ぬ恐ろしい呪いだ。

聖水や光属性の強い場所に居れば延命は出来るであろうが、呪い自体を解除することはできない。

光の巫女として名高い聖女の力でも解除は出来るか、賭けになるほどの厄介な呪いだ。



そんな恐ろしい魔物が近くにいる。

そもそも女郎蜘蛛は湿気の多い山奥に潜んでいる、なのに何故ダンジョンにいるのか。


頭の中が混乱で満たされるも、女郎蜘蛛は未だ何かを探すように蠢いている。

もしあのときシノアリスが悲鳴をあげていれば、間違いなく女郎蜘蛛はシノアリスを襲っただろう。


つまり目の前の首無しの騎士デュラハンはシノアリスを助けたということになる。

何故魔物が人を助けたのか、と混乱するシノアリスを他所に首無しの騎士デュラハンはシノアリスの手を掴み、ゆっくりと文字を綴りだした。

この頭で見えているのか、という疑問を感じながらも綴られた文字を見る。


こ、こ、は、き、け、ん。あ、ん、な、い、す、る


此処は危険。案内する。

そう目の前の首無しの騎士デュラハンは告げた。

魔物かもしれない未知な存在を信じるなど正直難しいだろう、だがシノアリスは既に一度助けられている。

未だ天井付近で探すように蠢いている女郎蜘蛛に気付かれないようにシノアリスと首無しの騎士デュラハンは歩き出した。




****

本日の鑑定結果報告


女郎蜘蛛じょろうぐも

上半身は女体の体を持ち、下半身は蜘蛛の体をした魔物だ。

視力が弱い所為か、基本暗い場所で眠っていることが多い女郎蜘蛛だが、音にはとても敏感である。

同じ蜘蛛であるブラックタランチュラからすれば半分以下の大きさではあるが、この魔物はAランクと指定されるほど凶悪な魔物。

凶悪な魔物と指定されるのは驚異的な繁殖力と“死の呪詛”という特殊な呪いを持っているため。



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最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければブクマやコメントを頂けると大変活力となります(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。



この章のサブタイトルは『ピタゴラスイッチ』です。


【更新予告】

次回更新は4月8日です!

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